17.僕は君が好きだ
エドアルドの屋敷は王都の中心から外れた所にあった。
この辺りには有力な貴族や裕福な商人の屋敷はなく、下級貴族、もしくは中程度の商人などが暮らしている。その住宅地の一角に、古い煉瓦造りの屋敷が建っていた。
目立たない建物ではあったが、敷地は広く、厩舎も大きい。高い塀にぐるりと囲まれていて、どこか人を寄せつけない印象があった。
エドアルドの手を借り、馬車から降りたアリーシアは彼に尋ねた。
「陛下はあなたがここで暮らしていることはご存じなの?」
「魔塔から勝手に出てきたわけじゃないからね。住まいを用意され、ここに移ってきた。使用人は全員、護衛を兼ねている。訓練されている者達ばかりだ」
それなら、彼は国王から気遣われているということね。
それを知って、アリーシアは安心した。
何しろメルテンス侯爵が彼の命を狙っていることを知ったばかりだからだ。いや、元から彼が狙われているのは知っていたが、実際に自分の耳で聞いたことのショックは大きかった。
応接間に通され、温かい紅茶が用意される。アリーシアは彼と向かい合わせのソファに座ると、改めて今夜の収穫について話し始めた。
「とにかく最初の目的は果たせたわね。証拠は確保できたし」
「そうだね。思わぬ収穫もあったが……」
「そうね……」
そこで一瞬、言葉が途切れる。
エドアルドが改めて話を始めた。
「君はお父さんの事故は……事故だと思っていたんだろう?」
「もちろん。でも最近になって、秘書官が、ブランシュ子爵が怪しいと思っていることを知ったの。父と兄は領地に滞在して、王都に戻る前にブランシュ子爵の屋敷に寄ったのよ。事故があった崖の道は荒れていて、秘書官は荒地で車軸が折れるよう魔法で細工していたんじゃないかと言っていたわ」
「そういった魔法もあるな。もしくは……」
「もしくは?」
「ブランシュ子爵も幻想魔法を使う? もしくは、その息子は?」
アリーシアは少し考えた。
「それは知らないけど、メルテンス侯爵はどうも幻想魔法のことを知っていたようだし、ブランシュ子爵の能力も把握していたんじゃないかと思うわ。子爵の息子のことはよく知らないけど、傍系でも魔法の才能がある者はいるわね」
「では、幻想魔法を使ったのかもしれないな。崖の道で馬の前に何かが急に現れたら……」
「馬が驚いて、暴走して……」
たやすく事故を演出できる。谷底に落ちれば、普通は誰も助からない。
幻想魔法を使うことに誇りを持っているなら、それを使って本家の人間を殺害するのは考えられることだ。
なんだか怖い……。
自分も使う魔法が、そんな使われ方をするなんて思わなかった。それなら、諜報活動どころか、たやすく殺人も犯せるのだ。
アリーシアは自分の両腕を抱き、身を震わせた。
「……ごめん。君の気持ちも考えず、こんなことを……」
向かいのソファに腰かけていた彼が移動してきて、隣に座る。そして、優しく肩を抱いた。
彼の温もりが身体に伝わってくる。
それでも、震えは止まらなかった。
「幻想魔法のことは……本当は一族以外の人に言ってはいけないの。どんな幻だって見せられる。人から恐れられる能力よ。それは危険なことだって分かっていたわ。でも、そんな……人を殺すことに使うなんて……」
思えば、戦争で活躍したと言われる祖父も、相手国の兵士に何をしたのだろう。戦争というのは、殺し合いなのだ。幻想魔法を使って、たくさんの人を殺したに違いない。
そして、その恨みはこの国に返されようとしていた。ボステンが中毒性のある薬を蔓延させ、貴重な魔石をこの国から奪おうとしている。
わたし、何も知らなかった……。
自分の能力がそんなふうに使われるなんて。
「リシア……どうか落ち着いて」
彼に抱き寄せられる。
涙が溢れて、目が霞む。
「陛下は……わたし達の能力を知っているの。即位した人だけが秘密を知るのよ。一族は……陛下の命で諜報活動をしていて……。でも、人を殺したり……」
「大丈夫だ。リシア……父上はそんな命令はしない」
彼の言葉が頭を通り過ぎる。
エドアルドはそうでも、国王はどう考えているか分からない。今までどんな命令を父に出していたのかも。
メルテンス侯爵は父を『国王の犬』と表現していた。
ああ、そうだ……。
もしユスティスが即位したら、公爵家の秘密を知ることになる。
彼なら、それこそどんなことでも命令するだろう。
後ろ盾となっていたメルテンス侯爵が断罪されたら、ユスティスが即位するとは思えないが、そういう未来もあったかもしれないということだ。
エドアルドの声が聞こえる。
「僕も……君にそんな非道なことを頼んだりしない。誓うよ。たとえ即位しても……」
アリーシアははっとして顔を上げた。
紫色の誠実そうな瞳がアリーシアを心配そうに見つめている。
そうよ。ユスティスが失脚するなら、次期国王はエドアルドだわ!
「本当に……? 本当にわたし達に……」
「僕は君を守るよ。君達一族を。君のためなら、なんでもする!」
彼はアリーシアの頬に手を当てた。そして、流れる涙をそっと指で拭う。
「エド……」
紫の瞳が細められ、蕩けるように優しい笑顔になる。
「リシア、僕は君が好きだ」
アリーシアは大きく目を見開いた。
好きって……好きって……。
どういう意味なの?
友達として?
そもそも、わたしとエドアルドはどんな関係なの?
思いがけないことを言われて、混乱してしまう。おかげで涙が止まってしまった。
彼はふっと笑い、アリーシアの髪をそっと撫でた。
「ごめん。唐突だったね」
「え……いいえ、その……わたし……」
「ただ、この気持ちは本物だよ。君のことはずっと見ていた。ずっと痩せていく君を見ながら、挨拶しかできなかった。君はきっとお父さんを亡くしてつらいのだと思っていたから。でも、僕が勝手に思っていた君じゃなく、本当の君を知るようになって、どんどん好きになっていった」
どう反応していいか分からず、アリーシアはただ彼の顔を見つめ続けていた。
すごく近くにある彼の顔を。
「わたしのどこが……?」
「たとえば、君はつらい目に遭っていたのに、淡々と自分のすべきことをしていた。学園にも……例の大怪我は別として休まず来ていた。冴えない姿をしていた僕にも笑いかけてくれて、些細なことにも感謝をしてくれた。僕が王子と分かっても、媚びることなく普通に接してくれた。僕が無謀なことを計画したら、心配してくれた。危険なことなのに協力してくれた」
「そんなの……当たり前じゃないの」
「当たり前じゃないさ。普通の女の子は違う」
エドアルドはまっすぐな瞳で見つめてきた。
なんだか胸がドキドキしてくる。
男性から好きだと言われたのは初めてで……。
しかも、彼は痩せて髪もボサボサだった頃の陰気な自分も知っている。それどころか、ずっと見守ってくれていたのだ。
エドアルドはポケットからハンカチを取り出し、頬の涙を優しい手つきで拭いてくれた。そして、ニコッと笑うと、顔を近づけてくる。
「あ……」
一瞬だけ頬にキスをされた。
驚いて、目を丸くする。彼は明るく笑った。
「役得かな」
恥ずかしいというより、なんだかよく分からない感情に襲われる。胸の奥まで熱くなり、両方の頬を手で押さえた。
「顔が真っ赤だよ」
「もう……からかわないで」
「君のこと好きなのは本心だから。君にも僕のことを好きになってもらいたいけど、そのためには、僕のことをもっと知ってもらわないとね」
そう言われれば、彼のことをそんなに知っているわけではないことに気づいた。
エドアルドは国王と側妃の間に生まれ、その側妃が亡くなった後、魔塔に匿われていた。そして、二年ほど前から正体を隠して、学園に通うようになった……ということくらいしか知らない。
……ううん。そうじゃない。
それは単なる彼の表面的な情報だ。
彼は魔法が好きで、高度な魔法を自在に使い、難しいとされている隠蔽魔法も上手い。つらい生い立ちにもかかわらず歪んだところがなく、まっすぐで正義感があり、優しくて強い。王子として国民のためになることをしたいと思って、危険なことでも恐れず切り込んでいく勇気がある。
わたし……。
いえ、わたしでなくても。
彼みたいな人を好きにならずにはいられないわ。
今まで彼とこうして近くにいて、彼の手が触れるたびに、彼が笑いかけてくれるたび、ドキドキしていた。
それはきっと……。
「わたしも……あなたのこと、好きだわ」
小さな声だったけど、彼の耳には届いたみたいだった。
微笑んでいた彼の顔が急に赤くなる。
アリーシアは思わず笑顔になる。
「どうしてそこで照れるの? さんざん、わたしに好きだと言ったのに」
「自分が言うのと、言われるのとでは違うよ。いや、君にそんなことを言われるなんて……心の準備が……。いや、君に好きだと言う心の準備もしてなかったんだけどね」
彼は一生懸命、わたしに気持ちを伝えようとしていたのよね。
わたしを守るという言葉を信じてほしかったから。
「エドの言葉……すごく嬉しかった」
別の意味で涙が出てくる。
嬉しすぎて。
こんなにも自分のことを考えてくれる人がいることが。
「リシア……」
「ありがとう。……だから、信じられる。あなたのこと」
彼は真剣な表情になり、頷いた。
「君の信頼を絶対に裏切ったりしない。必ずメルテンス侯爵を追いつめる。侯爵だけじゃなく……君を苦しめた奴らをそのままにはしておかない」
アリーシアも強く頷いた。
「あなたを苦しめた人達も」
「ああ」
「絶対に……」
二人は手を取り合った。
そして、固く握り合う。
決して離れないように――。
タイトルがどうもしっくりこなかったので変えました。
旧題「虐げられた私は死にかけたら覚醒しました ~私しか使えない幻想魔法に第二王子が食いついてきます~」から新題「幻想魔女のひみつ ~虐げられた令嬢ですが、死にかけて一族の魔法に覚醒したら王子が求愛してきます~」に変わりましたので、引き続きご愛読よろしくお願いいたします。
いよいよ話は終盤です。お楽しみに。




