第9話 母の想い、子の想い
読んでくださり、ありがとうございます。
また、誤字のご報告も助かります(気をつけますね)
スタンリー一家が王都近くのこの町ヴィルグへと越してきて、数週間が経った。
こじんまりとした木造二階建ての家の前に立つエイミーは腕を腰に当て、誇らしげに胸を張る。
「これでちゃんとお客さんを迎えられるわね!」
そう、彼女の新たな目標、この街で花屋を開くということが現実になろうとしていた。
兄エドワードが何度も王都から訪れ、協力を惜しまなかったため、予定よりもだいぶ早い時間で店は完成した。
様々な花々や植物が並ぶ店内は清潔で温かみがある。木造であったことが華やかでめずらしい花を置いているにもかかわらず、気取らない雰囲気にも繋がっていた。
「お兄様にもお礼を言わなくっちゃね」
「――毎回、大変でしたね」
そう呟いたアルフィーは兄が訪れたときを思い出したのか、小さなため息を溢す。
王都から手伝いに来るのはいいのだが、帰りたくないと駄々をこねるエドワードを帰らせるのは一苦労であった。
「エドワード兄さまって本当に有名な魔術士なのですか?」
「もちろん。王都で活躍なさっているのよ」
「そっかー、なんだか不思議な感じがします」
ルークの問いにエイミーはくすりと笑う。
優秀さと豊富な魔力量で王城で魔術士をするエドワードだが、妹弟にはひたすら甘いのだ。金銭や魔道具がないことで不便はないかと、エドワードは頻繁に王都からこの街へと足を運ぶ。
だが、それも無理はないことだとアルフィーは思う。
エドワードの両親ジョセフとグレース、弟のルークはこのような生活は初めてなのだ。家のことは使用人であるアルフィー、そして彼もエドワードも納得していないがエイミーが行う。
使用人を他に雇い入れたいというアルフィーの希望は、エイミーに受け入れられていない。
「――今後、町の者を雇うことは許可して頂けますか? エドワード様も皆様のことを案じております」
エドワードが案じているのは主にエイミーのことなのだが、それを伏せて神妙な表情をアルフィーは作る。
人の好いエイミーが断りにくいようにというアルフィーの計算だ。
黒髪黒目で忌まれてきたアルフィーは、それなりに人の心を図る技術がある。そのおかげで今まで生きてこられたと自負しているのだが、スタンリー家の人々にはあまり効果がない。
裏表のない一家にそのような技術は不要なのだ。
アルフィー、そしてエドワードの計算高さは主に対外的に使われることが多くなる。
「そうだよね、ごめんね」
「! それでは……」
「うん。でも、今うちにはお金がないでしょう?」
「エドワード様から頂いておりますよ」
にっこり微笑むアルフィーだが、エイミーの表情は優れない。
「それに甘えてはいけないでしょ? あたしたちがもっと頑張らなきゃ! 大丈夫、家事は今まで全部一人でやってきたし、家も前より広くないから逆にアルフィーとあたしで頑張れちゃうんじゃない?」
「ですが――」
言葉を続けようとしたアルフィーの前に、エイミーの手が差し出される。ぴっと上を向いた手、こちらを見つめる緑の瞳はやる気に満ち溢れていた。
「お母様も失敗ばかりだけど、家事を楽しんでおられるでしょ?」
「……そ、それはそうなのですが――」
エイミーの母グレースは初めての家事に熱心に取り組んでいる。だが、それがアルフィーにとっては困る要因にもなっている。不慣れな家事をするグレースは張り切るあまり、失敗の連続なのだ。
その後始末をするアルフィーとしては、大人しくしてくれた方がずっと早く作業が終わるのだが。そうとは口に出来ないアルフィーはただ黙ってエイミーの次の言葉を待つ。
「お父様も最近は街の子どもに文字を教えたりしているでしょう? 子ども達のためにもなることだけど、案外お父さまにとっても良いことだと思うの。張り合い? って言うのかしら。そういうのって誰にでも必要だもの」
エイミーの言葉にルークが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、僕は友人を作ります! 張り合い? っていうのは大事ですよね、きっと」
「そうよね、ルーク。あたしも花屋を開くことで張り合いが出来たと思うもの」
ルークの淡い金の髪が春の風に吹かれて揺れ、エイミーがそっと弟の髪を整える。その光景を見たアルフィーはそれ以上、使用人の話をすることは出来なかった。
新たな土地に来たものの、まだまだスタンリー家の人々はこの環境に馴染んでいるとは言えない。
だからこそエイミーの言う通り、自分の力で出来ることや誰かと交流を持つことは有意義だとアルフィーも思うのだ。
「友達、いいわね。姉さまにも出来るかしら?」
そう言ってルークの小さな手を取ったエイミーは、屋敷の中へと入っていくのだった。
*****
この町ヴィルグは王都に近いというのが最大の利点である。
王都から最も近いことで、物流においては他の街より恵まれているだろう。なにかあれば王都に行き、買い求めることが出来るのだ。
だが、この最大の利点が町としての魅力を削いでもいる。
旅人は王都へ行くまでの休憩地点として選んでくれるのだが、王都が近いゆえ、ヴィルグを通らない者も多い。ヴィルグの若者の多くも憧れを抱き、町を出る。
却ってもう少し離れた町の方が特色もあり、王都を目指す人々も必ずその街を利用し、潤っていることだろう。
「東京にも関東近郊から働きに行くけど、それは交通の便がいいからだし、東京に行くときは東京に泊まっちゃうもんねぇ」
「トウキョウ? あぁ、またいつもの夢物語ですね。他では話さないでくださいね」
アルフィーの言葉にエイミーはふふんと得意げな表情を浮かべる。
椅子に座るエイミーの隣で弟のルークは犬のルディと共に、興味津々といった様子だ。
「しないわよ。家族とアルフィーにしか話したことないもの! あ、ルディとクロウは別よ」
「うん。僕も姉さまのトウキョウのお話、好きです!」
「さようでございますか」
ルディはさておき、クロウは喋る鳥である。前世の話であれば夢物語とすることも出来るが、クロウは実際に喋る姿をアルフィーも目の当たりにしている。
見たことがない植物を生みだし、育てるライリーの能力は特殊であり、希少だ。前世の話もアルフィーは信じていないわけではない。
家族がすべてすんなり受け入れてしまう中、自分だけは異なる立場を取ろうとしているだけである。
「でも……お店は出来てもお客様って来ないものなのね」
そう言うエイミーの視線は道の方へと向けられる。
店の中で花々の手入れをしつつ、そわそわと誰か来るのを待っていたエイミーだが、その期待に反し、まだ誰も訪れてはくれない。
人々は遠巻きに見つめ、エイミーが声をかけると頭を下げるか、さっと逃げてしまう。
「やっぱり、よそ者だからかしら? お花を持って挨拶に行ったし、お父さまも街の子どもに勉強を教えたり、少し距離が近付いたと思ったんだけどな」
エイミーの言葉にルークも寂し気な表情で道行く人々に視線を向けた。
ルークの目がある場所でぴたりと止まる。
木に隠れるようにこちらを見つめる少女と少年に気付いたのだ。
ルークがそちらににこりと微笑むと、少女はびくりと肩を竦めたが、意を決したように少年と共にこちらへと近付いてくる。
「こ、これで買えるお花ってありますか?」
「お花、どなたに贈るんですか?」
「お母さんに……母にあげたいんです!」
緊張しきった表情で手の平を差し出す焦げ茶色の髪を持つ少女は10歳前後だろうか。その手の中には銅貨が2枚ある。残念なことに花の代金としては少々不足していた。
エイミーは何も言わないが、察した少女は肩を落とす。弟らしき隣の少年も少女の表情に不安げな面持ちになる。
その様子に心を痛めるエイミーだが、彼らだけを特別扱いすることは出来ない。
なにか策はないかと考えるエイミーの耳に弟ルークの言葉が届く。
「僕がお手伝いをすると姉さまはお菓子をくれますよね」
「え、えぇ、そうね」
突然の言葉に一瞬戸惑ったエイミーだが、ルークの言葉の意味に気付き、目を軽く開く。そんな姉の表情に得意げにルークは微笑む。
「二人にお手伝いをして貰って、お花をあげるようにしたらどうでしょう」
そう、値段を安くすることは出来ないが、不足した金額、その分を他の形で埋め合わせて貰えば良いのだ。
ルークの言葉に希望を抱いたのだろう。少女の瞳が強い意志を持ったものへと変わる。
まっすぐこちらを見つめる少女、少し不安げな少年の瞳、エイミーは小さく頷いた。
「……二人は家事とか得意な方?」
「はい! 家では母の手伝いをしています!」
「お嬢様?」
アルフィーの声にたしなめる響きを感じたエイミーだが、にっこりと彼に微笑む。
「あら、人手が足りないって言ってたでしょ? それに今後、私がお店に立つ間、お母様だけでは家の中が大変なことになっちゃうと思うけど……」
「そ、それは……わかりました。今回だけですよ? そもそも旦那さまはこのような形をお望みではないでしょうから」
父であるジョセフは町の子ども達に文字や数字を教える手伝いを始めた。
子ども達が労働力となっている現状では、勉学は後回しになってしまう。アルフィーの言う通り、父への報告と許可が必要となるだろう。
母へと花を贈りたいと言う姉と弟らしき二人、優しい彼らの願いになぜか自分まで嬉しくなるエイミーであった。




