第8話 灯る恋と小さなブーケ 4
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「おはようございます! こちら、うちで採れた野菜です。どうぞお納めください!」
そう言ってマイケルはカゴ一杯に入った野菜を持ったまま、深々と礼をする。
今朝、採ったばかりなのだろう新鮮な野菜をアルフィーが受け取ると、マイケルは顔を上げて、目を輝かせる。
どんな花をエイミーが選んでくれたのかと、わくわくする思いがその表情からも伝わり、その場にいたスタンリー家の人々も口元を緩める。
「これよ。どうぞ、気に入って頂けるといいんだけど……」
「うわぁ……凄い、綺麗だ」
エイミーが手渡したのはストロベリーキャンドルを中心にまとめた小さなブーケである。先程、変わった形だとエイミーが言った通り、まるでキャンドルに灯る火のようだ。
ストロベリーを逆さにしたような形からストロベリーキャンドルと可愛らしい名で呼ばれる花なのだ。
そこにかすみ草をあわせ、エイミーは素朴で愛らしい小さなブーケに仕上げた。
おずおずと手を差し出すマイケルはじっとブーケを見つめて、嬉しそうに笑う。
「変わったお花だけど可愛いでしょう? この花、ストロベリーキャンドルにはある花言葉があるのよ」
「……花言葉、ですか?」
初めて聞く言葉に、マイケルは不思議そうにエイミーに問いかける。
「そう、花言葉。ストロベリーキャンドルは『素朴な愛らしさ』そんな花言葉がつけられてるのよ。どう? その子に似合うかしら?」
エイミーの言葉に、マイケルは耳まで真っ赤に染める。
このあいだ口にした言葉をエイミーは覚えていた。
彼女は知らないだろうが、夕暮れ時のジュリアの髪はさらに赤く見える。元々赤みがかった髪が赤く染まる姿をマイケルはひそかに美しいと思っているのだ。
「凄く……凄く似合うと思います! ありがとうございます!」
「ふふ、あたし達も新鮮な野菜をたくさん貰えて凄く助かるわ。長く持つ花だから、飾ってもらえる時間もそれなりにあるはずよ」
マイケルはぺこりと頭を下げると、再びストロベリーキャンドルのブーケへと視線を戻す。嬉しそうなマイケルだが、エイミーは一つだけ彼に言いたいことがあるのだ。
「でも、花や花言葉だけじゃダメよ。それはきっかけに過ぎないの。ちゃんと今の自分の気持ちを伝えることが大事だからね」
エイミーの言葉にマイケルはきりっと表情を引きしめ、こくりと頷く。
まるで結婚の誓いをしにいくようなその表情に、エイミーはもちろん、彼女の養父母もアルフィーも微笑んだ。
まだ幼いルークは周りの楽し気な雰囲気に、嬉しそうに笑い、犬のルディを抱きしめるのだった。
今日もまた夕暮れ時にジュリアの前にマイケルが現れる。
ここ最近、知人の家の手伝いをしにいくジュリアの帰りはいつもこの時間帯だ。その帰り道、なぜか毎回マイケルが現れるのだ。
かといって、一緒に帰るわけでもなく、ただ少し離れて着いてくるだけである。
意図のわからないマイケルの行動に、口喧嘩をしたこともあり、ジュリアはむっとしてしまうのだ。
しかし、今日自分の前に現れたマイケルは立ち止まり、こちらを向いたまま、ジュリアが来るのを待っているようにも見える。
硬い表情で立つマイケルの前をジュリアが通り過ぎたとき、突然、彼から声がかけられた。
「あのさ……ジュリア!」
「……なに? マイケル」
振り向くとこちらを見るマイケルの手には可憐なブーケがある。
夕暮れが赤く辺りを染めるが、マイケルの頬が赤いのもそのせいだろうか。
可愛らしいブーケはジュリアの方に差し出されたままだ。
ジェイクの行動の意味がわからず、ジュリアはじっとマイケルを見る。
「何? 急に……」
「何って、花だよ」
「そうじゃなくって、なんで私に向かって花を差し出してるのよ?」
「なんでって、そりゃあ……」
そう呟いたマイケルだが、髪を掻き、気恥ずかし気に目を伏せる。
花を差し出すことで自分の気持ちやその意味を知って貰えるものとマイケルは思い込んでいたのだ。
けれど、突然のマイケルの行動は幼馴染のジュリアにはまだピンと来ないらしい。
差し出した花の豪華さや最近、頻繁に口喧嘩をしていることもそれに拍車をかけているのだろう。
マイケルはもごもごと口ごもる。
「私、もう行くからね?」
「あ、ちょっと待って……!」
そのとき、マイケルは今朝のエイミーの言葉を思い出す。
エイミーに言われたではないか。花や花言葉を伝えるのはきっかけに過ぎないと。
自分の気持ちを花と共に言葉にすることで、思いと一緒に花を受け取って貰えるのだ。
「お前に似合う花を選んで貰ったんだ!」
「…………へ? その花って私になの?」
突然のマイケルの言葉に振り向いたジュリアは目を丸くする。
「ストロベリーキャンドルって言ってさ、花言葉は『素朴な愛らしさ』なんだってさ。……その、ジュリアにぴったりだろ?」
「え、あ、えっと……」
予想外のマイケルの言葉、そしてブーケが自分のためだったと知り、ジュリアは耳まで赤くする。
そんなジュリアの手に花束を渡すと、マイケルは反対方向へと走っていく。こちらに用事があって、いつも着いてきているはずのマイケルの行動を一瞬不思議に思うジュリアだが、気持ちは手の中のブーケへと戻る。
ほわほわと地に足のつかないような思いで、ジュリアは家へと向かうのだった。
「あら、おかえりなさい。今日は早かったのね」
「うん……そうかも」
ぼんやりして心ここにあらずと言った状況のジュリアに、目を瞬かせる母親が娘の腕の中の花に気付く。
赤の花に小さな白い花、可憐なその花々はこの辺りで見たことがないものだ。
「あらやだ、どうしたの! そんな素敵な花!」
「…………マイケル」
ぽつりと呟いたジュリアの言葉を彼女の母は違う意味で受け取ったらしい。
「あぁ、マイケルね。ここ最近、いつもあんたを家の近くまで送ってくれてるんでしょ?」
「えっ! そ、そうだったの?」
「そうだったのってあんた、マイケルから何も聞いていないの?」
ここ最近、ジュリアは親戚の家を手伝いに行っているせいで帰宅は夕方近くなる。日が暮れる前に家には着いているのだが、そんなジュリアをマイケルは心配していたらしい。
黙って着いてくることを不満に思っていた自分がジュリアは恥ずかしくなる。
ぎゅっと抱きしめたストロベリーキャンドルのブーケは、ジュリアの家に飾られる。毎日見るその花に、ジュリアの中にもマイケルへの想いが募っていくのだった。
「ストロベリーキャンドルの花言葉は他にもあるの」
くすくすと笑うエイミーの薄茶の髪を風が揺らす。緑色の瞳は光を受けて、キラキラと輝くのを見て、アルフィーはやはり、彼女が王城ではなく家族と過ごすことが良いのだと実感する。
駆けまわる弟のルークと愛犬のルディの声が響く裏庭で、エイミーは丁寧に花の手入れをする。令嬢らしからぬ質素なドレスなのだが、それでもエイミーは幸福そうだ。
「彼に伝えた言葉以外にはどんな意味があるんですか?」
アルフィーの問いかけにエイミーはいたずらをしたかのように微笑んだ。
「ストロベリーキャンドルの花言葉はね、『素朴な愛らしさ』『胸に火を灯す』『煌めく愛』なのよ。素敵でしょ?」
「どうして姉さまはお兄さんに教えなかったんですか?」
ルディの背にもたれたルークがエイミーに尋ねる。
「そう言ったら、きっと照れちゃうもの」
「確かにそうですね……」
幼馴染の二人の関係がどう変化していくのか、それは誰にもわからない。
小さな恋はまだ始まったばかりなのだから。
さあっと吹いた風には花々の香りが混じる。思いっきり澄んだ空気を吸い込んだエイミーは広がる青空に、これからの日々を重ね、希望を抱くのだった。
ストロベリーキャンドル、名前も可愛いですよね。
同時に、なんだか美味しそうな名前!と私は思ってしまいます…。




