第7話 灯る恋と小さなブーケ 3
「その、あいつは兄妹みたいに育った幼馴染で……だから会うとつい口喧嘩になっちゃうんだ。つい、何日か前も大喧嘩をしちまって……謝るきっかけがほしいんだ!」
必死に話す少年マイケルに、初仕事だとエイミーは真剣に聞き入る。父のジョセフと母のグレースは幼馴染の小さな恋に目を細め、弟のルークは犬のルディに抱きつきながら話を聞く。
なぜ家族全員で耳を傾けているのだと思いつつ、アルフィーは傍で控える。
「都会ではその……好意を持つ相手に花を贈るんだろ? その辺りに咲いてる花じゃなくって、特別なものを贈りたいんだ」
「まぁ、素敵! きっと喜んでもらえるはずよ」
「あぁ、私達にもそんな頃があったものだ」
なぜか父母が昔を懐かしむように見つめ合うのを完全に無視をして、エイミーはマイケルに尋ねる。
「その子はどんな子なの?」
花を贈るにも相手の好みや印象によって選び方が異なる。
同時に贈る側の気持ちもまた重要なのだ。単に贈り物をすれば、相手が喜ぶなどという簡単なものではない。
「ジュリアは……素朴で普通の子だよ。でも、会うと元気を貰えるし、一緒にいると楽しいんだ。あいつが笑うと俺も嬉しい。そういうのを好きって言うんだろ?」
後ろで父母の歓声が上がるが、エイミーはこちらもまた気に留めない。二人の仲の良さはいつもの光景で、気にしていてはきりがないのだ。
それよりもマイケルのことだ。小さなこの恋に力を貸せるのなら、エイミーとしても喜ばしいことだ。
なにより、エイミーは彼からは既にカゴ一杯の野菜を受け取ってしまっている。
「まだこの町に来たばかりで、花の種類も少ないの。それでもよかったら、あたしに花を選ばせてくれる?」
「い、いいのか⁉」
エイミーの言葉にマイケルの目が驚きで大きく見開かれる。
「もちろん! 素朴で可愛いその子に似合う花を選んでみるわ」
「か、可愛いとは言ってないぞ! ……その、可愛くないわけでもないけどさ」
頬を赤くする少年にエイミーの両親が微笑ましそうに何度も頷いている。
マイケルは何度も礼を述べながら、エイミーの家を後にするのだった。
「――こちらに来て間もなく、開店前ですが大丈夫でしょうか」
そもそも、アルフィーとしてはエイミーが花屋をすること自体を案じている。兄のエドワードも同様だ。
しかし、そんなアルフィーの言葉にスタンリー家のまっすぐな言葉が向けられる。
「でも、力になりたいじゃない!」
「エイミーの言う通りだよ。私達にもあんな頃があったね、グレース」
「えぇ、そう思うと放ってはおけませんね」
「だってもう約束しちゃったもんね」
スタンリー家の人々は皆、揃って人が好過ぎる――だが、そんな彼らだからこそ、風貌の異なる自分を雇ってくれたのだとアルフィーは思う。
アルフィー自身もまた彼らの優しさに救われた。そんな思いがあるため、それ以上強く言う事は出来ないのだ。
どうにも人が好くそれゆえ少々危なっかしいエイミー達に、アルフィーは困ったように、だがどこか嬉しそうに笑うのだった。
*****
スタンリー家を後にしたマイケルは高揚する気分を押さえながら、舗装されない道を歩く。夕暮れ時、伸びる影を見つめたマイケルは道の小さな花に目を落とし、口元が緩む。
道端の花も愛らしい。だが、きちんとした形で幼馴染のジュリアに花を渡せる。どんな表情をするのか、喜んでもらえるのか、想像するだけでマイケルの気持ちは舞い上がりそうだ。
「あ……」
「あ、マイケル……」
前を行く少女の姿に、マイケルの足はぴたりと止まる。
赤みがかったふわふわとした髪が風に揺れる少女、彼女はマイケルの幼馴染であり、ほのかな恋心を抱くジュリア本人である。
赤みの強い髪が夕日を浴びて、真っ赤に染まるその姿にマイケルの頬も赤くなる。こちらを見つめるジュリアの瞳に、マイケルはふいと顔を逸らす。
そんなマイケルにむっとした表情を浮かべたジュリアは彼に背を向けて歩き出す。
夕暮れ時の長く伸びた影を踏まないような距離感で、マイケルはジュリアの後ろを歩くのだった。
「なんで着いてくるの?」
「……別に。こっちに用事があるだけだから」
ジュリアの不満げな声に、マイケルはぼそぼそと答える。
先程、背を向けてから一度もこちらを見ないジュリアだが、マイケルとしてはその方がありがたい。
一度意識したことで頬の赤みは消えていないだろう。鏡こそないが、熱くなる頬がそれを伝えてくるのだ。
ある一定の距離を保ったまま、マイケルがついてくるのを気配でジュリアは感じている。
先日、少々言い合いになってしまったため、ジュリアとしてもいつも以上に素直になれない。振り向くことなく、黙って足を進めた。
家の前まで来て、振り返るとマイケルの姿はない。
いついなくなったのかもジュリアにはわからない。夕日は森の中に今にも沈んでしまいそうだ。
「あら、ジュリア。おかえりなさい。暗くなる前に家に着いてよかったわ」
「――う、うん」
ドアを開けて出迎えた母に、そう言ったジュリアだが、きょろきょろと辺りを見回す。そんなジュリアに不思議そうに母が尋ねる。
「どうしたの?」
「な、なんでもない!」
そう言うとジュリアは家の中へと駆けこむ。
娘の様子に戸惑いながらも、日が沈む前に帰途に着いたことに安堵するジュリアの母であった。
*****
「うーん、この花がいいかな」
まだ朝早い時間だが、エイミーは裏庭でマイケルへの花を選ぶ。
エイミーが選んだ花はアルフィーの想像していた花とは異なるものだ。
エドワードの用意した収集袋のおかげで、前の屋敷にあった植物の多くをこちらへと移動させることが出来た。スタンリー家の新居には広大な裏庭があるのだ。
屋敷の規模に反して、広い裏庭はエイミーの能力を生かすためにエドワードが選んだものだ。既にいくつもの鉢植えが置かれ、新たな土地に植えられたものもある。
数多くの花々の中からエイミーがマイケルに選んだのは少々変わった形の花である。
「変わった形をしているでしょう? でも、素敵な花言葉があるの」
「花言葉、ですか。もしかして、そちらで彼に贈る花を選んだのですか?」
「そうよ。花屋を始めるのなら、他と違うところを個性として出したいもの」
個性というならば、不思議な力でこの世界にない多様な花々を見せるエイミーの力こそ、他にはないものである。
唯一無二の変わったその能力は、大地や植物に愛されている証ではとすらエドワードとアルフィーは思っているのだ。
そのため、緑の乙女候補にエイミーが選ばれたとき、必死でその能力は隠すように彼女を説得したほどだ。
「花言葉って姉さまのいつも言うものですよね。前世ではそういう考えがあったのですか? すごくおしゃれですね!」
そう言って裏庭で犬のルディと遊ぶ弟のルークはにこやかに笑う。
エイミーが語る前世の記憶をエドワード以外のスタンリー家の者はすんなりと受け入れている。自分達の想像や常識を超える話ではあるが、エイミーを疑うことはしない。実際、エイミーが作り出す花々は見たことのない物であるが、彼女はその名も育て方もよく知っているのだ。
これほどまでに特殊な能力を持つ彼女だ。最近では前世の記憶があるのも当然であるとすら思っている。
「そうね、花を誰かに渡すときにはいろんな気持ちがあるはずでしょ? せっかくだから、贈る人の気持ちも花と一緒に届ける――そんなお手伝いが出来たら素敵よね」
そう言って笑うエイミーの表情は穏やかで優しいものだ。
そんな言葉を聞くと、花屋を開くことを反対しているアルフィーにすら、彼女にしか出来ない仕事に思えてきてしまう。
エイミーが選んだ少し変わった花を見つつ、アルフィーは花屋を開くことを徐々に受け入れつつある自分に気付くのだった。




