第5話 灯る恋と小さなブーケ
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馬車に揺れながら着いた先は、こじんまりとした二階建ての木造家屋だ。
今までの屋敷と比べられぬ家だが、素朴で愛らしくエイミーはすぐに気に入った。しかし、王都に近い町ヴィルグなのだが、閑散とした印象を受けるのは気のせいだろうか。
辺りを見回していたエイミーにアルフィーが声をかける。
「こちらが庭の植物を収納した魔道具です」
「本当にこんな小さい袋に入ってしまうのね……びっくりだわ」
兄のエドワードから送られたのは魔道具である収集袋だ。
魔術師である兄の伝手を頼って得たこの魔道具はそれなりの価格がするらしい。
それならば、家の借金も……と甘い考えを抱いたエイミーとアルフィーだったが、エドワードがめずらしく難色を示した。
理由が父母に金銭を託すことで、再びこのような事態を招きかねないというものであり、二人としても否定出来なかった。
「でも、こんな良い物を貰ってしまってお兄様に悪いわね」
「エドワード様がお嬢様のこととなると糸目をつけないのは、今さら始まったことではありませんから」
「……なんだか言い方にトゲを感じるんだけど」
「いえいえ、エドワード様には当面の資金を頂いております。お嬢様の気のせいでございましょう」
その言葉にエイミーは少し安心する。
本来は家長であるジョセフ、家のことは夫人であるグレースが管理するべきなのだが、おっとりとした気性の二人に任せるのはどうにも不安なのだ。
なにより、これからのことでエイミーには考えがある。
「ねぇ。お父様、お母様、これからのことであたし相談があるの!」
まだ家をじっくりと眺めている状況なのに、気が早い娘に夫婦は穏やかに笑みを向けた。家を見上げてしっぽを振るルディ、家の門にちょこんと止まるクロウ、そして子どもらしく駆けだしたルークも立ち止まる。
エイミーの斜めうしろに立つアルフィーだけが、不安そうに彼女を見つめた。
「あたし、この村で花屋を開くわ!」
「……は?」
アルフィーの声には戸惑いと衝撃があったが、そんな彼の声は続く皆の声でかき消される。
「まぁ、素敵! エイミーは花を育てるのが上手だもの!」
「夢を持つということは素晴らしいことだよ、エイミー」
「姉さま、凄いねぇ!」
「わふっ! わふっ!」
犬のルディまでもが嬉しそうにしっぽを振り、家族はエイミーの夢を大歓迎する。優しく美しい光景なのだが、アルフィーにとってはまったく予想だにしなかった出来事である。
額を押さえ、考えをまとめようと焦るアルフィーの姿に「こりゃ、気の毒なこったなぁ」とクロウは他人事のように呟くのだった。
*****
「――なんで、そんなことになっているわけ?」
家族を案じて、引っ越し先の町ヴィルグへと尋ねてきた兄エドワードはアルフィーからの報告に眉間に深い皺を寄せる。
王城では笑みを絶やさないエドワードのその表情だが、アルフィーは動じない。
そもそも、尋ねられたアルフィーにしても先程聞いたばかりの話である。気持ちはエドワードと似たようなものだ。
「お嬢様としてはせっかくご自身にある能力をご家族の生活のために、活かしたいと考えておられるようで……」
「花屋っていうのは見た目以上の力仕事になるんだよ? あの子には負担が大きすぎるじゃないか!」
「……さようでございますね」
エイミーの日常をよく知るアルフィーは表情には出さないが、過保護な兄エドワードに少々呆れる。
たしかに一般的な令嬢であれば、水仕事に力仕事が重なる仕事など考えられぬことである。だが、エイミーはこれまでも使用人達が止めるのも聞かず、少々おてんば、あるいはやんちゃな行動を繰り返してきた。
心配すべきは他のことだ。
「問題はあの子の能力が王家や教会に知られることだね。あの子の力は稀有なもの、それをエイミーも家族もわかっていないところがある」
そう、この世界にはない植物を自由に育てられるエイミーの力。種や苗を生みだし、育む力をエドワードとアルフィーは森や大地に愛された緑の乙女ではと考えていた。
しかし、緑の乙女候補となったとき、存在しないはずの植物を育てられる力をエドワードは報告しないようにと家族を説得した。
エイミーが緑の乙女になることをエドワードは望まなかったのだ。
「緑の乙女なんて今ではただの象徴だ。だが、あの子の力は本物だよ。現状のこの国ではただ、物珍しい植物を育てられるとしか思われないだろうけどね」
かつて、この国ルジェントは恵まれた国土を持ち、他国からの輸入に頼ることなく食物を育てことができていた。
しかし、科学や工業、魔術を重んじてきた結果、自然が破壊されつつある。
ひとたび自国や周辺国で大規模な災害や不作が起これば、現状は一変してしまうだろう。長年、平穏な時代が続いたことが、緑の乙女を象徴だけの存在とし、国の状況も永続的な安寧だと甘く見てしまっているのだ。
だが、そんな国の状況より、エドワードが案じるのは妹のエイミーのことである。
「僕がすぐ来られるようにと王都近くのこの街にしたんだけれど、まさかエイミーが自分の力を仕事に活かしたいと考えるとは……」
「エドワード様からお預かりした金額で当面は十分、生活していけることはお伝えしております。ですが、お嬢様はご自身の力でご家族を守りたいとおっしゃるのです」
「うん。自立心に溢れた素晴らしい意欲だけれど、方向性を間違っているね」
家族や周囲の者達のために植物を育ててきたエイミーの心根の優しさは好ましいものだ。そんなライリーの思いを無下にすることをエドワードは望まない。
金糸のような髪をわしゃわしゃとかき乱し、エドワードは大きくため息を溢す。きちんと教育を受けてきた彼らしくない仕草だが、それだけアルフィーとは付き合いも長いのだ。
「仕方ないね。あの子がそう願うのならしばらく見守ろう」
「……よろしいのですか? 生活していくには十分な金額を既に受け取っておりますが」
「金があると周囲に知れたら、また良からぬ者達が父や母に近付くだろう? 裕福な商家であったことを知られても、あの子が働くことでこの町の者達にも受け入れやすくなるだろうしね」
単にエイミーがすることを否定して嫌われたくないのでは? という言葉をアルフィーはぐっと飲み込む。
「……口にせずとも顔に出ているからね? アルフィー」
「――申し訳ありません」
「悪いと思っていないくせにまったく……」
年齢が近いこの二人は嫡男と使用人という関係を越えた信頼がある。それは少々特殊な事情を抱えたエイミーのおかげでもあった。
「いいかい? 僕は王都に戻るけど、家族のことを頼むね。残念だけど、魔術士としての仕事が山積みでなんとか抜け出してきた状況なんだ」
エイミーの力を知った日から、エドワードは元々持っていた魔力の素質を高めることに勤めてきた。その結果が国内最年少での魔術士試験合格に繋がった。
長く続く商家であったスタンリー家に訪れた借金問題。その負債は屋敷を手放すことでなくなった。だが、この町ヴィルグに家を借りる手続き、その費用もエドワードのおかげである。
「そんな顔をすることはないよ? 金と権力は好みじゃないけど、使い道は多いからね! あればあるほどいいものだからね」
多忙なエドワードを気遣う思いがアルフィーの表情から読み取れたのだろう。にやりと不敵な笑みを見せるエドワードに、彼の下で働く魔術士見習いの大変さを憂うアルフィーであった。




