第25話 淑女のイヤリング 3
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「え、王都の畑の状況はずっと悪いままなの?」
エイミーに問われ、アルフィーは首を縦に振る。
エドワードの話では王都は問題山積みのようであった。
ヴィルグの村では学校の畑、そして村人の畑も青々とした葉が茂る。
一時期は人々にも強い不安があったが、今では皆、穏やかな日々を送っていた。
「姉さまがいた頃はどうでしたか? 土を触れたり、植物魔法を使ってみましたか?」
王城にいた頃にエイミーが力を発揮していれば、土にもなにか変化があったのではとルークは考えたのだ。
しかし、エイミーは悲し気に目を伏せる。
「……結局のところ、高位令嬢や教会で育った方ばかりを指導の先生方は優遇していたから。あたしの王城での一番の不満は植物を育てる許可が頂けなかったことね。お兄様までお止めになるし……!」
王城の指導教員たちは、裕福な貴族や教会関係者から緑の乙女が出ると考えていたのだろう。たとえ、彼女達の中から正式に選ばれずとも、令嬢の身内から王城にいる間に十分な恩恵を受けることができるはずだ。
そんな状況での緑の乙女の選定は難航するのは当然である。
「あ! でも、緑の乙女が決まれば問題が解決するのよね。選ばれた人には凄い力があるんでしょう? 今はまだ選定中だからじゃないかしら」
そうエイミーが言うが、アルフィーやルークはそれに同意は出来ない表情を浮かべている。
選ばれた緑の乙女がどれほどの能力を持っているかは未知数だ。
なぜか、エイミーは自身の能力を過小評価しているが、彼女の植物魔法は独特なもので他にはないだろう。
もし、選ばれた少女が十分な力を持っていなかった場合、国は混乱してしまう。
そうなれば、再び緑の乙女候補が招集される可能性が高いのだ。
エイミーの能力を間近で見ているアルフィーたちには、緑の乙女に最もふさわしい人物が誰かわかっている。
「そういえば、どうして姉さまは候補から漏れたのでしょう。これほど、優秀なのに……」
ルークがついに疑問を口にする。
植物魔法に秀でている点ではエイミーより、ふさわしい少女はいないはずだ。
なぜ、王城ではエイミーの力が見逃されてしまったのだろう。そんな疑問はアッシャーも同じように抱いていた。
弟の疑問に、エイミーはどこか気まずそうに口を開く。
「えっと……ほら、さっき話したことだったり。それ以外に……講義とか寝ちゃったり……。おまけにいっつもルディやクロウと一緒にいて、他の子とコミュニケーションがとれないって思われたみたい。あと……植物の育て方について、指導の人と喧嘩したり?」
困ったような、仕方のない者を見るような視線をアルフィーとルークから受け、いたたまれない気持ちになっているエイミーだが、事実なので仕方がない。
おまけにルディはよだれを垂らしてどこでも寝ていたし、クロウは喋らずにはいたが、黒い姿を悪く言う者にはそっと洗濯物に鳥らしい落とし物をお見舞いしていたのだ。
高位の令嬢や教会育ちの少女からは浮いた存在であったし、エイミーを選ぶ利点も王城の者たちにないのも大きな理由ではある。
しかし、エイミー自体もエイミーのまま過ごしたのも選ばれなかった理由の一つだろう。
「大丈夫です。僕は姉さまらしいと思います!」
「ぐっ……!」
「――ルーク様。それを追い打ちと言います」
姉をフォローしたルークの言葉なのだが、エイミーはショックを受けている。
そんな三人を木の枝に止まって見ていたクロウが、やれやれといった様子でデッキチェアへと舞い降りた。
「ほら、あれだろ。礼儀作法にうるさいご夫人が来てるんだろ? どうにもエイミーにゃ、そういう所作がなぁ……見てもらうといいんじゃねぇか? エイミー」
落ち込んで肩を落としていたエイミーだが、クロウの言葉にすぐ顔を上げる。その表情はむっと頬を膨らませ、不満そうなものだ。
「あたしはいいの! でも、凄い方だそうよ。シンクレア夫人はアウローラ様の教育係を任命されていたそうだし」
「そのような凄い方が王太子妃から離れてしまうのも心配ですね。アウローラ妃は元々敵対国のご出身ですし……。植物の不作なども、彼女の責任だと考える者がいるかもしれません」
そう口にしたルークの表情が暗くなる。
今後もし、これ以上に国が困窮した場合、エイミーの持つ植物魔法を活かすことが最善なのではと気付いてしまったのだ。
しかし、それがエイミーやスタンリー家の人々の最善と一致するとは限らない。
不安げなルークの頬をエイミーがついとつつく。
「そんな顔をしないで? ルーク。あたしは自分の力が誰かの役に立つのは嬉しいわ。だって、この国には皆がいるでしょう? まだ出会ったことがない素敵な人もいるかもしれないじゃない。それをあたしの力で守れたら……ちょっと格好いいもの」
冗談めかして話すエイミーだが、万が一の際には自分の力を活かす覚悟を決めているのだろう。
じんわりとルークは瞳に涙をためて、エイミーの指をぎゅっと握った。
「かーっ! 姉弟愛だな、おい! 安心しろ、エイミー。そんときゃ、俺とルディも連れていけ! 絶対的な味方になってやるからよ! な、ルディ」
「わふ、わふ!」
ともに王城で過ごした一羽と一匹の心強い言葉にエイミーは白い歯を見せる。
彼らが、そして兄のエドワードがいたからこそ、生活の異なる王城でも暮らしていけたのだ。
「じゃあ僕は手紙を書きます。魔道具でお話もたくさんしましょう!」
「――ルークさま。それにクロウもルディもですよ。まだお嬢さまの今後が決まったわけではないのですから」
そう言うアルフィーだが、黒い瞳がどこか悲しげでもある。
エイミーはそんなアルフィーににっと笑いかけた。
「大事なものを守るために。いざというときは頑張るわ。でも、まだいざというときではないもの。だから、一緒にいる間はたくさん笑顔で過ごしましょ」
エイミーだけではこのような気持ちにはなれなかったであろう。
山村百合子として、母と過ごしたかけがえのない時間の記憶が、今このときを大事にするべきだと訴えるのだ。
生まれ持った不思議な力に怯える少女はもういない。
エイミー・スタンリーは愛する家族、そして共に過ごしてくれた人々のために、自分自身の能力を活かす覚悟を固めたのだった。
*****
王都であれば賑やかな夜も、ヴィルグの村では静寂そのものだ。
シンクレア夫人は魔道具を使い、王都にいるエドワードと会話を交わす。
整った顔立ちで表情が読みにくいエドワードだが、その魔力は一級品だ。
王城で魔導士になったエドワードは周囲との衝突はあるものの、実力でねじ伏せている。
「こちらは静かでいいわ」
「それはよかった。王都は大変賑やかですよ」
そう言って微笑むエドワードだが、緑の乙女候補たちやその周囲の者たちの騒動、それに続く不作と問題ばかりにうんざりしているのだろう。
夫の死をきっかけに臥せったシンクレア夫人もまた、大変賑やかな王都に疲れ、こうして療養を必要としているのだ。王都の状況が変わらないのだと、少々シンクレア夫人はうんざりした想いになる。
「あの三人の少女の中に、緑の乙女がいるとあなたは考えますか? エドワード」
シンクレア夫人の問いかけに、エドワードは美しく穏やかな微笑みを浮かべる。
「……それは私が判断することではありません」
その整った顔立ちと洗練された雰囲気に騙されるほど、シンクレア夫人は甘くはない。数々の貴族令嬢たちを教育してきた彼女は嘘を見抜くのにも長けているのだ。
なにより、シンクレア夫人はエドワードの人となりをよく知っている。
親しい人間に対しては、彼は誠実で真摯なのだ。
この嘘も誰かを守るためのものだろう。しかし、シンクレア夫人にも同じように守りたいものがあるのだ。
「では、端的に申し上げましょう。王太子妃のご様子はいかがですか」
「辛抱強い御方ですね。風当たりはやはり強いかと……。ですが、あいにく私などが直接お会いすることはかないません。あくまで人づてに聞いた話です」
「そうですか……」
シンクレア夫人はエドワードの話を聞き、イヤリングに触れた。
そんなシンクレアを気遣うようにエドワードが口を開く。
「あまり、王城のことを気になさるのでは療養にならないのではありませんか」
エドワードの心配はもっともである。
シンクレア夫人を気遣うエドワードの気持ち自体に偽りはない。
それがわかっていても、シンクレア夫人は王都の状況が気にかかるのだ。
療養が必要と王都を離れたが、離れているからこそ、以前より王城の今後や王太子妃のことが気がかりである。
「そうかもしれませんね。……それでも王太子妃やそのご環境は気になります。せっかく、夫が私にふさわしい職務へと導いてくれたのですから」
そう言ってシンクレア夫人は上品な笑みを浮かべる。
そんな夫人にエドワードは少し困ったように眉尻を下げる。
彼としてもエイミーのいるこの村に彼女が滞在するのには不安が残る。
しかし、それ以上に心労の多かった彼女に休息をとってほしいという思いは強かったのだ。
「離れてわかることもあるものです。容姿でも家柄でもなく、その振る舞いこそが淑女の証だと彼が私を認めてくれたからこそ、今の私がいるのですから」
凛として揺らがない芯の強さを感じる笑みを浮かべる彼女の耳元で、夫から贈られたイヤリングは静かに輝くのだった。




