第24話 淑女のイヤリング 2
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ここ数日雨が降っていたが、今日は晴天だ。
エイミーは訪ねてきた村長の娘ブリジットと共に、庭でのお茶会を楽しんでいる。
紅茶の鮮やかな赤は目の前の友人の髪色のようだと思うエイミーに、ブリジットが話すのは自身の屋敷に来たとある夫人の話だ。
「どんな方なの?」
エイミーの問いかけに、ブリジットは少し言葉に詰まる。
「そうね……。凛としていらっしゃるわ。その、なんというか」
「厳しい方なのね」
優しいブリジットがどう表現していいか迷うため、エイミーが助け舟を出す。
「――ええ、そうなの。ご一緒するととても緊張してしまうの。元々は令嬢の礼儀作法の指導をなさっていたそうなんだけれど、今回は姫君の教育係を任されていたそうよ。身内にご不幸があったのがきっかけで、職を一時的に離れているんですって」
話題のシンクレア夫人だが、当初はスタンリー家に来る案もあったという。
しかし、今のスタンリー家の屋敷も経済状況も夫人を迎えるには十分ではない。
そのため、村長であるウォード家に滞在することとなったのだ。
「思い出が詰まった王都を離れることで、夫人のお気持ちが少しでも楽になるといいわね」
「私もそう思うわ。それにね、夫人は私の作法を指導してくださるの。少し緊張してしまうけれど、付け焼き刃だった礼儀作法に少し自信がつきそう」
複雑な環境で育ったブリジットだが、祖父であるウォードの元で暮らすうちに表情も明るくなったようだ。
それにはエイミーの存在も深くかかわっているのだが、それに気付かないエイミーは嬉しそうに笑う。
「シンクレア夫人の指導を受けられる令嬢ってなかなかいないんですって。凄いわ」
エイミーの言葉にブリジットはいたずらを思いついたような笑みを浮かべた。
「あら。じゃあ、エイミーもお願いする?」
「んー、あたしはいい。遠慮しておく。あの、ほら、夫人にもご都合があるし……」
「そうね。エイミーにはエイミーの良さがあるもの。それに私は救われたわ」
きょとんとするエイミーだが、ブリジットが言っているのは村に来てからのことだけではない。
彼女は王城にいた頃、エイミーの存在に救われていたのだ。
「――緑の乙女に選ばれなきゃ、皆がそう思っていたわ。私だってそうよ。そうでなければ認めてもらえないもの……。きっと他の令嬢もそれぞれに事情を抱えているはずよ」
植物魔法を持つ者は緑の瞳を持つ。その判断から緑の乙女の選定にはそんな少女達が選ばれている。彼女たちは皆、周囲からの期待を背負って王城へと来ていたのだ。
「あなただけが違ったわ」
「え、選ばれたくなかったわけじゃないよ? ……正直、選ばれないだろうなとは思ってたけど」
ブリジットはエイミーを見つめ、くすくすと笑う。
「そうじゃないの。私はあなたが選ばれるのだと思っていたわ」
エイミーは目を丸くする。
他の令嬢は高位貴族であったり、教会から来た少女たちであった。
そんな中、エイミーの存在がひときわブリジットの目を引いたのには理由がある。
「エイミーは他の令嬢にも優しかったわ。相手の利益になることでも、迷わずに行動に移してた。……そんなあなたに憧れていたし、救われていたの」
微笑みながらも裏では他人を蹴落とし、競い合う日々の中でブリジットの心は疲弊していった。そのうえ、引き取られた家からのプレッシャーもあった。
そんな日々の中、ありのままに振舞うエイミーの存在にブリジットの心は支えられていたのだ。
「それに……他の人は侍女やメイドを連れてくるのに、あなたったら犬と鳥をつれているんだもの」
「え、自分の身の回りのことはできるし……二名しか連れていけなかったでしょう? 二名……えっと、今思うと二名に含まれるのかわからないけれど」
その言葉についにブリジットが吹き出すように笑う。
ここにシンクレア夫人がいたならば、叱られるだろう。しかし、少女らしいブリジットの姿は誰の目からも好もしく映るはずだ。
「そういうところよ――あなたと友人になれてよかったわ。エイミー」
ハッとしたエイミーだが、次の瞬間、笑顔をブリジットに向ける。
「あたしも、あたしもブリジットと友達になれて嬉しい」
微笑んだ二人はお茶会を再開する。
風は穏やかで過ごしやすい日だ。二人の話もまだまだ尽きないことだろう。
木々からの木漏れ日が笑う二人の少女を優しく照らしていた。
シンクレア夫人は窓の外を見て、ため息を溢す。
晴天であるにもかかわらず、彼女の心にはどんよりと重い雲が漂い、晴れることがない。
彼女もこのヴィルグの村に不満があるわけではない。
エドワードや友人たちから勧められ、王都を離れてみたものの、気になってしまうのは王城のことばかりなのだ。
「あなたがいたなら、こんなにも悩まなかったはずなのにね」
夫の死はシンクレア夫人にとって、体の一部をもぎとられたようなものであった。
彼女が今の職務につけたのも、夫であるアレックスの影響である。
だからこそ、教育係を離れた彼女にはその責務を果たせなかったという思いがあるのだ。
体調や心情を考えれば、あのまま職務を続けることは困難であっただろう。やむを得ない判断だ。
それでも、今の王城では問題が山積みである。
「アウローラ妃はどうなさっているかしら。それに、緑の乙女だって……あの人が言っていた形とは異なっているわ」
夫であるアレックスは研究職であった。
以前から、緑の乙女には関心があり、文献を調査している彼の話を彼女はよく効いていたのだ。
「……服装もすっかり地味になってしまったわ。本来の私に戻ったと言えるけれど……あなたはこんな私でも認めてくれたのね」
礼儀作法こそ、完璧であったが地味で目立たぬ令嬢であった彼女が変わったのは夫であるアレックスとの出会いがきっかけだ。
過ぎ去ったあの日をシンクレア夫人は懐かしく思い返すが、同時に彼女は夫が認めてくれた自分でいられない今の状況が不甲斐なくもある。
少しの間、時間を置き、再び王都へと戻るつもりではいるが、気持ちが急いてしまうのかヴィルグの村でも心は王都へと向いてしまう。
夫が贈ってくれたイヤリングにそっと手を触れる。これは夫であるアレックスから贈られたもので、華やかな装飾を好まない彼女が、唯一身に付けているものだ。
気持ちが乱れるとき、彼女は必ずこのイヤリングに触れる。
雫型の宝石の手触りはシンクレア夫人の心を落ち着かせ、新たな考えに気付かせてくれるのだ。
「……あの御方のお傍には誰かがいないといけないのに」
整えられた部屋でシンクレア夫人は小さくそう呟くのだった。
『ジュリとエレナの森の相談所』のコミカライズが4/10に決定しました!
素敵に描いてくださっていますので、ぜひ。




