第23話 淑女のイヤリング
体調が優れず、更新をお休みしておりました。
青い空が広がる下、子ども達は楽し気に笑う。そんな子ども達の視線は目の前の畑に注がれてた。
古い教会を直して作られた学校、そこにエイミーの案で作られた畑では植物がすくすくと育っているのだ。
「凄い……。あんなにしおしおだった植物が元気になっていますね!」
ルークの言葉の通り、つい先日までその苗は力を失くし、弱々しい状況だった。
それを買い取っていたのが村長のウォードであったのだが、それをエイミーと子ども達で植えなおしたものだ。
ほんの少し、エイミーの力を使った苗は、今では青々としている。
「勉強とは教室で机の上で学ぶことだけではないね。家の手伝いでは体験していても、自分たちだけで行うとまた違う喜びがあるようだ」
父のジョセフは子どもたちの様子に目を細めた。
そんな父にエイミーは気になっていたことを尋ねる。
「ねぇ、お父さま。古い教会でしょう? 調理室での不便さとかないのかしら」
「それは問題ないようだよ。ウォード氏の使用人が給食の際には調理をしてくれるんだけれど、不便だとは言っていなかったからね」
給食の日は毎日あるわけではない。週に二度ほど、調理室で畑で採れた野菜を使い、スープなどを作ってもらっている。
今は村長の使用人に力を借りているが、そのうちに子どもたちの家族に交代制で作業を行ってもらい、日数も増やす予定である。
新たな雇用を生み出し、畑での収入だけに頼らない形を作る計画なのだ。
同時に、教室で学ぶことを身近に感じてもらう工夫でもあった。
「実はね、給食がある日はいつも以上に子どもたちも集中して勉強をしてくれるんだよ」
内緒話でもするかのように小声で話してジョセフは微笑む。
食事を楽しみにすると同時に、空腹ではないため、より一層勉強にも集中できるのだろう。
「買いとっていた苗も、廃棄せずに済む。そして、それが子どもたちの日々の食事になり、あの子たちに意欲をくれる――僕の娘は天才だったんだね」
大きな手でジョセフがエイミーの頭を撫でる。
大人として過ごしていた記憶を持つエイミーには少し気恥ずかしく、同時に家族として受け入れてくれる父の優しさに胸がじんわりと温かくなる。
「……父さま。僕は?」
少しすねた口調でいうルークをもう片方の手でジョセフはぎゅっと抱き寄せる。
ルークの頭を、ジョセフが自身にしてくれたようにエイミーが優しく撫でた。
不思議なことに、村の畑も徐々に回復しているという。
その理由は現時点では不明だが、明るい兆しに村の雰囲気も明るい。
自分の力が村の人々、そして家族の役に立っている――そんな喜びを抱くエイミーは嬉しさで満ちるのであった。
*****
「……そう、それはよかったよ。まぁ、ウチの家族が幸福ならそれが一番だよね」
少々倫理観が問われそうな発言をさらりと口にしたエドワードだが、アルフィーも今更それを注意する気はなさそうだ。
魔道具を使った定期的な情報交換なのだが、話題の八割はエイミーやルークのことになってしまう。
そのため、王都の状況などはアルフィーから問うように注意しているのだ。
「それで王都の様子はいかがですか」
アルフィーの問いかけにエドワードの表情が曇る。
どうやら、王都のほうでは畑の状態は改善はしていないようだ。
「状況は悪化しているね。他の地域から王都へと食材などを仕入れるようになったけど……結果的に値段も上がるし、他の地域でも同様に値が上がってしまう。食品の価格が高騰すれば、民の不満も高まってしまう――悪循環だよ」
エドワードの言うとおり、最近ヴィルグの村にも業者が現れ、直接野菜や果物を買い付けにくる。おそらく、それを王都でさらに高く売る算段なのだろう。
その状況が続けば、庶民の生活は早々に立ち行かなくなってしまう可能性が高い。
「深刻な状況にもかかわらず、緑の乙女の選定は行き詰っているようだよ。まったく、困ったものだね」
「……緑の乙女が、仮にその御方がその能力を発揮すれば問題は解決するのでは?」
アルフィーの言葉に、エドワードはにやりと笑う。
「仮に、ね。どうだろうね、あの中に本当に能力を持った子がいるのかもわからないよ。国や教会の上層部は必死らしいけど……権威に近付きたい者はなんでも利用するからね」
「しかし、それでは民が困ります。それはお嬢さまも望まないのでは?」
ムッとした表情を浮かべたエドワードだが、妹の名を出されて少々気が変わったらしい。
少し俯き、なにかを考えている様子だ。
「――僕の恩人といっていい存在はね、この世界に三人いるんだ」
突然、話題が変わったことに少したじろぐアルフィーだが、エドワードの真剣な眼差しに口を挟まず、ただ耳を傾ける。
この世に三人いるというエドワードの恩人、そのうち二人はアルフィーにも心当たりがあった。
「そう、君の想像通り。一人は妹のエイミー、そしてもう一人は弟のルークだよ。あの日、エイミーに出会って僕は自分の持つ力を受け入れることを決めた。そのあと生まれたルークの存在も、僕が兄として正しくあるように導いてくれた。彼らがいたから、道を外さずに済んだんだ」
高い魔力を持つエドワードだが、それを利用する者も少なくはない。
エドワードとエイミーが出会ったきっかけも、彼の誘拐事件が関連しているとジョセフ達からアルフィーは聞いている。
その事件をきっかけに、エイミーはスタンリー家の家族になったのだと。
けれど、それ以上のことをアルフィーも知らない。ジョセフ達の意向もあったが、アルフィー自身が聞く必要がないと判断したのだ。
介入することで、エドワード自身の古傷に触れる。そんな不安をかつてのアルフィーは抱いた。
「で、もう一人はこの王城にいる」
「――王城にいる者でエドワード様が信用なさっているがいらっしゃるんですか?」
王城で魔導士として務めるエドワードなのだから、本来信頼を寄せる人間がいないことがおかしい。
だが、エドワードの人となりをよく知るアルフィーは驚きの声をあげる。
そして、エドワード自身もそんなアルフィーの態度を否定するそぶりは見せない。
実際のところ彼自身、今の王城で信頼をしている人物は特にいないのだ。
「うん、僕のことをよくわかっていてくれて嬉しいよ。アルフィー。この王城には今、僕が信頼している人間は特にはいないね」
なかなかに不敬で不遜なことを言うエドワードだが、いつも通りでもある。
アルフィーは気にした様子もなく、尋ねた。
「では、その御方はどちらにいらっしゃるのですか?」
すると、エドワードはめずらしく深刻そうな表情へと変わる。
それを見たアルフィーもまた少し覚悟を決める。
エドワードがこういった表情を浮かべるとき、それはスタンリー家にも影響がある事柄なのだ。
「王都に住んでいるけれど……。僕は彼女には療養が必要だと思っているんだ」
「その女性は病をかかえていらっしゃるのですか」
アルフィーの言葉に一瞬、固まったエドワードだが首を横に振る。
「いや、彼女の夫が数か月前に亡くなってね。それ以来、彼女、シンクレア夫人はふさぎ込んでいるんだ」
「そうでしたか……」
体の不調だけに療養が必要なわけではない。
心と体、二つのバランスが人が生きていくうえでは必要なのだ。
恩義のある人物が夫を亡くし、臥せっているのだ。たしかに心配であろうとアルフィーは思う。
「彼女は姫君の教育を任されていた人物でもあって、王城では後任探しにずいぶん苦労をしたらしいよ。シンクレア夫人は淑女と名高い方で、数々の令嬢の礼儀作法を指導してきたそうだからね」
「王太子とご成婚をした姫君……アウローラさまですね」
そんな淑女と一般的な常識にとらわれないエドワードの接点が不思議だが、アルフィーはそれ以上に王太子とその婚約者であるアウローラのことが気になった。
すでに王太子姫となっているアウローラだが、式を未だ挙げていないため、多くの国民は彼女を慕う声は小さい。
それには彼女がかつて敵対していた国から嫁いだという複雑な事情もあるのだ。
その裏で、アウローラ妃の教育も滞っていたとは。
緑の乙女の選定に、植物の生育不足、おまけに妃教育まで停滞しているのでは、王城の者達も頭を抱えていることであろう。
「彼女には恩義がある。そんな彼女が安心して任される場所は限られている――これは僕としても苦渋の決断になるんだ……頼まれてくれないか? アルフィー」
エドワードの真剣な眼差しがアルフィーの瞳を見つめる。
黒い瞳を臆することなく見つめるのは、スタンリー家の人々だけだ。
そんな彼らを守り、彼らが幸福であるよう努めるとアルフィーは自身に誓っているのだ。
今から、エドワードが口にすることは、スタンリー家の人々、特にエイミーにとってはリスクがある。
それでも、エドワードは恩人に報いたいと願っているのだろう。
ならば、アルフィーはどちらも守るために努めるだけだ。
「もちろんです。エドワード様」
一瞬、ほっとした表情を見せたがエドワードの表情は再び引き締まった。
「シンクレア夫人の療養先として、エイミーたちの住むヴィルグを提案したいんだ」
エドワードの言葉にアルフィーは微笑んだ。
「承知いたしました。必要な事項がお決まり次第、私のほうでも準備をいたします」
深く礼をするアルフィーの黒髪をエドワードが見つめる。
それはアルフィーへの信頼、そして家族を案ずる心で揺らぐ年相応の青年のものであった。
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今日から4月ですね。




