閑話 白と黒のことわり
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
香りのある花、この時期だと沈丁花の香りなど、春を感じますね。
今回はアルフィーのお話です。
王都に近い村ヴィルグでは、スタンリー家の人々を受け入れる空気が広がっている。
しかし、黒髪黒目であるアルフィーやクロウはまた別だ。
黒という忌まれる色をまとう彼らを恐れる人々はいるのだ。
「ルーク様が気になさることではありませんよ」
家へと戻る道で、そうアルフィーが声をかけるが、ルークはしゅんとした様子だ。上を飛んでいたクロウもバサバサと降りて、ルークを気にかける。
先程、買い物に訪れた店では一部の客がアルフィーの姿に忌避の視線を向けたのだ。自身に向けられたわけではないその眼差しに、ルークは深く傷付いたのだ。
「おう。俺の美しさは未だ理解されねぇが、まぁ仕方のねぇことだからな」
善と悪が色で判断されるのはおかしなことだ。
しかし、長年に渡り、国や教会がその考えを伝えてきたため、そうそう容易く払拭できるものではないのだ。
「ま、受け入れられないやつがいるのも仕方ねぇよな」
「えぇ。それでもまだ、昔に比べればよくなりました」
そう語るアルフィーとクロウの言葉は本心からのものだ。
エイミー、そしてスタンリー家の人々に出会うまで、彼らの日々はけっして明るいものではなかったのだ。
だが、そんな二人に挟まれたルークは地面を見つめたまま、ぽつりと溢す。
「でも、僕は嫌です。二人が避けられるのを見るのは、僕が嫌だ」
その言葉にアルフィーとルークは一瞬目を見開くと、優しい眼差しをルークに向ける。
先程の出来事よりも、それを受けて自分達のことを想うルークの優しさのほうがアルフィーにもクロウにも大きなことだ。
「……あいつのちいせぇ頃を思いだしちまうなぁ」
「あいつって姉さま? ね、僕と姉さまって似てますか?」
エイミーが家族と血が繋がっていないことは弟であるルークの目にも明らかだ。
髪の色に瞳の色、エイミーは家族の誰にも似ていない。
だからこそ、姉に似ているというのがルークには嬉しいのだ。
「そうですね。似ていらっしゃるところもあるかと思いますよ。植物を好きなところ、動物を愛する心など――」
「まぁ、ルークのほうがしっかりしてるけどな」
「クロウ、余計なことを言って……」
せっかく、落ち込んでいたルークが姉のエイミーと似ている点を見つけだし、機嫌が良くなっていたのだ。
そう考えたアルフィーだが、ルークはクロウの言葉に力強く頷く。
「うん! 僕のほうがしっかりしていると思います」
「だよなぁ! いやぁ、よくわかってるなぁ」
「……えぇ、まぁ、お嬢さまは些か活発というか、そそっかしくあり……」
飛びながらゲラゲラ笑うクロウ、アルフィーはなんとかフォローしようとするが、
ルークの表情はきりっと引きしまる。
「だから、僕も姉さまをお守りしなきゃいけないんです。――姉さまの持つ希少な力は本物だと僕は思うから」
緑の乙女になる能力をエイミーは持っている。それは近くにいればより鮮明に見えてくる。この世界にはない植物を生みだし、育てる力は緑の乙女候補筆頭となってもおかしくないのだ。
兄のエドワードの力もあって、候補から外れたのかもしれないが、今後を思うと不安が残る。そんな考えがアルフィーにもクロウにもあるが、幼いルークもそれを感じ取っていたのだ。
「まったく、賢いっていうのも困りものだな」
「ちょ……何するんですか! もう!」
わざと髪を羽で乱すクロウにルークが頬を膨らませる。
笑うクロウだが、ルークの沈んだ様子を気にかけてのことだろう。
黒い羽や髪、瞳の色をスタンリー家の者たちは気にはしない。しかし、周囲の者の視線や考えでアルフィーたちが非難されるのを彼らは気に病むのだ。
幼いルークの心の優しさにアルフィーもクロウもどこか救われる想いになるのだった。
*****
「それでは、鉢植えの花はいかがでしょう? そうですね……この時期だと、クチナシが綺麗ですよ」
店に立ったエイミーが、客に勧めたのはクチナシの花の鉢植えだ。
ちょうど今の季節に花を咲かせるクチナシは、甘い香りと可憐な白い花弁が特徴なのだ。
花が好きな義母が長く育てられる植物を、という客の要望で鉢植えを勧めたエイミーに、客の女性が笑顔を向ける。
「いいですね! 白は清廉な色ですし、気に入っていただけると思います」
こちらの世界では白は清純で清らかなものの象徴だ。
そのイメージはエイミーの前世の記憶とも似ているのだが、そこに神話や言い伝えなどが重なり、白は高潔で神聖な印象になるようだ。
「そうですか。気に入っていただけてよかったです」
白と黒、前世でも対になったこの色の印象の違いだが、エイミーには過剰にも思える。それぞれの好みやTPO、価値観によって変わるものだろうが、髪の色や瞳の色で人を遠ざける感覚は理解できないのだ。
今日、訪れたこの女性客は王都へ行く途中らしい。
初めに対応したアルフィーを見て、女性客が驚きを示したことで彼はエイミーに来客を告げると奥へと下がってしまった。
鉢から土がこぼれぬように気を付けつつ、包装をするエイミーだが、内心ではアルフィーを気にかけてしまう。
「……クチナシの花言葉をご存じですか?」
「花言葉? 初めて聞きました」
やはり、こちらの世界には花言葉という考えはないようだ。
エイミーは包装を仕上げると女性客に微笑む。
「クチナシは『とても幸せです、幸せを運ぶ』そんな意味を持っているんですよ」
女性客ではなく、傍にいた使用人にエイミーは鉢を手渡した。
白いクチナシの花を見て嬉しそうな女性客だが、エイミーはいつものように喜べずにいる。
こちらに気を遣い、去ってしまったアルフィーを止められなかったことがもどかしいのだ。
少しづつ、この村ヴィルグでは受け入れられつつあるアルフィーやクロウ。
しかし、長い間信じられてきた価値観を覆すことは困難でもあるのだ。
白く可憐なクチナシの花の甘い香りに、なぜか切ない想いになるエイミーであった。
「で、おめえはなんでここに隠れてんだよ」
庭の木々に隠れた納屋で黙々と作業をしていたアルフィーに、クロウが声をかける。まだ、店先ではエイミーが作業を続けているはずだ。
いつもなら、その作業を手伝うアルフィーだが、なぜか納屋にいるのだ。
クロウが声をかけるのも当然である。
「お嬢様の邪魔になるようなことはすべきではないでしょう」
「……あの客だな?」
空を飛べるクロウはどうやら、女性客とアルフィーのやりとりを見ていたらしい。
「おめぇがなんかしたわけでもねぇだろが」
「――だが、人の価値観を変えることは難しいでしょう。ならば、私があの場を去るほうが現実的です」
そう、アルフィーの言うとおり、この国で長年に渡って信じられてきたことわりや価値観を、すぐに変えることなどできはしない。
むしろ、この村でも前の街でも比較的安全に過ごせてきたとアルフィーは考えている。それは他ならぬエイミーたち、スタンリー家の人々のおかげなのだ。
「俺の優秀さを見抜けねぇなんて、間抜け揃いだよなぁ」
そう言うクロウだが、どこか強がっているようにもアルフィーには感じられるのだ。
黒という色を持つことで忌まれる――それはクロウも同じだ。
エイミーに出会うまで、クロウがどう暮らしてきたのかをアルフィーは知らない。
だが、自分と同じ色を持つ者であれば、どのような苦難があったかを想像することはできる。
黒い髪を掻き上げたアルフィーは、エイミーと出会ったあの日を思い返すのだった。
*****
「おい、見ろよ! あいつら、この子を置いていきやがったんだ」
「しかし、どうするんだ……。この子は髪も瞳も黒いぞ。町に不幸を招きかねん」
遠巻きに人が集まる中、少年はただしゃがみこみ、立ち上がろうともしない。
荷物持ちとして共に過ごしていた男達に、放り出され、呆然とするしかない少年は黒い髪と黒い瞳を持つ。
その黒髪と黒目が忌まれることを少年は物心ついてから、何度となく思い知らされてきた。つい数時間前まで共に過ごしていた男達もその例外ではない。
ただ、便利で金がかからないから同行することを許されていただけなのだ。
置いて行かれた理由も単純、ただ荷物をより多く積むために少年を捨てていくことを男達は選んだ。
「お、雨が降ってきたぞ。で、どうする?」
「どうするったって、俺らには関係ないだろ? な、お前さんだってこれから行く先があるんだろ?」
「…………」
曇った空からはぽつりぽつりと雨が降り出した。
面倒事を避けるように、周囲を取り込んでいた人々からはこの場から離れていく雰囲気が漂う。
そんな周囲の態度は仕方のないと思う少年だが、立ち上がる気力どころか、自分の気持ちを言葉にすることも出来ない。
そのとき、人垣が自然と割れ、一人の男が姿を現す。
「黒が災いを呼ぶと皆は考えているようだが、うちのクロウはどうだろう。あれがいることで、皆に迷惑をかけているだろうか」
優しく穏やかな声に少年が顔を上げると、焦げ茶の瞳と目が合う。
にこりと微笑む男にさっと少年は視線を下げた。
黒は不吉だと忌まれ、共にいた男達には視線が合うと物を投げられたものだ。
少年の態度に気を悪くした様子もなく、男は周囲の人々からの言葉を待つ。
「そ、それは……なぁ?」
「スタンリー家の人々がいらしてから、この街は潤いました! 最近ではお嬢さまが養蜂を始めてくださいましたし、不吉なことなど何も……!」
男の言葉に慌てて、周囲は否定する。どうやら、この焦げ茶の髪の男は街の有志らしい。クロウ、という人物もまた自分と同じ黒い瞳や髪を持つ者なのだろう。
そう気付いた少年は驚き、目の前の男を見上げた。
すると、男もまた少年を見つめる。優しい視線にたじろぐ少年に、男が近付く。
「――ならば、この子はうちで預かろう」
「スタンリー様! しかし……!」
止めに入る言葉も男が振り向くとぴたりと止まる。
「もし街に何かあれば私の責任だ。すべての責任を私がとろう」
曇っていた空からは青空が見え、雨もいつのまにか止んでいる。
少年は大きな男とその後ろに広がる空を、黒い瞳でじっと見つめるのだった。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。




