第18話 過去と未来の狭間 2
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次回は3/4の更新です。
「お姉さまは大丈夫なんですか?」
「えぇ、お医者様がおっしゃるには環境の変化による疲れではないかって――眠らせてあげてね。ルーク」
「もちろんです!」
エイミーが目を覚ますとそこは自室のベッドの上だ。
母と弟ルークの声はドアの外からのものだろう。
「そっか、倒れちゃったんだ。心配かけちゃったな……」
自分の体より、弟や母に心配をかけたことをエイミーは気にかける。
環境の変化による疲れ――それもあるだろうが、エイミー自身がそのきっかけを知っている。夜中に見た前世の夢、それが大きく影響しているのだ。
「結局、『緑の乙女』になれなかったし……本当にダメだなぁ……」
兄の反対を押し切り、『緑の乙女』候補に選ばれたエイミーは王城へと向かった。
それは少しでもこの能力を人のために役立てたいという思いからだ。
前世の記憶があり、特殊な能力があるにもかかわらず、その力を上手く使えてはいない。花屋を始めると言いだしたのも、そんなあやふやな力を家族のために使いたかったのが大きい。
再び、落ち込んでいく気持ちと共に、エイミーは眠りにつく。
そしてまた、あの懐かしい日々の夢を見るのだった。
*****
「ね、お母さん。最近、顔色悪くない? ちょっと無理し過ぎだよ」
夕食の支度を終えたところで帰宅してきた母に百合子が声をかける。
山村百合子、少々古風な印象を与えるこの名前はエイミーのかつての名前だ。
昭和の大女優のようだと友人に言われ、百合子は気恥ずかしい思いをしたことがある。
その名をつけた母は百合子の言葉に、白い歯を見せて豪快に笑い飛ばす。
「まったく百合は心配性だね。あんたのほうが忙しいでしょ? 勉強に、家のことまでしてくれる……無理しないでいいんだよ」
このあと、百合子との食事を済ませ、少し休んだら母は再び仕事へとでかける。
夜間のバイトもしているのだ。
それなのにもかかわらず、自分のことより娘を心配する母に百合子は困ったように笑う。
「心配いらないって。私はまだまだ若いしね。百合と一緒に旅行にだって行きたいもの。たくさん思い出を作りたいわよね」
コートを脱いで、台所へ立った母が夕食の最後の準備をし始める。
味噌汁は味噌を最後に入れなければならないため、百合子は母の到着を待って準備しているのだ。
「――それにさ、たとえ私がいなくなっても百合の中にはずっと私がいるのよ」
「え?」
母の言葉に百合子は台所の方を振り向く。
味噌を溶かす母の背中は、幼い頃見た母の姿より小さく見える。
自分が成長したから当然ではあるのだが、なぜか百合子は寂しさをおぼえる。
「……それはそうだよ。当たり前じゃない!」
「ふふ、当たり前か。いいわね、それ」
あとで百合子はこの何気ない時間を何度も思い返すことになる。
この時点で母は、体調不良で病院へといき、診断を受けていたのだ。
自分の歳月が長くないと知った母が選んだのは、いつもと変わらぬ日々を百合子と過ごすこと。病院で過ごせば、もっと長く母は――そんな思いと共に、最期まで側にいてくれた母の選択に百合子は胸を詰まらせた。
娘が困らぬように手続きに必要な書類までまとめていた母に、敵わないと思ったものだ。
「ねぇ、百合。あんた、なんで自分が百合子か知ってる?」
「んー? お母さんが好きな花とか?」
植物が好きな母の影響で、百合子も幼い頃からベランダや小さな鉢で色々と育ててきたものだ。
そんな百合子の言葉を否定せず、母は話を続ける。
「百合の花言葉は純粋。漢字で書くと『百』に『合』でしょ? 気が合う、息が合う、向き合う――あんたがたくさんの人と過ごせるといいなって思ったのよね」
そう言うと、カチッとコンロの火を止めた母は百合子へと近付いてきた。
そしてそのまま、ぎゅっと百合子を抱きしめる。
「もう、急になによ!」
気恥ずかしさもあって抵抗する百合子だが、母はその手を緩めることはない。
「のびやかにあなたらしく生きなさいね、百合」
*****
目を覚ましたエイミーの頬を心地よい風が撫でていく。
いつのまにか、窓が少し開いている。ゆっくりと体を起こしたエイミーは、ベッドわきのデスクに置かれた花に気付く。
花瓶に刺された花をじっと見ていると、ドアが開き、女性がほっとした表情を浮かべる。ベルとコリンの母、クレアである。
「お気付きになられたのですね」
「えぇ、この花は……」
近付いてきたクレアは柔らかな微笑みを浮かべる。
「そちらのお花はルーク坊ちゃんが飾られたものなんです。奥様との約束を守られるため、お部屋には入らないそうで」
「そうなのね」
ゆっくり寝かせてほしいという母の言葉をきちんと守ったルークだが、エイミーのことが気にかかったのだろう。
弟の優しさと母との約束を守ろうとする純粋さに、エイミーの口元もかすかに緩む。
ルークが選んだ花はアルストロメリア――和名を夢百合草という。
そうエイミーに教えてくれたのは、植物を育てるのが好きだった母だ。
花屋で勤務し、夜も工場で働く母は忙しい中でも笑顔を絶やさない人であった。
「そうだよね。いなくなってもちゃんと残るものもあるんだよね」
風に揺れるアルストロメリアを見ながら、呟いたエイミーの目には強い光が宿る。
もう会えなくなった母、それでもエイミーの中には消えない思い出が残っている。
夢をみたことがきっかけなのか、より色鮮やかに思い出せるようになっている気がするのだ。
「――もう部屋に入ってもいい?」
控えめなノックの音と共に顔をそっと覗かせたのはルークだ。
その後ろにはアルフィーやクロウ、ルディも尾を振っている。
ルークの心配そうな表情はエイミーを気にかけているからだろう。
そんな弟を見て、エイミーは両手を伸ばし、呼びかける。
「もちろんよ。こっちに来て」
エイミーの言葉で部屋に入ってきたルークはベッドに駆けよる。
ぽふんとベッドに倒れ込んだルークの頭を、エイミーは優しく撫でた。
かつて、家族との時間を僅かしか過ごせなかったエイミーだが、今はこうして共に過ごせる家族も増えた。
自分になにかあったとき、心配してくれる存在をエイミーは心強く愛おしく思う。
「あたし、ここにいていいのね」
無意識に口にしたその言葉に、ルークが跳ね起きる。
「当たり前です! 引っ越したばかりなのに、どこに行くんですか! もう、王城なんて行かなくていいですからね!」
「そうだぞ! あいつら、俺のこともけちょんけちょんに言っていたんだからな!」
「わふっ!」
不満げなルーク、それに賛同するように王城での不満を口にするクロウ。同意するようにルディも一鳴きした。
だが、そんなルディをぎろりとクロウが睨む。
「あぁん? おめぇはお嬢さん方に毎日可愛い可愛い言われて、なんだかんだと食ってたろ! ぷっくぷくになって帰ってきやがってよ! 見ろ、俺のほっそりとしたこの華奢な体をよぉ……」
「わふっ?」
「うーん。でも、このあいだは王城の厨房は美味しいものがたくさんあるって言ってたでしょう?」
「俺のこの艶やかな羽を守るには、厨房から失敬するのも仕方のねぇことなんだよなぁ。美しさゆえの罪ってやつよ」
一気に賑やかになった部屋だが、エイミーは嬉しそうに微笑む。
そんなエイミーをちらりと見たアルフィーが気遣うようにハンカチを取り出す。
どうやら、エイミーの目じりには涙がたまっていたらしい。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
「お? なんだエイミー。お前、怖い夢でも見たのか?」
一人と一羽の問いかけに、エイミーは首を横に振る。
たしかに夢は見た。しかし、それはできれば何度でもみたいと思えるものだ。
前世の記憶も今の人生の思い出も、エイミーを作り上げている――先程の夢をとおし、エイミーはそう実感できたのだ。
「ううん……優しくて温かい夢だよ。今の皆みたいにね」
そう言って笑うエイミーの視線の先にはルークの選んだ花がある。
その視線につられ、花を見たルークはエイミーに聞きたかったことを思い出す。
「そうだ。姉さま、その花の花言葉ってなんですか?」
「アルストロメリアの花言葉は、未来への憧れと持続。ちょうど今のあたしにぴったりかもしれないわ」
かつて憧れていた家族と過ごす温かな生活を今、エイミーは手にしている。
未来への憧れと持続という花言葉にエイミーはあらためて、今のこの生活を守りたいとも思うのだ。
この穏やかな日々が続くようにと今まで以上に願うエイミーであった。
数日後、魔導配達便でどっさりと荷物が届く。
贈り主は兄であるエドワードだ。
王都の流行りの菓子などが詰まった配達便はルーク達を喜ばせるものであったが、アルフィーの表情は優れない。
どうやら、アルフィーが報告したエイミーが倒れたという情報は、エドワードの心を乱したらしい。
アルフィーの目の下に深いクマがあることに気付いたエイミーは、厚みのある兄からの手紙を読みながら、少々反省するのだった。




