第15話 華やかな孤独 4
クロウは英語でカラスの意味です。
ルディはルドルフから来ていて、狼を意味するそうです。
「突然、お邪魔してしまい、申し訳ない。子どもたちがどのように学んでいるのか少し気になったもので――」
「いえ、私はこちらをお借りしている立場です。なにより、このヴィルグの町の町長であるウォードさんに、子どもたちが学ぶ姿を見ていただくことは重要です」
にこやかに挨拶をするジョセフだが、そんな彼にウォードはぎこちない笑みを浮かべる。どうやら、彼がここに来た理由は教室の様子を見にきただけではないようだ。
ウォード氏はスラックスにジャケット、シャツを着こんだ身なりの良い紳士である。 白髪をきちんとまとめ、ヴィルグの街で一目置かれる人物だということが一目でわかる。
「――こちらは……」
ウォード氏の視線が自分に向いたことに気付いたエイミーは微笑む。
彼もまた、その微笑みにつられるように口角を上げたが、どこかぎこちない。
「娘のエイミーです。昼食を持ってきてくれたんですよ」
「エイミーと申します。いつも父がお世話になっております」
エイミーが挨拶をすると、ウォードが目を細める。
その視線はまるで孫娘を見るかのように優しいものだ。
「ウォード・ジェレミー、この町ヴィルグの町長をしております。いえいえ、こちらこそお父さまであるジョセフ氏には感謝しているんです。子どもたちが学ぶ、貴重な機会を作ってくださった。古い教会ですが、清掃はしておりましたので……お役に立つのならなによりです」
この町ヴィルグに置いて、最も権力を持つであろうウォードだが、その振る舞いには少しもそれを感じさせない。
使用人をつけることもなく、この場所に来ているのはヴィルグの町が平和な証拠だが、彼の人柄もあるのだろう。
エイミーの前世の記憶でいえば、小学校の校長先生のような雰囲気だ。
「ヴィルグの町にまだ来て日の浅い私たちですが、町の皆さんは本当に良くしてくださるんです」
「たしか、ご自宅で花屋を始められたとか。ぜひ、私も伺いたいと思っているんですよ」
その言葉にパッと表情を明るくするエイミーは、商家の令嬢だったにしては少々素直過ぎるだろう。
しかし、それ以上に喜んだのは父のジョセフだ。
「えぇ! 娘が育てる花はとても美しいんですよ」
「もう……父さま?」
父娘のやり取りに柔和な笑みを浮かべたウォードの顔だが、言い終えると少し寂しげな表情へと変わる。どうしたことかと父と視線を交わすエイミーに、ウォードが困ったように微笑んだ。
「――私にはご令嬢と同じ年頃の孫娘がいるのですが、離れていた時間があるのでどうにも関係がぎこちなくなってしまい……ああ見えて不器用な子だと私は思っているんですが……。いえ、すみません。お二人にこんな話を聞かせてしまい……」
「いえ、うちの娘とも年頃が近いのですね。機会があれば、ぜひお会いできるとよいね。エイミー」
ジョセフとエイミーの微笑ましいやりとりに、自身の状況がつい口に出たのだろう。ジョセフは労わるようにウォードに話しかけた。
長年、離れて暮らしていたブリジットとウォード。いくら、孫と祖父とはいえ、離れていた時間は二人の関係性にも大きな影響を与えているのだろう。
そう思うエイミーはにこりと微笑む。
「もしよろしければ、お孫さまに似合う花をご用意させていただけますか?」
「え、よろしいのですか? 私としては大変ありがたいのですが」
突然のエイミーの申し出に驚いたウォードだが、好意的に受け止められたようだ。
「父もお世話になっておりますし、ぜひ。年齢も近いですし、私もお孫さまにお会いしたいので!」
「そう言っていただけるのは大変ありがたいことです。ブリジットにも話しておきます」
町の人々から見たブリジット、祖父であるウォードから見たブリジット、その印象の差は大きい。
アルフィーもクロウも警戒しているが、向けられた鋭い視線の理由もエイミーとしてははっきりさせておきたい気持ちが強い。
実際に会って、ブリジットがどのような人物か、自分自身の目で知りたいとエイミーは思うのだった。
「――花屋、スタンリー家に私がですか?」
帰宅した祖父から今日のエイミーとの約束を聞かされたブリジットの表情が驚きに染まる。
祖父のジェレミーはというと、エイミーの申し出が嬉しかったのだろう。今も柔和な笑みを浮かべ、ブリジットを見つめる。
そんな祖父の優しい眼差しから、ブリジットは視線を逸らす。
「あぁ、スタンリー家のジョセフ氏が町の子どもたちに文字や計算を教えてくれているんだ。子どもたちは働き手として日々を過ごすから、学校に行けない子どもも多いんだよ。それぞれの家庭事情もあるが、町の担い手になっていく子どもが学ぶきっかけを作ってくれるのはありがたいことだろう」
祖父のジェレミーは町長として、真摯に今後を憂いてきたのだろう。
嬉しそうに語るジェレミーの言葉に、ブリジットは王都での自分の日々を思い出す。ここにいた時点でブリジットは文字も計算も身につけていた。
そうでなければ、王都での日々はさらに厳しいものだったはずだ。
しかし、町の若者はそれらをきちんと身に付けないまま、王都へと向かう。
無謀すぎるとブリジットは思うのだが、希望を胸に抱いた者の耳には周囲の声は届かないのだろう。
「スタンリー家の方はお優しいのね」
「あ、あぁ! そうなんだ。町の皆からもそんな声を聞いているよ――ただ、黒髪黒目の使用人がいると忌避する者もいるようで……私のほうからも、皆に声をかけいていくつもりだよ」
ジェレミーの言葉に、戸惑いつつもブリジットは尋ねる。
「……おじいさまは黒をまとう者が恐ろしくはないのですか?」
これは重要な確認事項だ。
王都での生活の中で知ったのは、王都では黒を忌む者は減っているということだ。
しかし、教会などでは黒髪や黒目を忌避する考えが根強く残る。その影響を受けているのか、地方であるほどその影響は強いのだ。
祖父が教会寄りであるかどうか、それもブリジットが案じていたことだ。
「そうだね……。小さな頃からずいぶん聞かされてきた話なんだが、実際に黒髪や黒目を持つ者に出会ったことはないんだ。だからこそ、慎重にどんな人柄なのかを実際に知るべきだと思っているよ」
王都に近いヴィルグの町は黒髪黒目を恐れる者もいるが、そこまでではない。
祖父もまたそのような考えなのだろうとブリジットは思う。
黒髪黒目の使用人を伴うスタンリー家に古い教会を貸す――そんな祖父の行動をブリジットは不安視していた。
教会よりの思想を持つ祖父が、監視するために彼らに友好的な態度を持ちつつ、情報を収集する可能性も彼女は考えていたのだ。
「――よかった。私、スタンリー家へ伺います」
「そうかい? それはよかった。日にちは私のほうから、スタンリー氏に聞いておこう」
よかった――ブリジットの小さな呟きを聞いたジェフリーは不思議に思ったが、そのあとの言葉に気を取られ、安心した表情になる。
孫娘のブリジットとこんなに長く会話をできたのは初めてなのだから、無理もない。
そんな祖父にほんの少しだけ、口元を緩めたブリジットはメイドと共に部屋を後にするのだった。
「本当に優しいわ」
「ご当主さまですか?」
メイドの問いにブリジットは少し考え、首を横にする。
一瞬、期待したメイドの表情が曇ったことに気付いたのだろう。
ブリジットは口を開く。
「もちろん、おじいさまもお優しい方よ。ただ、私が今言ったのはスタンリー家の方のことよ」
ブリジットが長く会話を続けてくれること自体、めずらしい。
どうやら、ブリジットは先程の祖父ジェフリーとの会話から少しまとう雰囲気が柔らかくなったようにメイドには感じられた。
その理由に心当たりはないが、花屋でエイミーをじっと見つめていたことを知るメイドとしては肩を下ろす思いだ。
「――そう、本当にお優しい方なのよ」
まだスタンリー家の人々と会話を交わしたことのないはずのブリジットは、なぜかそう言い切る。
エイミーのことも見ていただけ、その父ジョセフが古い教会で教えていることも祖父の話で知ったばかりなのだ。
しかし、ブリジットはスタンリー家の者を知っているかのような口ぶりである。
そんな奇妙さにメイドは気付くことはない。
ブリジットは再会を喜ぶかのように、口元を静かにあげ、その緑色の瞳を細めるのだった。




