第14話 華やかな孤独 3
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
もうすっかり春を感じますね。
「私のほうでもウォードさまにはお世話になっているんです。父が今、子どもたちに文字や計算を教える関係で古い教会を借りているので……」
エイミーの言葉にご婦人方も笑みを浮かべ、頷く。
引っ越してきた当初こそ、どのような人物か警戒されていたスタンリー家の人々だが、温厚な人柄と気取らない態度が街の皆にも知れ渡った。
黒髪黒目の使用人と黒い鳥は不吉ではあるが、若い人々が減っていくこの街ヴィルグにとって、良き隣人だという評判なのだ。
「素晴らしい活動ですね……! ウチの子も行かせられたらいいですが、仕事が忙しくってなかなかねぇ」
「でも、ウォードさまもお優しいよね。長年、会っていなかった孫娘を引き取ったんだから」
どうやら、クロウの集めた情報は正しいようだ。
ウォード氏は街の管理人ということもあり、ヴィルグの人々の信頼も篤いのだろう。
一方、孫娘のブリジットはそうではないらしい。
「でも、あのお宅のお嬢さまはあまり街の者とかかわりを持ちたくないようなんですよ。同年代の子でも口すら聞いて貰えず、特に男の子だと扇子で顔を隠しちまうようなんですよね……」
「そうそう、あたしらが声をかけてもなんにも言わず、俯くだけで……。なんだか、あたしらみたいのを嫌っているんじゃないかと思っちゃうんですよ」
どうやら、ブリジットは街の人々との関係も良好ではないらしい。
波打つ赤い髪、服装も華やかなドレスと周囲の者とは異なるブリジットがそのような態度をとれば、委縮し、話しかけづらくなってしまう。
立場の違いだけではなく、その態度もまたブリジットを周囲の者から遠ざけてしまうのだろうとエイミーは思う。
「――きっと、そのようなことはないわ。きっかけが掴めないだけかもしれないわ。あたしもこの街に来たばかりの頃はそうだったもの」
笑顔でそう言うエイミーだが、弟のルークと使用人のアルフィーは口元に笑みを浮かべつつ、内心で否定する。
ヴィルグの街に来た当初からエイミーは積極的で、花屋を開店することを決め、紹介を兼ねて花を持って挨拶にまわったことは二人の記憶に新しい。
しかし、それを知らぬ婦人たちはエイミーの優しさに感銘を受けた様子だ。
ただでさえ大商家であったであろう令嬢が、気さくに話しかけ、微笑んでくれるのだから効果は抜群である。
「僕も頑張ろうと思っていたんですが、まだまだ力不足でした」
帰り道にしょんぼりと肩を落とすルークに、ルディはわふっと一声鳴く。
励ますかのようにしっぽを振るルディだが、ルークはしょんぼりと肩を落とす。
「お嬢さまのような大胆さを繊細なルークさまが持つのは難しいことかと……」
「神経が太いって言いたいのね! でも、そのおかげでこうして詳しい話を聞けたんじゃない。情報収集は商売の基本っていうし、あたしには商売人の素質があるのかも!」
喜んでいいのかと迷うアルフィーだが、夕焼けに頬を染めるエイミーが嬉しそうに笑うため、口にはしない。
ルークはというと、自分には商売人の才がないのかと呟いている。
その横を歩くルディは話をわかっているのか、いないのか、いつも通り楽しそうに歩く。
「でも、よかったわ」
「街の人々からの視点でブリジット嬢の情報が得られましたからね」
「違うわよ!」
急にむっとしたように言われ、アルフィーはエイミーのほうを向く。
アルフィーを見たエイミーは人差し指をぴっと立てる。
何か、おかしなことを言っただろうかと考えるアルフィーだが心当たりはない。
「……ほら、最後にはあのご婦人たちもアルフィーに話しかけてたでしょ?」
「――そうですね」
初めはアルフィーの黒髪黒目に眉をひそめていたご婦人方であったが、エイミーやルークと話しているうちに、その態度も軟化したのだ。
最後にはアルフィーにも声をかけたことに、彼自身も少々驚きを感じている。
「だからよかったなって!」
そう言って笑うエイミーは心から嬉しそうに笑い、アルフィーを見てルークまで笑う。ルディはずっと楽しそうだ。
夕暮れに照らされ、全てのものの影が伸びる。
同じ黒という色を持ちながら、人々に受け入れられている影。
この世界に存在する影を否定するものはいない。それは自らの存在を否定することと同じだからだ。
当たり前のように自分を受け入れるスタンリー家の人々に、アルフィーは込み上げる想いを静かに嚙みしめるのだった。
*****
「――お父さま、入っても大丈夫?」
今日、エイミーが訪れたのは父であるジョセフが子どもたちに勉強を教えている古い教会である。
母のグレースが作った料理を昼食として持ってきたのだ。
エイミーやアルフィーが近くで見守り、ときおり手を出しつつ、なんとか完成したサンドウィッチはジョセフの手に渡される。
「ありがとう。昼食かい?」
「うん。お母さまが作られたのよ」
「グレースがかい? それは嬉しいな……」
エイミーがもし母に昼食を作ってもらった場合、嬉しさよりやや味への不安が勝つ。しかしどうやら、ジョセフは違うらしい。
言葉通り、幸せそうな表情になる父にライリーも微笑む。
古びた木造の教会だが、丁寧に掃除がされているため、清潔感がある。
授業は終わり、子どもたちが外を駆けていく様子が窓から見えた。
「お仕事は順調?」
「うーん。そうだね……子どもたちは熱心な子が多くてね、教えがいがあるよ。今はちょうど休憩中なんだ」
「休憩中? もう終わるのかと思ってたわ」
エイミーの視線の先に足早に帰っていく子どもの姿があるの見て、ジョセフは小さくため息を溢す。
「家の仕事があるからと午前か午後のどちらかだけ、あるいは休むしかない子も少なくないんだよ。それぞれの事情がある――仕方がないことなのだけれどね」
そう言うジョセフの表情からは苦悩が感じられる。
まだまだこの世界では子どもも貴重な働き手の一人、家族総出で仕事をしている家もあるのだ。
そんな中、まだ始まったばかりのジョセフの試みを理解してくれるだけでありがたいことではある。
「そっか……。でも、お父さまの気持ちはきっといつか、子どもたちの未来を変えるわ」
前世の記憶があるエイミーは学ぶ価値を少しは知っているつもりだ。
同時に、それが根付いていくには時間がかかることも彼女は知っている。
過去の記憶の中でも、国や価値観、時代によって、生活は異なっていた。
今、父であるジョセフはこの街ヴィルグを変えつつあるのだ。
憂うジョセフだが、そんな父をエイミーは誇らしく思う。
そのとき、ドアを叩く音がする。
「――スタンリー先生。いらっしゃいますか? ウォードです」
低く柔らかな声の主はウォードと名乗る。
この教会を貸しだしてくれたウォード氏が、ジョセフを訪ねてきたらしい。
先生、と父が呼ばれていることに驚くエイミーに、少し気恥ずかしそうにジョセフは笑うとドアを開けるのだった。




