第13話 華やかな孤独 2
最初、タイトルに花の名をいれようかと悩みました。
(あとから読むときにわかりやすい気がしたので)
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
「聞いた話だとな、町長の孫娘、ブリジットは今までこの村で暮らしてなかったみてぇなんだよ」
「王都で暮らしてたってこと? あ、『緑の乙女』候補なんだから当然か」
そう、エイミーもまた『緑の乙女』候補として王城で一年程暮らしていたのだ。
同じように候補であったブリジットも当然、王都で暮らしていたはずだろう。
そんなエイミーの考えを読み取ったクロウは再び得意げに笑う。
「そのまえからずっと離れて暮らしてたんだよ。なんでも町長ウォード家の息子はぼんくららしくってなぁ……。大物になるって王都に行っちまったらしい。そのあと、娘のブリジットに植物魔法の才があるってんで、その子を貴族の養子にしたんだとさ」
「――彼女は『緑の乙女』になるべく引き取られたのですね」
クロウの話を聞いたアルフィーは目を伏せる。
『緑の乙女』はここ十年で急に注目を集め出した。
それまで評価されることのなかった植物魔法なのだが、国や教会はその能力を急に賞賛しだしたのだ。
その影響もあってか、本来称賛されていた光魔法ではなく、植物魔法を扱えるものを聖女にしようという声も上がっているほどである。
「でも、あたしも『緑の乙女』候補からもれて引っ越したんだよ。それにあたしのことを覚えてるかなぁ? お兄さまに興味ある子なら、いっぱいいたけど、あたしと仲良かった子なんていないし……」
そう、ブリジットは『緑の乙女』にはなれなかったが、エイミーもそれは同じ。
敵意を向けられる理由は見当たらないのだ。
兄に好意を抱く令嬢達は親しげにエイミーに話しかけてきたものだが、彼女の記憶ではそのなかにブリジットはいなかったはず。
「お前が覚えてなくってもどっかでヒンシュク買っちまうことだってあるんだぞ。それが世の中っつうもんだ」
訳知り顔で語るクロウだが、エイミーにはまったく心当たりがない。
『緑の乙女』候補として王城には行ったが、令嬢たちはそもそもエイミーをライバルとしては見ていなかった。
たまに兄のことを聞かれるくらいで、あとはルディやクロウを話し相手に王城でものんびり静かに過ごしてきたのだ。
「しかし、彼女との関係にはお気をつけたほうがよいかと」
「ん? あっ! そうだ! おい、大変だぞ! エイミー。お前の親父さんは古くなった教会を町長から借りて、子どもたちの教室開いてるんだろ!」
心配するアルフィーとクロウだが、エイミーは顎に手を置き、なにやら考えこんでいる。
王城にいたときのブリジットの記憶を思い出しているのだろうかと、二人はじっとエイミーの答えを待つ。
「うーん、でもそんなんじゃないかもしれないでしょ?」
「はぁん? おめぇはあの鋭い眼差しを見てねぇからだろ! 凄かったぞ! 射貫くような眼差しっていうのを俺は実感したぞ⁉」
「お嬢さまがそうおっしゃるのには、なにか理由があるのでしょうか」
アルフィーの言葉にクロウもはっとしたようにエイミーを見る。
先程、なにか思い出している様子だったエイミー。
それならば、今の言葉にも根拠があるはずなのだ。
「あのね、昔、こっちをじっと見てくる子がいたのよね」
「王城にいた頃ですか?」
「それがブリジットだったのか⁉」
なにがきっかけでエイミーはブリジットからあのように睨まれることとなったのだろう。アルフィーもクロウも緊張の面持ちでエイミーを見つめる。
「ううん、他の子。昔、こっちをじっと見てくる子がいてね。始めは嫌われてるのかなって思ってたんだけど、実は仲良くなりたかったんだって! 今回もそのパターンはない?」
「ねぇだろ。すげー鋭い視線だったんだぞ? ありゃ、スナイパーの眼孔だ」
「そうかなぁ……」
まだ納得した様子のないエイミーだが、こうして話をしていても、解決するわけではない。
「まぁ、相手の出方を見つつ、揉め事にならないように気をつけるしかないですね」
アルフィーが無難な答えを出したところで、三人の会議は終了したのだった。
町長の邸宅、ブリジットは祖父から与えられた自室で小さくため息をつく。
貴族の養子として引き取られて数年、父とはそれ以来会ってはいない。
養子となった家も、『緑の乙女』候補から外されたことで、縁を切られた。
行く場所を失ったブリジットの元に現れたのが、祖父の使いだ。
「……お嬢さま。なにか御入り用ですか?」
「――いえ、なにも。なんの不自由もなく過ごさせてもらっているわ」
ブリジットの言葉に嘘はない。
父との暮らしは決して快適とは言えないものであったが、 『緑の乙女』として成果をあげることを望まれ続けた数年は、さらに居心地の悪いものであった。
他の令嬢や教会の少女と常に比べられ、結果によって対応が変わる日々。
やっとそれから解放されたと思えば、今度は再び家を追われたのだ。
「あの花屋は新しくできたものなんですよ。今度、よろしければまた行ってみませんか?」
「…………えぇ、またいつか」
赤毛の艶やかな髪は波のように美しい。
丁寧に櫛で梳かしながら、メイドは気遣うようにそっとブリジットの様子を窺う。
気の強そうな顔立ちのブリジットだが、この屋敷に来てから何かに反応を見せることはない。
それが今日、花屋でじっと真剣な眼差しで少女を見ていたのだ。
この出会いが頑ななブリジットの心を溶かしてくれるかもしれない。
小さな期待を隠しつつ、メイドはブリジットに微笑むのだった。
*****
ヴィルグの町をエイミーは使用人のアルフィーと共に歩く。弟のルークと犬のエディも一緒だ。
犬のルディにはリードとハーネスがつけられているのだが、これは周囲の目を気にしてのこと。実際にはルディはよく人の言葉を聞き分けるので、制御の必要はあまりないのだ。
クロウと違い、話すことはないルディであるが、なかなか謎の多い犬である。
「天気もいいし、散歩にはちょうどいいわね!」
「違いますよ、姉さま。今日は偵察! なんで睨まれてたかをちゃんと調べなきゃいけないんですから」
「えぇ、そのとおりです。ルーク様は非常に聡明ですね」
「は」に力を入れて微笑むアルフィーに少々気を悪くしたエイミーだが、もちろん先日のことを忘れたわけではない。
しかし、まだよく知らない彼女を探るのには少々抵抗があるのだ。
そんなエイミーの気持ちを知っているのか、ルークが胸を張る。
「大丈夫、僕にまかせてください! エドワード兄さまがいないあいだ、僕がしっかりしなければいけませんから!」
「……確かに。エドワードさまがいない今、ルーク様が一番しっかりしてらっしゃるかもしれませんね」
否定しようとしたエイミーだが、家族を守る気になっているルークは誇らしげだ。
ルディと一緒に楽しそうに歩く姿に目を細める。
エイミーがブリジットの情報収集に抵抗があるのは、父であるジョセフのことも気にしてなのだ。
「でも、町長にはお父さまが空いている教会を借りているでしょう? なにか失礼があってもいけないじゃない」
「ですから、偵察です。あくまでそっと自然に情報を収集しなければならないのですよ?」
それはわかっている――そう口にしかけたエイミーだが、その袖をくいとルークが引く。向こうから誰かが歩いてくるのに気付いたのだ。
「――あら、お嬢さま」
「おはようございます。お嬢さま、お坊ちゃま」
声をかけてきたのは街のご婦人方だ。
エイミーの前世の記憶では街を知るには、地元のご婦人方の情報網は侮れない。
エイミーもまた、にこやかに挨拶を返す。
「おはよう! 皆さん」
「おはようございます!」
エイミーやルークがご婦人たちに近付くが、アルフィーは敢えて少し距離をとる。
自分の黒髪黒目が彼女たちを恐れさせてしまうことを避けたのだ。
そんなアルフィーに気付いたルークが、彼を見てこくりと頷く。
自分が代わりに彼女たちから情報を聞き出すという合図なのだろう。
エイミーはというと、婦人たちとの会話中だ。
やはり、エドワードのいない今、スタンリー家で最もしっかりしているのはルークだとアルフィーは内心で思う。
「え? 町長の娘さんってそんなふうに言われているんですか?」
「そうなんですよ……あんまり大きな声じゃ、言えないんですけどねぇ」
そこそこ大きな声で聞こえた突然の問題の人物ブリジット、どうやらエイミーは早速その話題をご婦人方にぶつけたらしい。
あまりに大胆な戦法だが、相手は疑問を持たずに情報を提供し始めた。
顔を見合わせたアルフィーとルークは、目配せをしてブリジットの情報に耳をすませるのだった。




