第12話 華やかな孤独
店に立ち、花の水を変えながら、エイミーは嬉しそうに話し出す。
「最近、なんだか町の人があたしたちを見る視線が変わった気がするのよね……!」
「うん。僕もそう思います!」
エイミーとルークが嬉しそうに言うとおり、ヴィルグの町の人々がスタンリー家へ向ける視線は変化している。
街に来たばかりの頃は、エイミーはもちろん、まだ小さなルークにすら距離を置くような態度であったのだ。
どうやら、服装や話し方など商家であったスタンリー家の人々に気圧されていたようだ。
「最近ではルディまで人気のようですから……」
穏やかなジョセフと優雅なグレースはもちろん、愛らしく挨拶をするルーク、そしていつもご機嫌な犬のルディまでヴィルグの町では評判なのだ。
「へっ! この町もぼんくら揃いだな。この美しくも聡明なクロウ様に気付かねぇなんてよぉ!」
「それは仕方のないことですよ、クロウ。黒髪黒目である私も避けられてしまいますからね」
「そんな迷信気にしているのがぼんくらだってことだろ?」
ぶつくさと文句を呟くクロウの言葉でエイミーははっとする。
そういえば、エイミー自身の噂や評判はまだ耳にしたことがないのだ。
「……あたしは? あたしの噂はなにか聞いてる?」
「いえ、お嬢さまの話題はまだ――」
「おう! 風変わりな看板娘がいるって噂になってるぞ」
クロウの発言にエイミーは緑の瞳を丸くする。
アルフィーは眉間に皺を寄せ、クロウを嗜める。
「クロウ! 余計なことを……」
「仕方ねぇだろ。大体、本当のことじゃねぇか」
「お嬢さま、あまりお気になさらないでください」
俯くエイミーにアルフィーが優しく声をかける。
「……凄い」
「はい?」
ばっと顔を上げ、後ろに控えていたアルフィーを見るエイミーの緑色の瞳が輝く。
「聞いた? 看板娘だって! やだ? なんか照れちゃうなー……、花より華やかだから看板娘なんでしょ?」
「誰もそんなことは申しておりませんよ? お嬢さま」
「アルフィー、姉さまは可愛いでしょう?」
にこやかに笑みを浮かべつつ、アルフィーがしっかりきっちり訂正するが、それをルークが否定する。
エイミーが看板娘と言われているのは事実だが、そのまえにつく言葉は『風変わり』なのである。残念ながらそれは事実であるため、否定のしようがないのだが、決して褒められているわけではないはずだ。
「まぁ、あれだ。本人が喜んでるんだからいいじゃねぇか。この店もそれなりに人が来るようになったしな」
そう、最近、エイミーたちの元に顔を覗かせる街の者が増えたのだ。
以前、マイケルという少年に言われた物々交換というアイディアはそのまま採用された。いくらかかるのかと不安だった者も、物々交換ということで足を運びやすくなったらしい。
野に咲く花とはまた違った美しさはなかなかに好評なのだ。
「それに食べられる苗もあるから、畑を持っている人も興味を持ってくれてるみたい。これから、どんどんお客さんが増えちゃったらどうしようー」
「ただただ忙しくなるだけかと思いますよ」
浮かれるエイミーにアルフィーがシビアな返答をする。
スタンリー家の人々はエドワード以外、皆、少々人がいい。そのためこうして時折、アルフィーが指摘せねばならないのだ。
「ところでよぉ、あっちをどうする? アルフィー」
「わかっています。ですが、街の方のようですから……」
ふぅとため息をついていたアルフィーだが、こちらに向けられた鋭い視線に気が付いていないわけではない。
クロウが指摘したのは先程から花屋へと強い視線を送る女性の姿だ。
二人組の女性、一人は上質なワンピースドレス、もう一人はそんな彼女に日傘を差している。こちらは服装から判断するにメイドであろう。
鋭い視線は令嬢から向けられたものだ。
「あ! お客様ですか? どうぞ、お気軽にごらんください」
「お、お嬢さま……⁉」
「このバカ……!」
視線を向ける令嬢はエイミーの声にぱっと身を翻して、足早に去っていく。
日傘を差していたメイドは慌てて、エイミーたちに一礼するとそのあとを追う。
「あれ? 驚かせちゃったかな」
「鈍い! おめぇは本当にうすぼんやりしてんな!」
「そうだね……今度はもっと早くお客さんに気付いて声をかけなきゃいけないよね」
どうやら、エイミーは彼女から送られていた鋭い視線には気付いていなかったらしい。客として来ていた二人に、声をかけるのが遅れたと反省している。
「だあっー! おい、アルフィー! お前からもなんとか言ってやれ!」
「言ってわかる方ではないから苦労をしているんですよ?」
「お姉さま、大丈夫ですか?」
まだ反省中のエイミーにルークだけが心配そうだ。
そんなエイミーの肩に、羽ばたいたクロウが飛び乗る。
クロウは先程のこちらを睨んでいた女性に心当たりがあるのだ。
「俺の記憶が正しければ、あの女……前にあったことがあるぞ」
「え? でもクロウもこの街に来るの初めてでしょう?」
「あぁ、あの女にあったのはここじゃねぇ。おい、アルフィー。俺は街を回って来るぞ」
そう言ってクロウは青空へと飛び立っていく。
高い空に黒一色の鳥が飛んでいくのをエイミーはじっと見つめる。
「こうして見ると、クロウって綺麗よね」
「――お嬢さまは変わりませんね」
この国や周辺国では黒は忌むべき色。教会で教えられる魔の存在、それもまた黒だと伝えられる。
アルフィーは髪と瞳が、クロウは全身が黒色をしているのだ。
恐れられ、嫌悪される対象であるにもかかわらず、エイミーは二人を時折、美しいと言う。
「だって前世ではよく見る色だったのよ、黒って」
「……また前世のお話ですか?」
「また前世のお話よ?」
アルフィーからすれば、エイミーの前世の話は夢物語に近く感じてしまう。
その大きな理由が人々が黒を拒まなかったということだ。
この世界に生まれ、人々に拒絶され、生きてきたアルフィーにはそうとしか思えない。むしろ、エイミーの優しい作り話だと考えた方が納得できるくらいなのだ。
「僕はお姉さまのトウキョウのお話、大好きですよ!」
「まぁ! ルークったら可愛いわ!」
先程まで鋭い視線を向けられていたことをもう忘れたのか、姉弟は楽しそうに笑いあう。
そんなスタンリー家の人々だからこそ、アルフィーは今もこうして共にいられる。
おおよそ、悪意とは無縁のエイミーとルーク、その父母を守らねばと思うアルフィーであった。
*****
「おい! やっぱり俺の記憶は正しかったぞ!」
夕暮れときに開けておいた窓から部屋へと降り立ったクロウは、やや興奮した様子で話しだす。
「で、先程の彼女はどのような人物だったのですか?」
窓を閉めたアルフィーがそう尋ねると、エイミーもクロウの言葉を待つ。
まだ父のジョセフは帰宅しておらず、部屋にはエイミーとアルフィー、今到着したクロウに、ルディだけである。
ルークは母のクレアより先に帰るベルとコリンを見送りに玄関へと向かっている。
「よくぞ聞いてくれた! いいか、あの少女は村の町長の孫娘らしい」
「あぁ、だからあのような服装なのですね。この辺りでは見かけませんでしたね」
服装を見て、ある程度裕福な家の者だと予測していたアルフィーの反応は鈍い。
エイミーも「そうなんだ」と小さく呟いた程度だ。
夕暮れ近くまで街を飛び回り、情報収集をしてきたクロウはむっとした表情を見せたが、次の瞬間、にやりと笑う。
まだ、重要な秘密を彼は話していないのだ。
「じゃあ、これは知ってるか? あのお嬢ちゃんは『緑の乙女』候補の一人だったんだとよ」
「それは本当か? クロウ」
その一言でアルフィーの表情も雰囲気もがらりと変わる。
訝しげに向けるアルフィーの視線に、クロウは満足そうに笑う。
「あぁ、あのお嬢ちゃんもエイミーと同じように緑色の瞳を持っていたぞ」
植物に関する魔法を持つものは緑色の瞳を持つことが多いのだ。
アルフィーとクロウが彼女の視線の鋭さと同時に気になっていたのは、相手が緑の瞳を持っていたからだ。
『緑の乙女』候補であったのならば、エイミーと王城で出会っていた可能性が高い。
戸惑いの表情を浮かべたエイミー、鋭い視線を向けるアルフィーを前に、クロウは集めた情報を話し出すのであった。




