第11話 母の想い、子の想い 3
「本当によかったですね、お姉さま」
「うん、そうだね。ルーク」
コリンたちが帰った後、庭での作業を終えたエイミーたちはお茶をしながら、先程の母子の様子を話し合う。
ルークは親しくなったコリンが喜んだのが相当嬉しかったようだ。
「赤とピンクのカーネーションにもそれぞれ花言葉があるのよ。赤は母への愛、ピンクは無垢で深い愛なの」
「わぁ! じゃあ、あのコリンとベルにぴったりですね!」
ひたむきな姉弟の母への愛を見たエイミーは心洗われる思いである。
弟のルークは今後、寂しくなることだろう。
ここ最近、いつも家にいたベルとコリンがいなくなるのだから当然だ。
それでも、遠く離れてしまうわけではない。同じ町に暮らしているのだから、また会えるはずだ。
そんなことを思うエイミーに厳しい声が届く。
「あら、エイミー。このままじゃダメだと私は思うわ」
突然の言葉にエイミーは驚いて、後ろを振り向く。
ドアの前に立っていたのは母のグレースだ。
「――お母様……! ダメとはどういう意味ですか?」
姉弟の願いは母に花束を渡したいというものだ。
金銭のないベルとコリンはスタンリー家で手伝いをする。二人の働いた対価としてエイミーは花束を用意する。お互い、約束は果たしたはずなのだ。
その意味を問おうとしたエイミーだが、グレースの視線は使用人のアルフィーへと向かう。
つられるようにエイミー、そしてルークの視線もアルフィーへと向く。
「奥様の指示でベルとコリンの母の労働環境と雇用条件を調査しておりました」
「……いつの間に!」
「お嬢様が土にまみれている間にでございます」
「それがあたしの仕事なの! ……続けて」
どうやら、エイミーの花屋の仕事の補佐をしていたアルフィーは、母のグレースの指示で色々と動いていたらしい。
むっとしたエイミーを気にせずにアルフィーは調査内容を話し出す。
「どちらも良いとは言い難い状況ですね。おそらく、母子のみという家庭の状況を含め、足元を見ているのでしょう」
「――そう。でも、お母様はなぜアルフィーにこんなことを頼んだの?」
娘の問いかけにグレースはふっと微笑む。
「せっかく知り合ったんだもの。このまま、ベルやコリンがここに出入りできたほうが楽しいでしょう? それなら、あの子たちの母親であるハンナにここで働いてもらったらどうかしら?」
母の言葉にエイミーは目を丸くし、ルークの表情は明るくなる。
どうやら、アルフィーも母の考えを知って動いてくれていたらしい。
だが、納得はしていないのだろう。少し渋い表情である。
「あら、アルフィー。これはあなたにとってもいいことなのよ。私がキッチンに立つのは、あなたたちも不安が大きいでしょう?」
「あ……、お母さま気付いていたのね」
花屋の仕事はまだ始まったばかりだが、このまま順調にいけば、家のことは母が行わなければならなくなる。
正直、エイミーもアルフィーもそれを一番案じていた。
そんな二人の気持ちは母のグレースにはお見通しだったらしい。
「もちろん、彼女たちの事情も聞かないといけないけれど……。アルフィーから聞いている条件よりはずっといいはずよ」
「……ありがとうございます。お母様」
エイミーの言葉にグレースはふっと柔和な笑みを浮かべた。
花を求めたベルとコリン、そんな姉弟の願いを叶えることしかエイミーは考えていなかった。
しかし、母とアルフィーはあの家族のこれからも考えてくれていたのだ。
前世の母、現世の母と二人の母親を持つエイミー。そのどちらもが優しく愛情深い人であることをエイミーは嬉しく思う。
髪の色も瞳の色も違うエイミーは傍からみても、血の繋がりのないことはあきらかなのだ。
それでも、家族となったその日からエイミーを受け入れ、大きな愛情で包んでくれる母グレース。エイミーはあらためて、その優しさを感じる。
「あら? でも、お給金って大丈夫かしら……?」
「問題ございません。エドワード様からお送りいただいている資金がございますので、私におまかせください」
どうやら、商売ごとに不向きなのは相変わらずのようだ。
優しくおおらかで、損得抜きに人と接する母グレースをエイミーは誇らしく思うのだった。
「――ということで、新たに雇用する者が決定しました。これでエドワード様のご不安も少し減るのではと」
魔道具を通したアルフィーからの連絡に、王都の自室でエドワードは微妙な表情を浮かべる。
どうやら、安全な人物らしいが、離れて暮らす妹たちがエドワードは心配でならないのだ。
「花屋か……。僕の想像ではエイミーの能力はかなり希少で世界を変え得る力だと思うんだけど……」
「町の人々に喜んでもらいたいとお嬢様は励んでおられますね」
「ねぇ、アルフィー。それって止められないの?」
「それができれば、すでに対応しております」
「だよねぇ……」
兄のエドワードは妹エイミーの考えを否定したくない。
たったひとりの妹に嫌われるくらいなら、悪意を持って近付いてくる者たちを魔力で薙ぎ払えばいいというのが彼の持論だ。
彼が魔術の腕を磨いてきたのは国のためではない。家族のためなのだ。
「まぁ、僕がいないときも、君やクロウやルディがいるから大丈夫でしょ」
「……あの犬ですか?」
エドワードの言葉にアルフィーは怪訝そうな表情を浮かべる。
エイミーやルークによく懐いているあのもふもふとした犬が、なんの役に立つのかアルフィーにはわからないのだ。
「そう、あの犬だよ。季節を問わず、美しい花やめずらしい植物を育む能力――家族はエイミーの力をそう捉えている。エイミー自身もだよ。でもね、この世界に存在しない植物を容易く生み出す力はときに素晴らしく、ときに恐ろしくもあるんだ」
何度となく、アルフィーはエドワードから似た言葉を聞かされている。
穏やかに過ごすエイミーたちからは想像できないことだが、力というものは悪意を持った人物が扱えば、大きな被害を生むのだ。
「……本当によろしいのですか」
「どういう意味だい?」
問われたアルフィーは言葉に迷う。
まだ若いエドワードだが、国に仕える魔術師なのだ。
エイミーの稀有な力は『緑の乙女』に限りなく近いものにアルフィーには思える。
「――でも、王城を出るときに約束したからね」
「約束……ですか」
くすりと小さな笑い声がアルフィーの耳に届く。
魔道具は姿と声を離れた地域まで飛ばす力があるのだが、エドワードの表情は魔導ランプの灯りが影を作り、良く見えないのだ。
「そう。王城を出るときに『候補外となった妹にはかかわりを持たないようにと』皆がいる前で頼んだからね。よっぽどのことがなければ、声をかけてはこないだろうねぇ」
「……そうでしたか」
アルフィーの声には若干の戸惑いが感じられる。
当然、アルフィーもエイミーたちの幸福を最優先に考えているのだ。
だが今後、もし大規模な不作などが起きた場合、エイミーはじっとしてはいない。
それを止めることができるだろうかとアルフィーは不安なのだ。
「アルフィー。僕はね、世界や緑の乙女を守りたいんじゃない。僕の妹になってくれたあの子に笑顔でいてほしいだけなんだよ」




