第1話 帰郷、そして新たな旅立ち
新しく書き始めました。
花言葉をテーマに、いろんな人を描けたらいいなと思っています。
静かな廊下を兄妹は歩く。兄エドワードの手の中には妹のエイミーの荷物がある。この一年、王城で暮らした荷物にしては簡素だが、着飾ることを好まない妹らしいとエドワードは思う。
兄妹の後ろには白と灰色の毛の長い大型犬がご機嫌な様子でついてくる。おまけに中型の黒い鳥までエドワードの肩に乗っていた。
王城に集められた少女達には侍女やメイドがついた。各自、家から連れてきた者達だ。
だが、エドワードの妹エイミーが連れてきたのがこの犬と鳥だ。王城の者達は変わり者だと思ったことだろう。
「あー、これで清々するな。ここじゃ、思っていることも簡単には口に出来ねぇ。エドワード、お前も苦労してるんだなぁー」
「大変さを察してくれるのはありがたいけれど、一般的な鳥は喋らないからね? クロウ」
南方の鳥は人の言葉を覚えると書で読んだ記憶があるエドワードだが、ここまで流暢に自分の意志で鳥が喋ることなどいないはずだ。
つまり、普通の鳥ではないのだろうと出会ったときからエドワードは思っている。
羽も瞳も黒いこの鳥を忌む者も多いことだろう。黒はこの国では不吉の象徴なのだ。それを誤魔化すためか、首元にはエイミーが作った可愛らしい付け襟とリボンがある。あまり意味を持たない気がするのだが、少々おおらか過ぎるエドワードの家族は気にすることはない。
「まぁ、結果的には良かったじゃねぇか。俺もルディもエイミーも、愛おしい我が家に帰れるんだからよ!」
「わふっ!」
「……まぁね。大丈夫かい? エイミー」
おしゃべりな鳥への言葉を適当に返したエドワードは妹であるエイミーへと視線を移す。
一年間に渡り、彼女が王城にいた理由は緑の乙女の選定にある。
緑の乙女は豊穣の象徴と言われており、数十年に一度、国民の中から選ばれるのだ。
そして、今日エイミーは王城を出る。つまりは緑の乙女候補から彼女は外れた。
集められた十数人の少女、女性達の中で緑の乙女候補は三人の少女に絞られた。それ以外の女性達は一年過ごした王城を離れることとなったのだ。
「……兄さまに恥をかかせてしまう結果になってしまって申し訳ないわ」
妹の言葉にエドワードは軽く目を開いた後、微笑む。彼のその優しい笑顔は家族だけに向けられるものだ。
ここにエドワードの下で働く者がいたら、驚愕することであろう。
「エイミーはいつだって僕の希望だよ。胸を張って家族の元に帰るといい。緑の乙女であろうがなかろうが、エイミーは僕らにとって大事な存在なんだから」
「兄さま……ありがとう!」
薄茶の髪に緑の瞳を持つエイミー、そして金の髪に青い瞳を持つエドワード。彼らは血の繋がった兄妹ではない。
それでも彼らスタンリー家の絆は強く、温かなものだ。父母も弟も皆がエイミーの帰宅を歓迎することだろう。
「……まぁ、緑の乙女候補から外れたのは幸いでもあるよ。今後一切、王家も教会もエイミーに近付くことはないだろうからね。皆の前で確認しておいたよ。『候補外となった妹にはかかわりを持たないようにと』ね」
兄の言葉にエイミーは驚き、くすりと笑う。
「そんなことしなくっても、貴族でもないあたしにはもう王城は縁のない場所よ。もう、兄さまったら心配性なんだから」
「たった一人の妹を心配するのは当然のことだよ。ほら、見てごらん。あれはアルフィーだ。迎えに来てくれたようだね」
漆黒の髪と瞳を持つ青年はスタンリー家の使用人アルフィーである。
その姿を見つけたエイミーは兄の手から荷物を受け取ると笑顔を見せた。
「じゃあ、兄さまはここまで! お仕事があるんでしょう? 魔術師として優秀な兄さまなんだから、早く戻らなきゃ」
「あぁ、そうだね。僕は優秀な魔術師なんだ。だから、仕事の遅れなんて簡単に取り戻せる。せめてエイミーの背中が見えなくなるまで、ここで見送らせておくれ。アルフィー、妹を頼んだよ」
頭を下げ、エドワードから荷物を受け取ったアルフィーはエイミーのやや後ろを歩き、その隣には嬉しそうに歩く犬のルディがいる。
「お前は行かないのかい? クロウ」
まだ自分の肩の上に止まる鳥のクロウはこてりと首を傾げる。
「王家も教会も揃いも揃って目が曇っているようだなぁ。まぁ、俺らにとっちゃ幸運だ。こういうせまっくるしい環境はエイミーにも俺らにも合わねぇからな。だが、いいのか?」
「いいんじゃない? 今、彼らが緑の乙女の最有力候補にしているのは貴族のご令嬢達だ。なんでも魔力もあるみたいだし」
「魔力でいいなら、魔術師であるお前だっていいってことになるじゃねぇか」
緑の乙女は魔力や身分で決まるものではない。
大地が力を失ったとき、恵みをもたらす存在だと信じられているのだ。
しかし、不作などの困難に遭うことなく平和な歳月を重ね、緑の乙女は単なる象徴として受け止められている現在ではその考えが消えつつある。
「それはほら、いくら優秀でも僕は商家の生まれだし、まして乙女ではないからね。王家と教会が選定する緑の乙女はさぞかし稀有な力をお持ちなんだろう。いやぁ、楽しみだねぇ」
「……お前、性格と口は本当に悪いな」
「まぁ、それ以外が優れているから比較すると悪く見えるだけだよ。ほら、クロウ。エイミーが呼んでいるよ。早く行って」
まだ兄の元にいるクロウにエイミーが振り返り、手招きをしている。
肩を離れ、羽ばたいていくクロウはエイミーの腕の中に納まる。優しい手つきでクロウを撫でるエイミーは兄のエドワードを見て微笑んだ。
そんな妹に穏やかな笑みを浮かべながらエドワードも手を振る。
「……僕が守りたいのはこの国じゃない。家族とエイミーの笑顔だからね」
王城に勤める魔術師としては不穏当なことを呟いたエドワードは、去っていく妹達を優しい眼差しで見つめるのだった。




