9. 戦後配信
王都に、静寂が戻っていた。
ついさっきまで地獄だった城壁の外は、帝国軍の残骸だけを残して、嘘みたいに静かだ。
朝日が差し込み、煙がゆっくりと消えていく。
「……終わった、のか」
俺の呟きに、返事はない。
同時視聴者数:102,300
『終わったな』
『歴史変わった瞬間』
『アーカイブ保存不可避』
やめろ、勝手に神話にするな。
⸻
城壁の下から、どよめきが聞こえる。
「カナト様だ……!」
「あの人が……神を呼んだ……!」
「王都を救った英雄だ!」
……嫌な予感しかしない。
エイリンが、困ったように笑った。
「……王都中が、あなたを探しています」
「やっぱり?」
「国王陛下も、すぐに正式な場を設けると」
コメント欄が即反応する。
『来たな論功行賞』
『爵位くる?』
『囲い込みフェーズ』
「囲い込みって言うな!」
⸻
再び王城。
だが今度は、空気が違った。
玉座の前には、国王、重臣、騎士団幹部、宮廷魔導師。
全員が――俺を見ている。
「灰原カナト」
国王が、静かに言う。
「王都を救った功績、計り知れぬ」
「余は、そなたを――」
一瞬、間が空く。
「王国直属の特別存在として迎えたい」
来た。
「地位、権限、住居、護衛――すべて用意しよう」
重臣が続く。
「神々と通じる力は、国家の宝です」
「他国に渡すわけにはいかない」
同時視聴者数:110,000
『あー』
『始まった』
『囲い込み100%』
俺は、スマホをちらっと見る。
《全知の神オルメギア》
『予測通りの展開だ』
《魔王ゼル=ヴァルド》
『檻だな』
《戦神バルド》
『気に入らん』
《運命の女神リラ》
『……どうします?』
どうするって言われても。
⸻
俺は、一歩前に出た。
「……ありがたい話です」
場が、少し和らぐ。
「でも」
全員の視線が、鋭くなる。
「俺は、どこかの国の武器になるつもりはありません」
ざわっ、と空気が揺れた。
「俺は――」
スマホを掲げる。
「配信者です」
沈黙。
「神々も、魔王も、俺を“観測点”として見てるだけ」
「王国の所有物になった瞬間、たぶん――」
コメント欄が先に言った。
『神が離れる』
『魔王も引く』
『詰み』
俺は、頷いた。
「そういうことです」
⸻
空に、文字が浮かぶ。
【スーパーチャット ¥10,000,000】
《神々の総意》
「観測の自由を侵害するな」
玉座の間が、凍りついた。
【スーパーチャット ¥8,000,000】
《魔王ゼル=ヴァルド》
「囲うなら、我と交渉しろ」
「……魔王まで……」
国王は、深く息を吐いた。
「……理解した」
そして、頭を下げた。
「灰原カナト。王国は、そなたを縛らぬ」
「だが――」
王の目が、真っ直ぐ俺を射抜く。
「王都が再び危機に陥った時」
「そなたは、力を貸してくれるか」
俺は、少し考えてから答えた。
「……配信が回るなら」
一瞬。
国王が、吹き出した。
「……面白い男だ」
⸻
王城を出た瞬間。
通知が、連続で鳴り始めた。
【他国王家がチャンネルを閲覧中】
【宗教国家がチャンネルを閲覧中】
【未知の高位存在が視聴を開始しました】
同時視聴者数:120,000
『世界会議始まりそう』
『もう戻れない』
『カナト、世界の中心』
俺は、空を見上げた。
「……これ」
「配信やめたら、どうなるんだろ」
《全知の神オルメギア》
『世界が困る』
《戦神バルド》
『戦えなくなる』
《魔王ゼル=ヴァルド》
『退屈になる』
《運命の女神リラ》
『……あなたがいなくなる』
俺は、苦笑した。
「……重いなあ」
王都の鐘が、鳴り響く。
コメント欄の最下段に、新しい通知。
《???》
『観測対象・灰原カナト』
『回収フェーズに移行する』
「……また新規さん?」
同時視聴者数:125,000
嫌な予感しかしなかった。
(第九話・完)
次回もお楽しみに!




