8. 神魔共闘
空が、二色に染まっていた。
赤い稲妻と、底知れない闇。
神と魔王――本来なら相容れない力が、王都上空で同時に展開されている。
「……ちょっと待って」
俺は城壁の上で、引きつった笑みを浮かべた。
「これ、どう考えても世界壊れるやつじゃない?」
同時視聴者数:72,000
『もう壊れてる』
『今さら』
『カナトが生きてればOK』
基準が雑すぎる。
⸻
帝国軍は、完全に動揺していた。
前線は闇に沈み、後方は神雷で吹き飛ぶ。
指揮系統が、崩壊している。
「報告! 前衛部隊、壊滅!」
「魔導兵装が機能停止!」
「禁呪部隊、詠唱前に消失!」
帝国側の将軍が、叫ぶ。
「何をしている! 敵は人間のはずだぞ!!」
その瞬間。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『人間だ』
『ただし――』
【スーパーチャット ¥30,000,000】
「魔王権能・展開」
『我が推しだ』
地面が、裏返った。
影が“刃”となって立ち上がり、帝国兵を一掃する。
逃げ場は、ない。
『ひえ』
『魔王、推し活ガチ勢』
『帝国軍、完全に被害者』
⸻
そこへ、重なるように文字が浮かぶ。
【スーパーチャット ¥25,000,000】
《戦神バルド》
「前線が煩い。静かにしろ」
空から、巨大な拳が降りた。
比喩ではない。
神の拳が、物理的に落ちてきた。
衝撃。
大地が沈み、帝国軍の中央が消し飛ぶ。
「……は?」
エイリンが、呆然と呟いた。
「戦……神……?」
《全知の神オルメギア》
【スーパーチャット ¥20,000,000】
「被害最小化処理を実行」
俺の視界に、王都全域を覆う半透明の膜が表示される。
《味方被害:軽微》
《王都建造物損壊:想定範囲内》
「想定範囲内って何基準!?」
『神基準』
『人間は考えるな』
『安心しろ、街は残る』
⸻
帝国軍の最後方。
巨大な魔導砲が、再起動しようとした瞬間――
《運命の女神リラ》
【スーパーチャット ¥18,000,000】
「確率操作・極」
魔導砲が、自壊した。
偶然。
不運。
たまたま。
ありとあらゆる“悪い確率”が、帝国側に集中していく。
『かわいそう』
『でも敵だしな』
『運命操作は反則』
俺は、思わず呟いた。
「……これ、俺いなくても勝てるんじゃ」
《戦神バルド》
『勘違いするな』
《魔王ゼル=ヴァルド》
『貴様が“観測点”だ』
《全知の神オルメギア》
『お前がいなければ、我々はここに干渉できん』
《運命の女神リラ》
『だから、ちゃんと立っててくださいね』
……責任、重くない?
⸻
その時。
帝国軍の奥から、異様な魔力が立ち上った。
「――禁呪部隊、最終詠唱完了!」
空が、黒く染まる。
「王都ごと、消し飛ばす気だ!」
同時視聴者数:90,000
『来た』
『切り札』
『だがもう遅い』
俺は、深く息を吸った。
「……視聴者の皆さん」
「そろそろ――」
「本気、出していいですよね?」
一拍置いて。
文字が、重なる。
【スーパーチャット ¥50,000,000】
《神々の総意》
【スーパーチャット ¥50,000,000】
《魔王ゼル=ヴァルド》
二つの通知が、同時に鳴った。
世界が、静止する。
《世界法則・一時凍結》
「……え?」
次の瞬間。
禁呪の魔法陣が、砕け散った。
存在そのものが、なかったことにされたように。
⸻
静寂。
風が、戻る。
帝国軍は――
崩れ落ちていた。
戦う意志も、逃げる気力も、残っていない。
国王が、震える声で言った。
「……勝った……のか?」
俺は、スマホを見た。
同時視聴者数:100,000
「……たぶん」
「配信的には、大成功です」
コメント欄が、祝福で埋まる。
『神話爆誕』
『王都守護配信』
『カナト最強』
俺は、苦笑した。
「いや、俺は何もしてないんだけど」
《魔王ゼル=ヴァルド》
『それでいい』
《戦神バルド》
『立っていた。それで十分だ』
《全知の神オルメギア》
『観測者の役割を、完璧に果たした』
《運命の女神リラ》
『……生きててくれて、よかった』
王都の空に、朝日が差し込む。
と、同時に後ろから涙をうかべたエイリンが
抱きついてきた。
――戦争は、終わった。
同時視聴者数:101,000
(第八話・完)
次回もお楽しみに!




