5. 通知音
魔王ゼル=ヴァルドのコメントが消え、広場には重たい沈黙が落ちた。
さっきまで歓声に包まれていた場所とは思えないほど、静かだ。
エイリンが、慎重に口を開く。
「……カナト殿」
「はい」
「今のやり取り……王国として、見過ごせるものではありません」
そりゃそうだ。
魔王がチャンネル登録してスパチャしたなんて、歴史書にどう書くんだよ。
俺が返事に困っていると、スマホが震えた。
【通知:新規フォロワーが増えています】
「……え?」
同時視聴者数:18,200
登録者数:5,034
『爆増してて草』
『今のは伝説』
『切り抜き職人仕事しろ』
切り抜きって概念、あるのかこの世界。
⸻
「王都へ報告を上げる」
エイリンは即断した。
「貴殿の存在は、もはや一冒険者や異端者の枠では収まらない」
周囲の騎士たちも、頷くしかない様子だ。
「……護衛を付ける必要があります」
「王族への謁見も、避けられないでしょう」
「王族!?」
完全に話がでかくなってきた。
コメント欄が、楽しそうに流れる。
『王族回きたな』
『公式コラボ』
『スポンサー案件かな?』
スポンサー案件て。
⸻
――暗黒大陸・魔王城。
巨大な玉座に座るゼル=ヴァルドは、空中に浮かぶ“配信の残像”を見下ろしていた。
「……神々が、直接支援」
「しかも金額制限なし……か」
配下の将が、慎重に問う。
「陛下。危険では?」
ゼル=ヴァルドは、低く笑った。
「だからこそだ」
「力を持つ者が、どのように“人気”を得るか」
「それを観測する価値はある」
玉座の肘掛けに指を叩き、呟く。
「……神々よ」
「貴様らの遊び場に、我が風穴を開けてやろう」
⸻
広場の後処理が一段落し、俺は仮設された騎士団の一室に通された。
エイリンが言う。
「一度、落ち着くべきです。今日はここまでに――」
その瞬間。
【スーパーチャット ¥1,500,000】
《運命の女神リラ》
『ねえ、続きやらないの?』
……神様、空気読んで。
【スーパーチャット ¥2,000,000】
《戦神バルド》
『盛り上がってきたところだろ』
【スーパーチャット ¥2,500,000】
《全知の神オルメギア》
『今切ると“機会損失”だ』
機会損失て...鼻息荒くして何言ってんだおっさん...
俺は、エイリンを見た。
「……少しだけ、いいですか」
⸻
俺は、カメラに向き直った。
「えー……色々ありましたが」
「次回は――」
一瞬、言葉を選ぶ。
同時視聴者数:21,000
「王都に向かいます」
空気が、ざわっと動いた。
『来た』
『王都編』
『どう考えても事件起きる』
俺は苦笑しながら、続ける。
「王様とか、偉い人とか……正直、怖いです」
「でも」
スマホを握りしめる。
「一人じゃないので」
コメントが流れる。
『神々が付いてる』
『魔王もな』
『最悪』
……最悪言うな。
【スーパーチャット ¥5,000,000】
《神々の総意》
「次章、開幕」
画面が一瞬、白く光った。
登録者数:10,000 突破
「……は?」
エイリンが目を見開く。
「今のは……祝福の光?」
「たぶん……通知です」
俺は、深く息を吐いた。
――もう止まらない。
世界そのものが、この配信を中心に回り始めている。
「それじゃあ」
俺は、少しだけ慣れてきた笑顔で言った。
「次回も、よろしくお願いします」
カメラを切る直前。
《魔王ゼル=ヴァルド》
「王都……面白い選択だ」
……聞いてたのかよ。
(第五話・完)
次回もお楽しみに!




