4. チャンネル登録
広場の熱気が、まだ冷めきらない。
歓声。ざわめき。
そして――俺のスマホ画面だけが、異様な静けさを保っていた。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『……』
コメントが、止まっている。
「……えっと」
俺は喉を鳴らし、カメラに向かって言う。
「初見さん、いらっしゃい?」
我ながら、平常心を装った挨拶だと思う。
だが次の瞬間。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『面白いものを見せてもらった』
空気が、凍った。
(神々)
『……来たな』
『魔王本人か』
『これは想定より早い』
「魔王本人!?」
思わず声が裏返る。
エイリンが、俺の異変に気づき小声で囁いた。
「……カナト殿。何か、起きているのか?」
「えっと……」
どう説明しろと。
間近で見るエイリンの可愛さも相まって思考停止状態。
その時――
【スーパーチャット ¥2,000,000】
「聖淡水を獲得」
《戦神バルド》
『落ち着け。とりあえず飲め。』
いや、ドンペリか。
⸻
《魔王ゼル=ヴァルド》
『貴様が“神に観測されている人間”か』
「.......」
《魔王ゼル=ヴァルド》
『なるほど……世界の外側からの干渉か』
コメント欄が、ざわつく。
『理解が早いな』
『流石は魔王』
『頭が切れるタイプだ』
「ちょっと待って。俺は一体どうすればいいのか考えて!」
《魔王ゼル=ヴァルド》
「安心しろ。今すぐ殺すつもりはない」
安心できるか。
《魔王ゼル=ヴァルド》
「むしろ――興味がある」
画面右上に、見慣れない通知が表示された。
【魔王ゼル=ヴァルドがチャンネルを登録しました】
「……は?」
完全にフリーズする俺。
同時視聴者数:12,500
『草』
『チャンネル登録者になったw』
『新しい時代だな』
⸻
《魔王ゼル=ヴァルド》
『神々よ。貴様らの遊戯に、我も混ぜてもらおう』
空気が、ピリつく。
【スーパーチャット ¥3,000,000】
《全知の神オルメギア》
『魔王よ。立場を弁えよ』
【スーパーチャット ¥3,500,000】
《戦神バルド》
『出てくるなら戦場だ』
火花が散るような緊張。
だが、魔王は笑った(気がした)。
《魔王ゼル=ヴァルド》
「違うな。これは――“配信”だ」
《魔王ゼル=ヴァルド》
「力を誇示する場。信仰を集める場」
《魔王ゼル=ヴァルド》
「そして――世界を動かす場だ」
……こいつ、完全に理解してる。
俺は、乾いた笑いを浮かべた。
「……えっと」
「魔王さんも、視聴者ってことでいいんですか?」
一拍の沈黙。
次の瞬間。
【スーパーチャット ¥4,000,000】
《魔王ゼル=ヴァルド》
「初見祝いだ。取っておけ」
……は?
広場の石畳が、黒く染まる。
魔力の塊が、実体化して俺の足元に沈み込んだ。
《魔王スパチャ効果:魔王属性耐性(中)を獲得》
体の奥に、ぞっとするほど冷たい力が根を張った。
『魔王スパチャは草』
『敵側からの投げ銭』
『世界が壊れてきたな』
エイリンが、呆然と呟く。
「……王国は、どうすれば……」
俺は、スマホを見つめたまま答えた。
「たぶん……」
「もう、俺一人の判断じゃ無理です」
⸻
《魔王ゼル=ヴァルド》
「――人間、カナト
次の配信も、楽しみにしている」
コメント欄が、再び流れ始める。
『完全に次章突入』
『神々 vs 魔王軍』
『配信者乙w』
同時視聴者数:15,000
俺は、覚悟を決めた。
――これはもう、
異世界を舞台にした、神と魔王の代理戦争だ。
しかも、その中心にいるのは。
「……俺かよ」
スマホのカメラに映る自分の顔は、
引きつりながらも――少しだけ、笑っていた。
(第四話・完)
次回もお楽しみに!




