維持神(仮)の戸籍問題
朝。
王都アルディアは平和だった。
パンのにおい、
小川は流れ、
子供達の騒ぐ声。
「……なあエイリン」
カナトは、役所の前で立ち尽くしていた。
「俺、入れないんだけど」
石造りの建物。
重厚な扉。
その前で、受付の魔導結界が淡く光っている。
《個体認証:拒否》
「……は?」
《理由:存在状態が不定》
「不定ってなに」
後ろで、エイリンが腕を組む。
「……あなた」
「もしかして」
「世界救った代償で、
社会的に死んだ?」
「やめろ」
「割とリアルだから」
中から、役人が出てくる。
眼鏡。
真面目顔。
一切、事情を知らない一般人。
「失礼ですが……」
「あなたの名前、
台帳にありません」
カナトは指を立てる。
「いや、そんなはずは」
「確実に」
役人は首を振る。
「ありません」
「過去にも」
「未来にも」
「……存在しません」
エイリン、沈黙。
カナト、沈黙。
世界、平和。
⸻
その頃――
神々の臨時会議。
《全知神オルメギア》
『んー.....』
《精霊王イリシア》
『え?』
《戦神バルド》
『何だじじぃ?』
オルメギアは淡々と続ける。
『灰原カナトは』
『そもそも
この世界の戸籍体系に
一度も登録されていない』
『理由は単純』
『現世からの転生個体だからだ』
《魔王ゼル=ヴァルド》
『……ああ』
『最初から無いのか』
《笑う神チョケ》
『最初から無戸籍!!』
『それ一番めんどくさいやつ!!』
《天輪評議会・観測官》
『確認』
『当該個体は
世界法的には
「存在していない」』
『ただし』
『世界維持への寄与率が
極端に高いため』
『削除も不可』
『よって――』
一拍。
『放置が最適解』
《戦神バルド》
『クソ解決法だな』
《全知神オルメギア》
『ま、助けてやるがな』
⸻
役所前。
「……つまり?」
カナトが言う。
「俺」
「無職?」
エイリンが即答。
「無戸籍・無職・無税」
「最強の不審者ね」
「泣くぞ」
その時。
空気が、ふわっと揺れた。
エイリンだけが、気づく。
「あ」
「来た」
誰も見えない。
声もない。
だが――
役所の書類が、勝手に一枚めくれた。
白紙。
そこに、文字が“成立する”。
⸻
【参考情報(削除不可)】
名前:灰原カナト
出自:異世界(現世)
職業:維持神(仮)
所属:未定
備考:
・世界が壊れそうな時に必要
・普段は特にいらない
・戸籍は作れない
⸻
役人が、ぽつり。
「……あれ?」
「書類あったっけ?」
カナト、汗。
「ある」
「今できた」
役人は、深く頷いた。
「そうですか」
「では、問題ありません」
問題だらけだ。
エイリンが、カナトを見る。
「まぁ」
「結果オーライ?」
カナトは、少し考えて――
頭を抱えた。
「俺、
無戸籍・無所属・謎職業?」
エイリンは呆れてフォローする。
「でもさ」
「世界的には
一番“必要”なんでしょ?」
カナトは、少しだけ考えて。
「……まあ」
「配信者より維持神のほうがカッコいいよね?」
エイリンはにやっとした。
「維持神なのに....」
「社会的に一番不安定な存在....」
空が笑っている気がした。
《笑う神チョケ》
『あーーー腹痛い!!!』
『神話で一番しょうもないエンディング!!!』
世界は、今日も保たれている。
戸籍は、ギリギリ。
⸻
維持神(仮)の戸籍問題:完




