29. 形あるもの
王都アルディア上空の扉が、
ほんのわずか、息を吸うように開いた。
ギィ……
その隙間から、
“何か”が落ちてくる。
落下ではない。
出現でもない。
「在ることになった」だけだ。
⸻
それは、人の形をしていた。
だが――
どこかがおかしい。
輪郭が、確定していない。
手足はあるのに、関節が曖昧。
顔があるはずなのに、表情が定まらない。
そして何より。
それの周囲が、さまざまな"事象"で歪んでいた。
地面に、細い線が走る。
"亀裂"
空気が、黒ずむ。
"腐敗"
光が、遅れる。
"遅延"
「……敵襲!!」
王都警鐘が鳴り響く。
⸻
騎士団が動いた。
白銀の鎧。
統率された隊列。
最前線に立つのは――
副団長、ベアレイン。
「対象確認!」
「人型――だが、魔物ではない!」
後方には、エイリン。
剣を抜き、息を整えている。
「……嫌な感じがする」
「近づくな」
その直感は、正しかった。
⸻
騎士団が踏み込んだ瞬間。
世界が、先に壊れた。
地面が割れ、
鎧が錆び、
刃が崩れた。
攻撃を受けたわけじゃない。
“そうなる事象”を選ばれただけだ。
「なっ――!?」
「剣が……!」
ベアレインが吼える。
「後退!!
距離を取れ!!」
だが、距離という概念が
すでに意味を失っていた。
人型が、首を傾げる。
声が、響いた。
『……ここは』
音ではない。
振動でもない。
意味が、直接流れ込んでくる。
『形が、多い』
エイリンが歯を食いしばる。
「……喋ってる?」
『違う』
『理解が、起きている』
次の瞬間。
ベアレインの背後で、
騎士が一人、崩れ落ちた。
死因は――
腐敗。
触れていない。
攻撃もない。
ただ、「そうなった」。
「撤退!!
全軍撤退!!」
騎士団は、
敗北した。
⸻
形あるものは、
進軍しなかった。
歩いた。
王城へ。
門は、開かなかった。
代わりに――
門が「意味を失った」。
ただの石の集合体に戻り、
崩れ落ちる。
玉座の間。
カーン王は、立っていた。
震えていない。
逃げてもいない。
「……名を名乗れ」
形あるものは、王を見る。
『名』
『それは、便利だ』
『だが、私は――』
一拍。
『“形あるもの”』
王直属兵、アッシャーが前に出る。
「王から離れろ」
一瞬後。
アッシャーの鎧が、
内側から潰れた。
骨折ではない。
圧迫でもない。
「形状不適合」
そう判定されたかのように。
アッシャーは、
床に転がり、動かなくなった。
「……化け物め」
カーン王が言う。
形あるものが、近づく。
『王』
『この位置は、象徴だ』
『象徴は――』
王の脳天に、
指を当てる。
力は、いらなかった。
一点。
“存在の支点”を突かれただけ。
カーン王は、
言葉を残さず倒れた。
死。
⸻
世界が、悲鳴を上げた。
王都は混乱。
各国は恐慌。
配信画面は、完全崩壊。
《何今の》
《王殺された??》
《無理無理無理》
同時視聴者数:
1,800,000
カナトは、画面を見つめていた。
言葉が、出ない。
《創造神ラグニエル》
『……最悪の展開だ』
『“形”を、学習した』
『この世界の“役割”を――
理解し始めている』
カナトが、呟く。
「……ラグニエル」
「こいつを止める方法は――」
ラグニエルが、答えなかった。
沈黙が、
すべてを語っていた。
⸻
29話 完
次回もお楽しみに!




