20. 過負荷(スローダウン)
王都アルディアは、まだ崩れていなかった。
最恐の敵Dosとの戦いは続いている。
だが――
止まり始めていた。
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封印された空間のあちこちで、
“動かない敵”が空中に固定されている。
咆哮を上げる途中で止まったドラゴン。
詠唱の途中で口を開いたままの魔導士。
爪を振り下ろす直前の魔獣。
すべてが、一瞬を永遠に引き延ばされた像のようだった。
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「……成功、ですね」
リュミエールが、静かに言った。
「敵の行動は停止しました。
これ以上、増えません」
エイリンは剣を下ろし、息を整える。
「街は……守れています」
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同時視聴者数:640,000
『止まった……?』
『勝った?』
『いや、雰囲気が勝利じゃない』
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カナトは、画面から目を離さなかった。
「……重い」
誰にともなく、そう呟く。
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配信画面。
コメントの流れが、明らかに遅くなっていた。
一秒で流れていた文字が、
二秒、三秒とかかる。
同時視聴者数:
640,000 → 630,000 → 615,000
『あれ?』
『コメント遅延してない?』
『なんか端末重い』
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《全知の神オルメギア》
『……来ているな』
文字が浮かぶ。
『封印は、削除よりも重い処理だ』
『“存在を維持したまま止める”というのは』
『計算を延々と保持することに等しい』
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《戦神バルド》
『つまり、時間を稼ぐほど――』
《精霊王イリシア》
『世界が疲れていくんですね』
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「……神様たちも、きつい?」
カナトが聞く。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『我らは問題ない』
一拍。
『だが――』
『この世界そのものが、耐えられん』
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王都の一角。
時計塔の鐘が、鳴らなかった。
正確には――
鳴るべき時間なのに、音が出なかった。
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「……今の、見たか?」
兵士が空を見上げる。
「鐘が……鳴らなかった?」
「いや……遅れてる……?」
数秒後。
ゴン……と、
ズレたタイミングで音が響いた。
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リュミエールの表情が、僅かに曇る。
「時間処理に、遅延が出始めています」
「空間、存在、因果……」
「すべてが、順番待ちになっている」
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同時視聴者数:600,000
『時間ズレた?』
『ラグやばくない?』
『世界がカクついてる』
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カナトは、ゆっくりと立ち上がった。
「……敵は」
「俺たちを倒す気じゃないな」
リュミエールは、即座に頷いた。
「はい」
「倒す必要がないからです」
「ただ――」
彼女は、カナトを見る。
「あなたが“何もできなくなる”まで、
負荷をかけ続ければいい」
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《全知の神オルメギア》
『配信』
文字が浮かぶ。
『配信こそが』
『この世界の最大の負荷点だ』
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その瞬間。
配信画面が、明確に乱れた。
音声が途切れ、
映像が一瞬止まる。
同時視聴者数:
600,000 → 540,000
『止まった!?』
『一瞬落ちた』
『やばい、切れるぞ』
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「……来るな」
カナトは、低く言った。
「本命は、ここだ」
エイリンが、一歩前に出る。
「……配信が止まれば」
「あなたは、孤立します」
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リュミエールは、静かに告げた。
「ええ」
「次は――」
「直接、システムを殴ってきます」
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空のどこかで。
“見えない何か”が、
確かに世界を叩いた。
音はない。
だが――
数字が、また一つ、狂った。
同時視聴者数:
540,000 → 500,000 → 498,312
中途半端な数値で、止まる。
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カナトは、深く息を吸った。
「……大丈夫だ」
誰に言うでもなく。
「まだ、立ってる」
エイリンは、迷いなく答えた。
「はい」
「盾は、ここにあります」
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世界は、まだ落ちていない。
だが――
確実に、重くなっていた。
次に来るのは、遅延ではない。
切断だ。
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(第二十話・完)
次回もお楽しみに!




