16. 緊急生配信
世界は、静かだった。
あまりにも静かで――
だからこそ、誰も逃げられなかった。
配信タイトル:
【緊急】少し、話があります【世界公認】
開始から三十秒。
同時視聴者数:
320,000 → 480,000 → 600,000
異常な伸びだった。
『来た』
『雑談の続き?』
『カナトの目がやばい』
画面に映る灰原カナトは、静かだった。
怒鳴らない。
感情をぶつけない。
ただ――
目が冷えている。
「こんばんは」
声は、落ち着いている。
「今日は、戦争の話でも」
「神や魔王の話でもありません」
一拍。
「人間の話です」
コメントが、止まる。
⸻
「昨日」
「俺の護衛騎士――
エイリン・ノクティエルが怪我をしていました」
同時視聴者数:650,000
『え?』
『初耳』
『どこで?』
「本人は、転んだって言いました」
苦笑。
「騎士が転んで、
あんな深い切り傷、できますか?」
静寂。
「俺は、気づかなかった」
「眠ってました」
「配信も切ってました」
視線を、カメラに向ける。
「つまり――」
「誰かが、俺を殺しに来た」
世界が、息を呑んだ。
「そして...」
「俺の代わりに、エイリンが血を流した」
全世界が
ただ、見ている。
「俺は、怒ってます」
初めて、感情が声に混じった。
一拍。
コメント欄が、荒れ始める。
『キレてるな』
『カナトのこんな顔初めて見たぞ』
『誰だやったの』
⸻
「だから、宣言します」
カナトは、淡々と言った。
「俺はこれから――」
「賢王会の話をする」
同時視聴者数:800,000
『!!!!?』
『名指し来たぁぁぁぁ』
『終わった』
「彼らは、世界を守る賢者だそうです」
「戦争を止め」
「国を動かし」
「人類の未来を考える存在」
少しだけ、笑う。
「――でも」
「俺の周りで、人が死にかけた」
「それだけで、十分です」
画面に、資料が表示される。
•賢王会の構成
•各国への影響
•過去に“消えた”英雄たち
•暗殺未遂のパターン一致
「全部、俺一人で集めた情報じゃない」
「神様が、俺に見せてくれた」
《全知の神オルメギア》
『朝飯前だ』
⸻
「賢王会のみなさん」
カナトは、画面越しに語りかける。
「俺を、敵に回しましたね」
「おそらくお前らはこの先ネチネチした手回しでダラダラと俺を陥れていく算段だったろう。」
「でも――」
声が、低くなる。
「エイリンを傷つけた時点で」
「もう、お前らに逃げ場はねぇぞ?」
⸻その瞬間。
空が、裂けた。
雲を押しのけるように、赤い稲妻が一本、落ちる。
「今日でお前らを終わらせてやるよ」
落下地点――
賢王会・本部地下円卓。
結界?
防衛魔法?
国家級遮断術式?
関係ない。
雷は、それらを「存在しないもの」として貫通した。
⸻
円卓の中央。
一秒前まで、冷静だった賢者たちは、
声を出す暇もなく⸻
「裁定された」
《戦神バルド》
『戦争を起こす知恵は許す』
『だが――』
『弱さもまた、愚かさだ』
同時視聴者数:900,000
ほぼ同時刻。
世界各地。
賢王会と繋がっていた
・暗殺者ギルド
・裏国家
・武力貸与国
・傭兵国家
・非公式諜報組織
そこに、影が伸びた。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『我が推しを脅かした』
『それだけで、万死に値する罪だ』
影は
ただ――
“存在を回収”していく。
拠点は空になる。
指揮官は消える。
契約書だけが、床に落ちる。
血の海は、ない。
悲鳴も、少ない。
なぜなら――
抵抗する前に、終わるから。
《魔王ゼル=ヴァルド》
『人間よ』
『これが、我々の"干渉”だ』
⸻
各国の公式アカウントが、次々と動き出す。
•王都声明
《賢王会への協力停止》
•複数国家
《調査委員会設置》
•民衆
《賢王会解体要求》
《運命の女神リラ》
『チャンチャン♪』
配信画面。
カナトは、動かない。
指一本、動かしていない。
だが――
世界が変わっていくのが、数字で分かる。
同時視聴者数:
900,000 → 1,200,000 → 1,500,000
『今、何が起きてる?』
『ニュース速報が止まらん』
『賢王会、消えたって…?』
崩れ落ちた円卓の間。
ただ一人――
リュミエール=アル=セレファだけが、生きていた。
……苦笑。
「本当に、面倒な男....。」
⸻
その頃。
エイリン・ノクティエルは、
訓練場で剣を振っていた。
いつも通り。
何も知らずに。
自分の流した血が、
世界を一つ、終わらせたことを。
⸻
配信の最後。
カナトは、深く息を吸った。
「……以上です」
「今日は、これで終わります」
「もう――」
「誰も、勝手に俺の周りで血を流させません」
配信終了。
⸻
世界は、ただただ理解した。
(第十六話・完)
次回もお楽しみに!




