14. 円卓
その部屋に、窓はなかった。
外界と隔絶された地下。
魔法も神託も届かない、純粋な人間の思考だけが集まる場所。
――賢王会・円卓。
十二の席。
そのうち七つが埋まっている。
「報告を」
淡々とした声。
賢王会代表、
リュミエール=アル=セレファ。
「暗殺は失敗しました」
返答もまた、感情がない。
「対象、灰原カナトは無傷」
「配信・神性干渉・魔王干渉、いずれも発生せず」
「にもかかわらず、暗殺者は撤退」
円卓の一人が、指を鳴らした。
「不可解だな」
「最強格を使ったはずだ」
「はい」
報告役が、静かに続ける。
「原因は――不明」
その言葉に、誰も騒がない。
賢王会は、“失敗”に慣れている。
重要なのは、
なぜ失敗したかではなく、
次にどうするかだ。
⸻
「神でも魔王でもない」
リュミエールが、ぽつりと言った。
「世界外存在でもない」
「それなら――答えは一つ」
円卓の視線が集まる。
「人間です」
誰かが、低く笑った。
「なるほど」
「一番、厄介なやつだ」
「ええ」
リュミエールは頷く。
「神は理屈で動きます」
「魔王は欲望で動きます」
「ですが――」
一拍。
「人間は、“感情”で命を投げます」
空気が、わずかに重くなる。
「つまり」
別の賢者が言う。
「彼には、“命を懸けて守る人間”がいる」
「はい」
リュミエールは、否定しない。
「しかも、その存在は」
「名も、称号も、英雄譚も持たない」
「表に出ない盾か」
「ええ」
彼女は、ゆっくりと微笑んだ。
「だからこそ――」
「切れない」
⸻
◆ 武力は、もう使えない
「次は?」
円卓の一人が問う。
「英雄をぶつけるか?」
「将軍か?」
「聖者か?」
リュミエールは、首を横に振った。
「無意味です」
即断。
「彼の周囲に“戦争”を持ち込めば」
「神と魔王が介入する」
「では、暗殺を重ねる?」
「それも、無駄です」
彼女は、机の上に一枚の紙を置いた。
《結論》
・武力 → 介入される
・闇討ち → 人間に止められる
・正面対決 → 神話になる
「つまり」
「もう、“戦い”という形では勝てません」
円卓が、静まる。
賢王会は、人類最強の知恵袋だ。
だが同時に、勝てない戦いをしない組織でもある。
⸻
「では、どうする」
その問いに、
リュミエールは迷わなかった。
「“世界”を使います」
「世論」
「噂」
「期待」
「失望」
「恐怖」
「英雄に剣は要らない」
「偶像には、視線だけで十分です」
彼女は、淡々と告げる。
「彼を、敵にしません」
「奪いません」
「――“選ばせる”のです」
円卓の一人が、眉をひそめる。
「それは……時間がかかる」
「ええ」
リュミエールは、ゆっくりと立ち上がった。
「ですが確実です」
「神も魔王も」
「“人間の選択”までは、代行できません」
⸻
会議の終わり。
リュミエールは、一人だけ残った。
机の上には、
灰原カナトの簡易資料。
配信者。
観測点。
世界公認。
――そして。
「……面倒な男」
そう呟いて、微笑む。
「でも」
「だからこそ――」
「価値がある」
彼女は、資料を閉じた。
《賢王会・内部評価》
対象:灰原カナト
脅威度:S → SSS
対処方針:排除 → 誘導
「守っているのが“騎士”なら」
「こちらは、“世界”で包むだけ」
静かな決意。
誰も血を流さない。
誰も剣を振らない。
だが確実に――
人の運命を削るやり方。
⸻
王都は、今日も平和だ。
だが水面下で、
次の戦場は、もう決まっていた。
それは、
剣の届かない場所。
正義も、悪も、曖昧になる場所。
――人の心だ。
(第十四話・完)
さらなる脅威がカナトを襲う!?




