13. 暗殺
夜だった。
王都は、あまりにも静かだ。
戦争の傷跡も、政治の緊張も――
夜の闇は、すべてを等しく覆い隠す。
カナトは、王城の一室で眠っていた。
配信は、切れている。
神も魔王も、見ていない。
ただの人間としての時間。
⸻
屋根の上。
月明かりの届かない位置で、
“それ”は息を潜めていた。
黒装束。
気配遮断。
存在希薄化。
――賢王会が金で雇った、人間最強格の暗殺者。
名は、ない。
必要ない。
仕事を終え、生き残った者だけが“名を持つ”。
標的:灰原カナト
難易度:S
備考:神性干渉あり(ただし非観測時)
「……今だ」
結界の“揺らぎ”を見逃さなかった。
神と魔王が離れ、
世界が油断する一瞬。
影は、滑るように窓へ――
⸻
その前に。
「――そこまでだ」
低い声。
影が、凍りつく。
月光の下、屋根の縁に立つ女。
銀ではない。
黒でもない。
騎士の青。
エイリンだった。
剣は、抜いていない。
だが、間合いは完全に奪っている。
「……なぜ、ここに」
「あなたが来る気配がしたからです」
暗殺者は、即座に理解した。
――この女、ただの騎士ではない。
「どけ」
「できません」
短いやり取り。
次の瞬間。
⸻
剣が、閃いた。
正確無比な一撃。
人間の急所を、完璧に捉う。
――だが。
金属音。
エイリンは、抜刀すらせずに受け止めていた。
「……!」
暗殺者が距離を取る。
(重い……この女、戦場の人間だ)
魔法は使えない。
音が出る。
毒も使えない。
風向きが悪い。
純粋な、技量勝負。
「あなたは、強い」
エイリンが言った。
「ですが――」
一歩、踏み込む。
「この人を殺すには」
「覚悟が、足りません」
剣が、抜かれた。
⸻
エイリンの剣は、美しかった。
派手さはない。
だが、一切の無駄がない。
暗殺者の動きを読み、
逃げ道を潰し、
“生き残る選択肢”を削っていく。
(……まずい)
暗殺者は悟った。
この女は、
“守るために人を斬れる”騎士だ。
それは、最も厄介な種類。
「……賢王会に、雇われたな」
エイリンの声は、冷静だった。
「ふん...お前が誰かを守るために斬れるなら...」
暗殺者はカナトが眠る部屋の窓に向かって刃を投げる。
「誰かを守るために死ねるよなぁ!?」
エイリンは迷わずに刃めがけて飛び込んだ。
⸻
静寂の中に血が滴り落ちる。
「――撤退しなさい」
エイリンは、告げた。
暗殺者は、目を見開く。
「……なぜ、殺さない」
喉元寸前で、剣が止まっていた。
「あなたは」
一拍。
「この人を“狙った”だけです」
「“傷つけた”わけではない」
剣を、引く。
「甘いな」
暗殺者の膝がエイリンの腹部に入り、鈍い音が静寂に響いた。
エイリンは膝から崩れ落ちる
が、
暗殺者を睨みつけたまま静かに言う。
「....退け」
「....そうさせてもらう。」
その言葉だけ残し、
暗殺者は闇へ消えた。
エイリンの右腕には刃が深く刺さっていた。
⸻
朝。
カナトは、普通に目を覚ました。
「……よく寝た」
窓の外、王都は平和。
何も、起きていない。
その廊下の先で。
エイリンは、鎧の隙間に残る血を拭っていた。
⸻
カナトが廊下に出る。
「あ、おはようございます」
「……おはようございます」
一瞬、目が合う。
何か、言いかけて――
エイリンは、いつもの表情に戻った。
「今日は、何も予定はありません」
「平和ですね」
「……そうですね」
カナトは、気づかない。
昨夜、
自分が“世界で一番無防備な瞬間”に
誰かが、命を懸けていたことを。
⸻
その頃。
《賢王会・内部》
『暗殺、失敗』
『原因:不明』
『対象周辺に、想定外戦力あり』
リュミエールは、報告書を閉じた。
「……なるほど」
微笑む。
「やはり――」
「彼を守っているのは、神でも魔王でもない」
窓の外を見る。
「“人間”ですね」
⸻
王都は、今日も平和だ。
(第十三話・完)
次回もお楽しみに!




