1. 初見さん
「……今日も誰も来ないか」
スマホ画面に映る自分の顔を見て、俺、灰原カナトは小さくため息をついた。
同時視聴者数、0。いつも通りだ。
「えー、底辺配信者の雑談枠です。暇な人、来てくれたら嬉しいなー……」
自分でも情けなくなるほど覇気のない声。
仕事を辞めて、夢だった配信に賭けてみた結果がこれだ。
その瞬間だった。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……え?」
強烈なめまい。足元が消え、体が浮く感覚。
思わず目を閉じ――次に開いた時、そこはもう俺の部屋じゃなかった。
「……は?」
目の前に広がるのは、鬱蒼とした森。
見上げれば、やけに大きな月と、知らない星空。
「ちょ、待って……ここ、どこ?」
慌ててポケットを探る。
スマホは――あった。
画面を見ると、ありえない表示が出ていた。
【LIVE 配信中】
「……切り忘れた?」
恐る恐るコメント欄を見る。
『おお?』
『景色が変わったな』
『これは……新世界か?』
「……え?」
知らない名前のアカウント。
しかも、文章の雰囲気がおかしい。
《全知の神オルメギア》
『映像は確認できている』
《戦神バルド》
『面白い。続けろ』
「……神?」
冗談だろ、と思った瞬間。
【スーパーチャット ¥100,000】
《戦神バルド》
『まずは生き延びてみせろ』
「……は?」
次の瞬間、金属音。
足元に、ずしりと重い袋が落ちた。
中を覗くと――見たこともない金色の硬貨がぎっしり詰まっている。
「……え、これ……現実?」
背筋が凍った。
冗談でも、演出でもない。
この重さ、この匂い、間違いなく“本物”だ。
その時、背後から低い唸り声が聞こえた。
振り返ると、牙を剥いた狼のような魔物が、こちらを睨んでいる。
「ちょ、ちょっと待って!」
逃げようとして足がもつれる。
死ぬ。これ、普通に死ぬ。
コメント欄が一気に流れ始めた。
『危ない!』
『右に跳べ!』
『今だ、運命を少し曲げてやろう』
【スーパーチャット ¥300,000】
《運命の女神リラ》
『祝福(小)を授けますね』
体が、ふっと軽くなった。
反射的に転がると、魔物の牙が空を切る。
次の瞬間、魔物は自分で木に激突し、動かなくなった。
「……助かった?」
膝が震える。
スマホを握る手も、止まらない。
コメントが流れる。
『生き残ったな』
『初配信としては上出来だ』
『この者、見どころがある』
俺は、理解した。
――この世界では、配信が武器になる。
そして視聴者は……神々だ。
「……えっと」
震える声で、カメラに向かって言った。
「初見さん……いらっしゃい?」
画面の向こうで、神々が笑った気がした。
(第一話・完)
次回もお楽しみに!




