第9話『天の砦の翳り』
星の座たちは、天の砦最奥にある私的会議室に集められていた。
天樞・カミーユの呼びかけによる、非公式だが全員出席の協議だった。
開陽のロジオンが気怠そうに問う。
「で? 今回の呼び出し、帳簿の不備ってだけじゃないでしょ。カミーユ、何がしたいのさ」
ロジオンの問いに、カミーユはゆっくりと視線を上げた。
装飾過多な襟元に指を添え、軽く整えると──静かに、そして怒りを隠さずに口を開いた。
「……この件、あたしは怒ってるのよ」
普段と違う、濁りのない言い方だった。
「黒鳥が私的に侍女として白雪を館に入れたこと、それ自体には文句を言わないわ。
でも──その白雪を、“人として殺そうとした”のは、話が別よ」
言葉の一つ一つに、星の座たちがわずかに息を飲む。
「白雪は、今や天樞に正式に登録された陪花。
その彼女を、毒で破壊しようとしたっていうのなら……それは、わたくし自身に対する明確な害意。
──宗家筆頭、そして天樞の星の座への、反逆よ」
アドリアン(天璣)が慎重に口を開いた。
「毒の意図を確定できる証拠は……」
「なくても関係ないわ。
“毒で殺そうとされた陪花が、誰のものだったか”を、あなたたちは忘れたふりをしてるだけよ。
これは、あたしの室に手をかけた話なの。黙ってやり過ごせるわけがないじゃない」
セドリック(玉衡)が書類を軽くめくる。
「責任の所在はともかく、物資経路と帳簿処理が、副管理人・ロナの監督下であることは事実です。
監査対象として彼女を召喚する手続きを──」
「するのよ。いますぐ」
カミーユは間髪入れずに返した。
「彼女を“表に出す”の。帳簿の責任者として、誰の命に、誰の意志で手が伸びたのか。
それをはっきりさせないまま、陪花を殺す手段が曖昧に残るような庭に、あたしはいたくないわ」
静かだったティエリ(搖光)がぽつりと漏らした。
「……一発で殺せなかったのが、惜しかったって誰かが思ってたら、それがいちばん怖い」
誰も返さなかった。
それは事実であり、可能性であり、そして何より──
この庭にいま、確かに存在している“感情の気配”だった。
議論の結果、副管理人ロナを制度上の責任者として召喚し、
補佐役を伴わせた上で、星の座による監査対象とすることが決定された。
そして、カミーユの言葉を誰も否定できなかったという事実が、
その会議のすべてを物語っていた。