表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話『星の座の影』

 星まつり当日。

 宵の空に近い薄明の時刻、星の庭では儀礼の拝礼式が始まろうとしていた。


 灯籠の灯りが、ひとつずつ点っていく。

 陪花たちは並び、順に花名を添えて名乗る。


 白雪の立ち位置は、末席の一歩後ろ。

 本来なら壇には上がらない補助席扱いであったが、今日だけは儀礼進行の都合で“待機列”として名簿に記載されていた。


 風がそっと吹き抜け、装束の紐を揺らす。

 白雪は胸元に手を添え、呼吸を整えた。

 体の内側が、さっきから妙に熱い。けれど、緊張のせいだと自分に言い聞かせていた。


 「──白雪さま」


 イーヴの声が背後から届いた。

 振り返ると、彼がいつものように控えめな距離で立っていた。


 「お加減、いかがですか」


 「……だいじょうぶ、です。今日だけは、どうしても立っていたくて……」


 イーヴは何も言わなかった。

 ただ一瞬、視線が彼女の右手を通りすぎ、壇の上を見た。


 白雪は気づかず、静かに一礼して列へと戻る。


 星の座が順に拝礼を終え、主花たちが前に出る。

 その後ろ、陪花が一人ずつ名乗りを行い、次席へと引いていく──


 白雪の番は、末尾から三番目だった。


 前の者が名乗りを終え、二歩進み出る。


 白雪は、ふと喉が詰まるのを感じた。


 視界がぼやける。

 香炉から漂う祭礼香が、さっきまでと違って鼻の奥に刺さるようだった。


 熱い。


 でも寒い。


 耳の奥で、何かがきしむような音がした。


 誰かの声が聞こえた気がした。

 けれど意味がわからなかった。


 名前を、言おうとした。

 でも、口が動かなかった。


 なぜだろう。

 なぜ──

 ──自分の名前が、出てこない?


 足元が揺れた。

 倒れる。そう思った瞬間、誰かの腕が彼女の体を受け止めた。


 「……白雪さま!」


 イーヴの声だった。

 その手は迷いなく支え、すぐに脈をとり、額に触れ、指先で目を追った。


 「反応異常……。香ではない。これは、体内からだ」


 白雪の体が、熱に浮かされたように微かに震えていた。

 彼女の唇が何かをつぶやいていたが、それはもう、誰にも聞き取れなかった。


 壇の上。

 星の座たちは誰一人、声をあげなかった。

 天璣も、玉衡も、開陽も、搖光も──天樞までも。


 彼らは、ただ見ていた。

 白雪が倒れる瞬間を。


 騒ぐ主花は一人もいなかった。

 陪花たちは数歩退き、何事もなかったように口元を整えた。


 ただ一人、イーヴだけが動いていた。


 「搬送します。通路を──」


 短く、それだけを言って、白雪を抱き上げる。


 誰も応じない。

 道は、自然と空いた。


 灯籠の灯が揺れていた。


 白雪の手は、その光に向かって伸ばされたまま、そっと力を失った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ