第4話『星の座の影』
星まつり当日。
宵の空に近い薄明の時刻、星の庭では儀礼の拝礼式が始まろうとしていた。
灯籠の灯りが、ひとつずつ点っていく。
陪花たちは並び、順に花名を添えて名乗る。
白雪の立ち位置は、末席の一歩後ろ。
本来なら壇には上がらない補助席扱いであったが、今日だけは儀礼進行の都合で“待機列”として名簿に記載されていた。
風がそっと吹き抜け、装束の紐を揺らす。
白雪は胸元に手を添え、呼吸を整えた。
体の内側が、さっきから妙に熱い。けれど、緊張のせいだと自分に言い聞かせていた。
「──白雪さま」
イーヴの声が背後から届いた。
振り返ると、彼がいつものように控えめな距離で立っていた。
「お加減、いかがですか」
「……だいじょうぶ、です。今日だけは、どうしても立っていたくて……」
イーヴは何も言わなかった。
ただ一瞬、視線が彼女の右手を通りすぎ、壇の上を見た。
白雪は気づかず、静かに一礼して列へと戻る。
星の座が順に拝礼を終え、主花たちが前に出る。
その後ろ、陪花が一人ずつ名乗りを行い、次席へと引いていく──
白雪の番は、末尾から三番目だった。
前の者が名乗りを終え、二歩進み出る。
白雪は、ふと喉が詰まるのを感じた。
視界がぼやける。
香炉から漂う祭礼香が、さっきまでと違って鼻の奥に刺さるようだった。
熱い。
でも寒い。
耳の奥で、何かがきしむような音がした。
誰かの声が聞こえた気がした。
けれど意味がわからなかった。
名前を、言おうとした。
でも、口が動かなかった。
なぜだろう。
なぜ──
──自分の名前が、出てこない?
足元が揺れた。
倒れる。そう思った瞬間、誰かの腕が彼女の体を受け止めた。
「……白雪さま!」
イーヴの声だった。
その手は迷いなく支え、すぐに脈をとり、額に触れ、指先で目を追った。
「反応異常……。香ではない。これは、体内からだ」
白雪の体が、熱に浮かされたように微かに震えていた。
彼女の唇が何かをつぶやいていたが、それはもう、誰にも聞き取れなかった。
壇の上。
星の座たちは誰一人、声をあげなかった。
天璣も、玉衡も、開陽も、搖光も──天樞までも。
彼らは、ただ見ていた。
白雪が倒れる瞬間を。
騒ぐ主花は一人もいなかった。
陪花たちは数歩退き、何事もなかったように口元を整えた。
ただ一人、イーヴだけが動いていた。
「搬送します。通路を──」
短く、それだけを言って、白雪を抱き上げる。
誰も応じない。
道は、自然と空いた。
灯籠の灯が揺れていた。
白雪の手は、その光に向かって伸ばされたまま、そっと力を失った。