表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第1話『薄紅のしずく』

 控室の扉は半分ほど開いていた。

 白雪は、誰かが中にいるのではと気を遣って、そっと中を覗き込んだ。


 部屋の中は静かで、薄い白布をかけたテーブルが一つ。

 上には、銀縁の小皿が置かれていた。

 その上にちょこんと乗っているのは──砂糖漬けの菫だった。


 淡い紫の花弁に、白い砂糖が細かく散っている。

 控室の空気に溶けこむように、まるで最初からそこにあったかのように馴染んでいた。


 白雪は立ち止まったまま、小皿を見つめた。

 誰が置いたのだろう。いつからあったのだろう。自分のために? それとも──


 「……イーヴさま、かな」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 彼が自分の好みを覚えていたとは思えなかったが、そうであったら嬉しい、というくらいの想像だった。


 席の端に腰を下ろし、白雪はそっと手を伸ばした。

 花びらは軽く、指に触れると、かすかにきらめく砂糖が落ちた。


 口に入れると、しゃり、と静かな音がした。

 甘さは思ったより控えめで、ほんの少し、舌の奥に苦みがあった。


 ──けれど、それは嫌な味ではなかった。


 ただ、すこしだけ喉が渇いた。

 控室の水差しに手を伸ばしかけて、白雪はやめた。飲まなくても、大丈夫な気がしたから。


 空になった小皿をそっと押し戻し、席を立つ。

 それだけの出来事だった。


 控室の扉は、出ていく白雪の背中に合わせるように、風で少し揺れた。

 中には誰もおらず、花の香りだけが、ふわりと残っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ