五話
畑に来て、セレネはやっと一息ついた気持ちになった。
そして思い返す、ノクスの冷たく観察するような視線……。
(やっぱり、演技だわ)
ノクスは、正式な使者であることをなんらかの方法で領主に認められた。その上で、この島に残った。
その目的は――。
(わたしを連れて帰るって、本気なのかしら……)
嘘であって欲しい。あの男は、怖い。
冷ややかな目。あれは、わざとだ。自分にだけ、わざと見せたのだ。
そう考えると、ますます得体が知れず、恐ろしく思える。
震える手をごまかすように、セレネは畑の土へと手を伸ばした。
「オレがやるから、あんたはそこで指示を出せ」
「ひぃっ!」
自分だけだと思った畑。
にも関わらず、突然、にょきっと横から伸びてきた手に腕をつかまれ、セレネは悲鳴を上げる。
「あ、貴方、どこから……!」
「どこって、塔からに決まってるだろう。同じ所にいたんだから」
「どうして、わたしの後を追ってくるのですか!」
「あんたが、ひとりで行くからだ。後を追うのは当然だろう」
「い、意味が分かりません」
まるで親鳥の後を追いかける雛か、飼い主が大好きな犬のような行動だが、自分より大きな異性にやられても怖いだけだと、セレネは首を横に振った。
するとノクスは、不思議そうに首をかしげる。
「そうか? なんで分からないんだろうな」
知らない。そして、知りたくもない。
いいから手を離して、どこかへ行って欲しい。
希望を心の中で羅列するが、実際は口に出せないセレネは、カタカタ震えているだけだ。
彼が表面通りの人間ではないと知って、苦手意識が加速している。
それに気付かないはずがないだろうに、ノクスは当然とばかりに、そばから離れない。
「で? なにをすればいい?」
「な、なにを?」
「芋をとるんだろう。ここを掘り返せばいいのか?」
「い、いえ、わたしがやるので、貴方は中で休んでいて下さい」
か細い声で、なんとか訴えた。すると、ノクスの片眉がぴくっとはねる。
「オレが言ったこと、聞こえていなかったのか? オレがやるから、あんたは指示を出せって言っただろう」
「だ、だってこれは、わた、わたしの……」
「あんたがするべきことは、早急に荷物をまとめて、オレと一緒に行く決意を固めることだ。芋掘りじゃない」
「う、うぅぅ……」
手を捕まれたままズイと凄まれ、セレネはとうとう涙目になった。
ノクスは、もともとつり目なので、凝視されると睨まれているようで怖いのだ。
背が高いのもよくない。上から押しつぶされるような威圧感がある。
「ぐずってないで、命令しろ。芋を掘れでも、手を離せでもいいから。ほら、早く言え」
「む、無理です」
「無理じゃない。なんなら、無礼者となじっても良いぞ。あんたは、そうするだけの権利がある」
そんな権利はいらないと、必死に首を横に振る。すると、ようやく手が離された。
セレネは素早くノクスから距離をとる。
「……まるで、追い詰められた小動物だな」
ため息交じりの声が聞こえた。
また、冷ややかな目を向けるのだろうかと思っていたが、ノクスの顔は予想に反したものだった。
「泣くな。なんで泣くんだ」
困った顔で、セレネを見ている。
貴方が怖いからだと言えればどんなに良いかと思いながらも、小心なセレネは黙って首を横に振る。
けれど、ノクスはなおも続けた。
「なにが不満なんだ?」
不満?
貴方が来て、静かな日々が乱されていることが不満だ。
むしろ、なぜ不満がないと思ったのだと言ってやりたい。
しかし、セレネは言えない。
だから、また首を横に振る。
「なにが、そんなに嫌なんだ」
嫌?
嫌なもの、嫌なこと……そんなもの、たくさんあった。
しかし、口にしてどうにかなるわけでもないと、首を横に振る。
「姫。言葉にしろ。そうじゃないと、誰もあんたの本心に寄り添えない。みんな、あんたの言葉を待ってるんだ」
「……え」
気がつけば、ノクスがずいぶんと近くまで来ていた。
せっかく離れたのに、彼は手を伸ばせば触れられる距離にいる。
視界には困った顔。それは、すぐにジワリとにじんだ。
「顔を上げろ、声を出せ、お嬢様としての仮面はもういい。あんたの言葉で説明しろ、セレーネレシェンテ姫」
「……ばないで」
「なに?」
「その名前で、呼ばないで。それは不吉な名前よ。わたしは、この島で……優しい人たちのおかげで、なに不自由なく生きていられるの。今さらになって、静かな暮らしを邪魔しないで。島の平穏を乱さないでください」
「……優しい、ねぇ。あんたは、どこまでもおめでたい。それとも、そういうふりをしているのか? お嬢様なんて呼ばれ方、軽んじられている証拠だろう。意図してあんたの誇りをそぎ落としているんだろうが! ここの奴らは、あんたが思っているほど善良じゃない。なにせ、子どものあんたを塔に閉じ込め、誇りを奪うことで甘い汁をすすってたんだからな!」
「――馬鹿にしないで!」