四話
ノクスと名乗った行き倒れを拾ってから数日――。
「よお姫様、待たせたな。今日もノクスが遊びに来たぞ。嬉しいか?」
――いいえ、まったく。
セレネは、喉元まできていた言葉を飲み込んだ。
一体、この男は、なんなのだろう。
数日前の行き倒れは、ちゃっかり島に滞在し、日々を満喫しているように思える。
今だって、笑顔のメリッサの後ろで荷物持ちをし、さも当然という顔で一緒に塔の中へ入ってきた。
(このくつろぎ方は、なんなのかしら。ここは、仮にも幽閉場所よ。遊びに来るような所ではないのだけれど)
けれど、メリッサが咎めないということは、領主の許可があるということだ。
こうして、ある程度の自由が許可されているのならば、彼は本物の使者だったのかとセレネは目を細めた。
メリッサは、楽ちんだったと笑いながら、朝食の準備に取りかかっている。警戒する素振りもない。
ふとセレネがノクスを見ると、視線がぶつかる。
「オレはある程度自由に動き回れるぞ。島の様子を好きに見ていけって言われてるからな。まあ、一応、お目付役にメリッサさんがいるけど」
「そりゃあ、ノクスさんが海に落っこちて溺れかけていたからだろう。危ないから、なるだけ目を離すなって言われてるんだよ」
カラカラと明るく笑うメリッサ。
その笑い声に含む物はないと確認し、セレネはぽつりと呟いた。
「泳げないのですか?」
「泳げる!」
「でも、溺れていたって……」
「網に引っかかったんだよ!」
「それが聞いて下さいよ、お嬢様! この前の話なんですけどね、ノクスさんったら領主様のところへ行く途中、犬に吠えられて。それを追いかけ回してたら海に落っこちて、網に絡まっちゃって! 漁師は、食えない大物が引っかかったって大笑い。風邪引くからって着替えさせたりなんだりしてたら、もう夜になっちゃって!」
あの日、メリッサが来なかったのは、緊迫したやり取りがあったからだろうと思っていた。
だが、まさか、こんな間抜けな理由だったとは……。
想像していなかった真実に、セレネは絶句し思わずノクスを見た。
「なんだ?」
「犬を追いかけ回すって……貴方は、いくつの子どもですか」
「あぁ? だって、ケンカ売られたら腹立つだろう」
「…………」
ダメだ、この男は馬鹿だ。セレネは、そっと視線をそらす。
「今、オレのこと馬鹿だと思っただろう」
「なぜ分かったのですか……!?」
「素直かよ!」
ふくれるノクス。その仕草は、ずいぶんと子どもっぽい。
かしこまった顔、人を馬鹿にした顔、冷ややかな顔――たった数日で、彼は多くの表情をみせている。
まるで、どれが彼の本質か分からないよう、覆い隠すように。
「…………」
演技かもしれない。
しかし、どこまでがそうなのか、セレネには分からない。
今こうして話している彼は、とても単純そうに見える。
けれど、流刑地の番人という側面を持つ島民の懐にあっさり入り込んでいるのだ、これが本当の顔だとは限らない。そこに、真実が含まれているとも限らない。
(嫌だわ……こういうの)
人の裏の顔を想像し、あれこれと考えるのは疲れる。
そういうことは、王城にいる、相応の者達がやっていればいいことであり、流刑地にいる自分には関係ない。
そんな考えが脳裏をかすめたセレネは、ぎくりと身をすくめた。子どものようなふくれ面を見せていたノクスが、冷ややかな目で自分を見ていることに気がついたのだ。
自分の考えを見透かすような、静かで冷たい目。
それ以上、直視したくなくて、セレネは籠を持つとメリッサに声をかけた。
「わたし、お芋を取りに行ってくるわね」
にこやかなメリッサの返事を聞きながら、逃げるように裏の畑に向かった。