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一話


 いつまでも、夢に浸っている暇はない。

 現実に立ち返ったセレネは、現在塔の外の――といっても、敷地内にある――畑にいた。


「うふふ、今年はお芋の出来がいいわ」


 手ずから育てた野菜たち。

 土からころんと掘り返した芋を見て、セレネは頬を緩ませる。


「よかったですね、芋はお嬢様の好物ですもの! どれ、あたしが腕によりをかけて、おいしい料理を作ってあげますよ!」


 収穫を手伝ってくれた世話役の女性、メリッサが張り切った声でグッと腕まくりをする。


「うれしい! メリッサのお料理は全部美味しいんですもの! 今から楽しみだわ!」

「そう言って食べてくれるのは、お嬢様だけです。うちの家族なんて、これは飽きただの、肉がいいだの、まぁワガママばっかりで!」


 そう言いながらも、メリッサの表情はとても優しい。

 セレネが収穫した芋を手早く籠につめていく彼女が、本心から怒っているわけではないのがよくわかる。


「ふふ、メリッサの料理に飽きるなんて、そんなことあるわけがないわ。みんな、本心では大好きなのよ」


 こう言うと、メリッサがまんざらでもなさそうに笑うのを知っているから、セレネは望まれているだろう言葉を口にする。そうすると、想像通りの笑顔が返ってくるから。


 ――うちの家族。


(素敵な言葉……)


 うらやましいという気持ちを押し殺し、セレネも笑う。

 笑いながら芋を掘り返していると、メリッサから「これくらいあれば、充分ですよ」と止められたので、土で汚れた手を井戸水で洗うことにした。


「お嬢様は、本当に働き者ですね。なにも、ご自身で畑なんて耕さなくても……。お嬢様ひとりの食べる分くらい、いくらでも用意できますのに」

「自分のことは、少しでも自分で出来るようにならないと。いつまでも、島のみんなに甘えて、迷惑はかけられないわ」

「迷惑だなんて、そんな! お嬢様は、あたしら島民にとって、大切なお方なんですから!」


 廃位され流刑に処された小娘が、大切とは……どういう意味だろう。

 セレネは時々、心の中で、そんなひねくれたことを考えてしまう。


(ああ、でも、少しは利益があるわね)


 自分がここにいる限り、この島には相応の物資が送られる。

 なぜならエルド島は流刑地だから。そして島の中央にあるこの塔は、監獄。

 エルド島は、表沙汰には裁けない存在――高貴なる者を、生涯閉じ込めておくための檻なのだ。


 セレネは名すら取り上げられた存在だが、その身に流れるのは間違いなく王家の血。


 だから、どうにもできずここに閉じ込めた。

 だから、畑を始めても咎められない。

 不自由ない程度の暮らしをおくらせてもらえる。あくまでも、この島の中……塔の囲いを出ない上での話だが。

 小さな島で暮らす人々にとって、やっかいな囚人は、多大な恩恵を授けてくれる存在でもあるのだ。


(だからみんな、大切にしてくれるのよ……なんて考えてしまうなんて……嫌な子だわ、わたし)


 それを受け入れているのは他ならぬ自分自身だとセレネも分かっている。

 なにせ、一度も外に出たいなんて思わなかったのだから。セレネは自身を無力な世間知らずだとわかっていたから、大それたことは考えなかった。

 そして、これからも考えない。

 こうして静かに緩やかに、ただただ安寧の日々は過ぎていく。


 ――そのはずだった。


「あら?」


 井戸で手を洗い終えたセレネは、塔を囲む木々の間から、何かが伸びているのを見つけた。


(折れた木の枝……にしては太いけれど……丸太にしては細いわね。というか、木にしては、色が――)


 何気なく近づいて、息をのむ。


「ひっ!」


 それは、無造作に投げ出された人の腕だった。


 恐る恐る腕の先をたどれば、うつ伏せに倒れている人の姿が目に入る。

 胴体がつながっていたことで、いったんは安堵したセレネだが、今度はピクリとも動かない行き倒れに、不安がつのった。


「あ、あの……もし?」


 少しずつ距離を詰め、声をかける。


 何の反応もないことで最悪の事態を想像したセレネだったが、一縷の望みをかけ、行き倒れの肩を揺すろうとした。


「大丈夫ですか?」

「――っ」


 かすかに指先が触れると、初めて小さなうめき声があがり、頭が持ち上がった。

 若い男だ。

 なぜこのような場所でひとり倒れていたのかは不明だったが、死体ではないだけありがたい。


(よ、よかった、生きていたわ)


 だが、ほっと胸をなで下ろしたのも、つかの間だった。


「……あんた……」

「え?」


 低く掠れた声は、明らかにセレネに向けられていた。

 今の今まで意識がなかった相手とは思えないほど鋭い視線で射貫かれ硬直していると、強い力で手を握られた。


「ひっ……離してください……!」


 ぐぎゅるぐうぅごごごごごご――。


 これはもしや暴漢の類いだろうかと思い至り、ようやくか細い悲鳴をあげたのと、地鳴りのような音が響いたのは、ほとんど同時だった。


「……頼む、なにか、食えるものを恵んでくれ……!」


 それだけ言うと、再び意識を失った男。

 自分の悲鳴をかき消すほどの奇怪な音が、彼の腹の音だったとセレネが気づいたのは、メリッサの呼ぶ声が聞こえてきてからのことだった。

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