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十六話 

 

 セレネの指摘を聞いた途端にノクスが浮かべた表情は、心底嫌そうなものだった。思わず、凝視してしまうほどに。


「……あんたが、こっちを見てくれたのは嬉しいのに、なんでだろうな? ……すげームカムカする」

「え、ご、ごめんなさい」

「ダメだ、うつむくな。……これは、違う。あんたに、じゃない。あんたが原因じゃなくて……。ああ、クソ、あの野郎……! こんな時までオレの邪魔するのかよ……!」

「ノクス? 誰の話をしているの?」

「あんたの親父の話。あいつ、腹立つから嫌いなんだよ。姫の親父じゃなけりゃ、五、六発はぶん殴ってた」

「そんなことをしたら、貴方は死刑よ」

「だから、我慢したんじゃないか――死んだら、あんたに会えない」


 拗ねたような口ぶりに、セレネは戸惑った。

 この態度、完全に不敬だ。騎士が王に――だなんて、有り得ない。


「……あんたのためなら、どれだけ気に食わなかろうがあの男に頭を下げることだって耐えられた。あんたの顔を思い浮かべて、ずっと我慢してきた。――それで、ようやく我慢が実って会えたのに……よりにもよって、姫に変な誤解をされているなんて……」


 絶望的な声音で呟くノクス。

 あまりにも不敬で、あり大げさすぎる彼の言葉に戸惑いつつ、セレネは確認する意味で問いかける。


「誤解って……貴方が言ったことでしょう?」

「オレは、一言もあの男の話はしていない」

「で、でも、陛下の命令でわたしを迎えに来たって」

「そりゃあ、来るさ! あんたに会うための、絶好の口実だぞ!? 一も二もなく承諾して、飛んでくるに決まってるだろう! だって――あんたは、オレにとって、ただひとりの主なのに……!」

「――――」

「そうだろう?」


 さも当然とばかりに、ノクスが言い放った。

 気がつけばセレネは右手をとられ、ごく自然な仕草で甲に口付けられる。


「主? わたしが? ――一体、なんの冗談?」

「約束しただろう、姫」

「約束?」

「ああ。オレは、じーさんと約束した。じーさんの代わりに、これからはオレが姫を守るって。それから、あんたとも」


 記憶にない。

 セレネが物心ついた頃には、すでに祖父は他界していた。

 肖像画でしか見たことがない祖父と、目の前にいるノクスに面識があったとは考えられない。

 だが……。


「必ず、迎えに行くって言っただろう?」

「――あ」


 その一言で、これまでおぼろげだった記憶が、繋がる。

 ともすれば、自分の都合のいい夢だとすら思っていた思い出。

 モヤがかかり薄くなっていた光景が、鮮明に思い浮かんだ。


 必ず迎えに行くと、片膝をつき約束してくれた騎士の顔も。

 黒い髪に鋭い眼差しの彼だが、本当はとても優しく、小さな姫の話に辛抱強く付き合ってくれた。


「……貴方、あの時の……――首だけお化けさん……!?」


 とんでもない呼び名だが、ノクスは目を細めて、笑い声を上げた。


「はは、懐かしいな、それ。でも、昔も今も、ちゃんと足があるだろう? だから……――どれだけ離れてたって会いに来たぞ、オレの姫様」


 迎えに行く。

 その場限りの嘘だと思っていた。

 騎士が、現実を知らない哀れな姫に同情したため、優しい嘘を吐いたのだと――。


「……貴方、昔と言葉遣いが違いすぎるわ」


 泣きそうになったのを誤魔化すため、つい憎まれ口を叩いてしまう。

 すると、ノクスは困った顔になった。


「あの頃は、あんたに気に入られようと思って必死だったからだ。こっちが素だ。嫌か?」

「……嫌なわけ、ありません」

「そうか! よかった! ――うん、よかった!」


 パッと分かりやすく顔を輝かせたノクスは、ひょいとセレネを抱き上げる。


「ちょっと……!?」


 そして、くるくると回り出した。


「なに!? なんなの!?」

「すまん、ちょっと浮かれてる。許してくれ、姫」


 そう言われてしまえば怒れないと、セレネも笑ってしまう。


「約束、守ってくれてありがとう、ノクス」

「これくらい、お安いご用だ。――あんたがいるなら、そこが地の果てだろうと必ず迎えに行く」


 セレネは考える。

 ノクスは、誠を示した。

 疑い、拒絶し、一度は背を向けた自分に対して、どこまでも真摯に向き合ってくれた。

 ならば、自分が出来ることは何だろうと。


「――ノクス、わたし……貴方を信じるわ」

「姫?」

「……だから、お願い。わたしを連れて行って。陛下……いいえ、お父様の元へ」


 幼い頃の約束通り、セレネを迎えに来た騎士は答えた。


「仰せのままに、我が主」


 ――約束を果たした騎士は、かつての約束を果たそうとする主を誇らしげに見つめ、微笑んだのだった。

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