十三話
セレネは、エセルスの言葉を信じなかった。
もたらされた情報は驚くべきものばかりだったが――それでも、ノクスのことは、彼自身の口から聞かなければならないと思った。
だが……。
(ノクスに会いたくても……わたし、塔から出られないんだったわ……)
塔の敷地内ならば散歩として目を瞑られてきた。
だが、今はエセルスが置いていった者達が、塔の出入り口を塞いでいる。護衛と言っていたが、真意は違うだろう。
(これは、監視だわ)
外からの侵入を警戒しているにしては、気を張っている様子がない。どこか余裕がある。なにより、彼らの注意は外ではなく、塔へ向いている。
彼らはセレネの監視役として配置されているのだ。
事実、メリッサはすぐに帰されてしまったようだし……、すべてエセルスの思うがままになっている。
それを不快に思えど、セレネは所詮非力な小娘だ。あの屈強な男たちを突破していくことは出来ない。
なにより、そんな手荒なことをして塔の敷地外へ出れば、島民たちが責を負わされる事態に陥るだろうことを重々承知していた。
己の立場を分かっていたから、これまでは塔の敷地内が行動範囲の限界でかまわなかった。
塔から出ることを制限されても、仕方がないですませることができた。
外に出たいなんて、思わなかった。
初めてだ。
自分の意思で、外に出たいと思ったのは。
そして、それすら出来ない自分を歯がゆく思ったのも。
だが、諦めてはいけない。諦めない。
(夜よ……夜を待つの)
セレネは窓の外で揺れる木を見て、決意した。
それから――エセルスはあの後、顔を見せることはなく日が暮れた。塔の出入り口を塞ぐ者達は、今は退屈そうにあくびをしている。
一階の窓から監視者たちの気の抜けた様子を確認すると、セレネはらせん階段を上った先にある、自室へと駆け込む。そして、灯りを吹き消し部屋を暗くし、窓を開けた。
窓の外には、暗闇が広がっている。
(な、なにも見えない……)
以前、ノクスが飛び移ってきたように木を利用して外に出ようと思ったが、暗闇では木との距離感すら掴めない。
(でも、行かないと)
バレないように抜け出して、それから――。
「探さないと……」
小さな独白。本来なら返事などないはずなのに、暗闇から低い声が帰ってきた。
「こんな夜更けに人捜しなんて、危ないぞ」
「!」
セレネはぎくりとして暗闇に目をこらすが、なにも見えない。ゴシゴシと目をこすったが、結果は同じだった。
すると、その動作がおかしかったのか笑い声が聞こえる。
「というか、そもそも抜け出すのが無理だろう。まさか、窓から飛び移ろうなんて思ったのか? あんたは鈍くさいんだから、そのまま落ちて怪我をするのが目に見えてる。……誰に会いたいんだ? 連れてきてやるから、名前を言え」
呆れたような口ぶりなのに、最後に付け加えられた言葉は優しい。
セレネは、暗がりに向かって首を振った。
「……いいえ。もう、いいの」
チッと、舌打ちが聞こえた。
「……オレに頼るのが、嫌なのか?」
「そうではなくて……――探し人は、ここにいるから……もういいの。そうでしょう、ノクス」
暗闇の中、木々が揺れた。
このまま話を続けていれば、いずれ気付かれるかもしれない。
セレネは、声を潜めた。
「中に入って。貴方に、聞きたいことと――伝えたいことがあるの」
言って、奥に引っ込む。
彼は、来てくれるだろうか。
それとも、興味がないと帰ってしまうだろうか。
セレネは見えもしない暗闇に目をこらし、ノクスを待った。




