三崎悠斗を主人公にする計画
体育祭が終わって数日後、いつも通りの平穏な教室に戻ってきたかと思っていたその時だった。昼休み、クラスの入り口に小柄な女の子が立っているのが見えた。
髪は肩くらいまでで、制服のリボンが1年生の色だった。 その子は不安そうに教室を見て回ってから、僕の方に真っ直ぐ歩いてきた。
「えっと……三崎先輩ですよね?」
「え、僕?」
突然のことで驚きながらも、周囲の視線がここに集まっているのを感じて、仕方なく聞き返した。
「そうだけど……君は?」
その子は大きく深呼吸をしてから、覚悟を決めたような表情でこう言った。
「私、1年B組の松浦彩花です。」
「三崎先輩を見て、私、気づいたんです。主人公にすべき人は朝倉くんじゃなくて、三崎先輩なんだって!」
その言葉を聞いたとき、僕は思わず固まってしまった。 しかし、横にいた一条天城さんと遼は、目を輝かせていた。
「松浦さん、分ってるわね!」一条さんが興奮気味に聞いた。
「いえ、そんな……私はまだまだ初心者で……でも、由梨先輩みたいな人を目指して、ヒロインを頑張ります!」
「わかったわ! 私もヒロインとして、主人公を守るために全力を注いでるの!」
「すごいです! 私も見習いたいです!」
(一条さんと似たような志向の人がもう一人増えた……)
そのことを僕は考えていたら、さらに遼も、にやりと笑いながら言った。
「いいじゃねえか! 松浦、君も俺のチームに入れよ! 悠斗を主人公にする計画には、ヒロインが何人いても難しいしな!」
「天城、先輩ありがとうございます! 私、頑張ります!」
松浦彩花は完全に遼と一条さんの仲間になった。 そして彼らは、「悠斗を主人公にする計画」をさらにスケールアップさせることを決めたらしい。
松浦は、小柄で恋愛雰囲気を持ちながらも、熱血で突っ走る一面がある。 特に「ヒロインらしさ」を学ぶために、一条さんを「師匠」として慕い始めた。
「由梨先輩! ヒロインとしてどう立ち振る舞えば、教えてください!」
「いいわよ!まずは主人公を守るために、彼が何を必要としているのか考えるのよ!」
その真剣な会話を、私は遠巻きに見ながらため息をついた。
(……これ、絶対にめんどうくさいことになるやつだ)
そして松浦さんは、ふと「ヒロインらしい」行動を始めた。
午後、僕が荷物をまとめて帰っていると、松浦さんが駆け寄ってきた。
「三崎先輩! カバン、持ちましょうか?」
「いやいや、そんなの自分でもつから」
「でも、ヒロインは主人公をサポートするのが役割ですから!」
松浦さんのキラキラした瞳に押され、僕は何も言えなくなった。 横から一条さんがニヤリと笑いながら付け加えた。
「いいじゃない、三崎くん。ヒロインに甘えられるのも主人公の特権よ!」
「……そんな特権はいらないんだけど」
そのやりとりを見て、遼が爆笑しながら肩を組んでくる。
「悠斗、お前、だんだんらしくなってきたな! これ、マジでラノベの序章って感じだぞ!」
「……僕の人生、どこに向かってなんだろうな」
まずは、松浦彩花が正式に入った「三崎悠斗を主人公にする計画」は、ますます騒ぎがしいものになってしまった。そして僕は、そんな3人に振り回されながらも、少しずつ自分の役割や立場について考えようになっていく。
(本当に主人公になんてなれるのかわからないけど……少なくとも、この日常が前より面白くなったのは確かだな)
そんなことをぼんやりと思いながら、僕の日々はさらに騒がしい展開が続いて進んでいく。
体育祭の熱が少し冷めた放課後、校庭の隅にあるベンチで、僕は1年生の朝倉隼人と並んで座っていた。 彼が「少し話したいことがある」と言ってくれたからだ。
「三崎先輩……体育祭、お疲れ様でした」
「うん。朝倉くんもお疲れさま」
お互いに言い合ったあと、しばらくの間、気まずい沈黙が続いた。
「僕、松浦さんから聞きました。三崎先輩が今、天城先輩たちに『主人公のようされようとしてる』って」
「……まあ、そんな感じかな。正直、どうしたらいいのかわかってないけど」
僕が肩をすくめると、朝倉君は意を決して話し始めた。
「実は、僕も少し似たような状況だったんです。松浦さんが僕を主体にしていたって言っていて、すごく一生懸命で……」
「そうだったんだ」
「でも、体育祭が終わったら、急に『私は三崎先輩をサポートする』って言い出して……正直、ほっとしました」
朝倉くんは心から安堵している様子だった。
「僕は主人公になんてなれないから。普通でいいんです。三崎先輩は違うかも知れませんけど……僕は、誰かに期待されるのが少し苦手で」
「……僕も、同じだよ」
「え?」
「なんていうか……期待されるのは嬉しいけど、それをどうすればいいのかわからなくて。ただ、天城とか一条さんとかが、すごく楽しそうにしてるから、つい流れちゃうんだよね」
「それ、すごくわかります」
二人で笑い合った。妙に近しい感覚がそこにあった。