転校生一条由梨
放課後、教室にはちらほらと残る生徒たち。 帰り支度をしていると、隣の席の一条さんが唐突に立ち上がって、僕の席に顔を出してきた。
「三崎くん、少し時間ある?」
その予想外の言葉に、僕は驚きのあまり固まった。
「え、僕に……?」
「そう。ちょっと話したいことがあって!」
一条さんはにっこり微笑みながら手を差し伸べる。
僕は不安を感じながらも、彼女に促進されるまま庭へ向かった。
(……これはきっと、遼のことだよな)
僕は心の中で勝手に結論を出していた。だって彼女みたいな美少女が、僕なんかに用事があるわけがない。
彼女が足を止め、振り返る。 僕の胸は妙にざわついていた。
「三崎くん、私、気づいちゃったの」
「……何?」
「三崎くん、友達少ないでしょ!」
「えっ……?」
僕は思ってもいない言葉を受け止めた。 まさかそんな言葉が出てくるとは予想もしていなかった。
「今日一日中、クラスを観察してたんだけど……三崎くんって、ほとんど誰とも話してなかったよね。まるで影のようだったわ」
「そ、それは……」
僕は言葉に詰まってしまった。
彼女は昼からしか教室にいなかったのになぜそこまで的確な言葉が言えるのだろうか
「大丈夫! 私に任せて!」
一条さんは胸を張り、自信満々に言い放った。
「……任せるって、何を?」
「三崎くんみたいなモブキャラには、ヒロインの苦しみが必要なのよ!」
その言葉に、僕は頭が真っ白になった。
「えっと……ヒロイン、って?」
「そうよ! 私は転校生で可愛いヒロイン枠だから、こういうときは目立たない子を助けるのが役割なの!」
彼女の真面目な顔を見て、僕は何かの冗談かと思った。でも、かなり本気で言ってるようだ。
「ほら、小説とかでよくあるでしょ? 転校生の美少女が、クラスの地味な子と仲良くして、彼の人生を変えてあげるの。あれって素敵じゃない?」
「……いや、そんなの現実じゃない」
「現実かなんかじゃないのよ! 大事なのは、そういう展開を実現する私の努力!」
一条さんの瞳はキラキラと輝いていて、まるで夢を語っていたようだった。
僕はどうやって見ればいいのか分らず、ただ黙って立っていた。
「三崎くん、私と一緒に頑張ろうよ。まずはクラスの人と話す練習からね!」
「え、いや……そこまでしなくても……」
「そんなこと言ってたらダメよ! ヒロインの私が手を差し伸べているんだから、感謝して素直に協力しなさい!」
一方的にそう言い切られ、僕は軽いため息をつくしかなかった。彼女の勢いに押されて断ることなんてできない。
帰り道、いつものように遼と一緒に歩いていると、彼が興奮した様子で僕に詰め寄ってきた。
「おい悠斗、なんだよあの展開! 中庭で転校生と二人きりってどういうことだ!?」
「いや、別に……何でもないよ。ただの世間話だって」
「嘘つけ! これはもうお前が主人公として覚醒するフラグだろ! どんな展開が待ってるか、ワクワクしてきたな!」
遼のそんな話を聞きながら、僕は一条さんの「ヒロイン発言」を思い出していた。
(遼と一条さん、どっちも自分を小説の登場人物だと思ってる……がどうしてこんな人たちばかり僕の周りに集まってきたんだろう)
そう心の中で泣きながらも、少しだけ笑いがこみ上げてくるのを感じた。