Interest:5 情緒を揺らす
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
第5話となります。
誤字脱字、ご意見ご感想などお待ちしております。
アブローズからの文の後、その翌日になるとサマーアイル家の接触は早かった。
工房にいるラスルの前に現れたのはアンドレアスの母親とサマーアイル家の侍女だった。
スワンテイルと名乗る女性の髪は天然香料で作られた洗髪剤で美しい艶で整えられているが、前髪や両耳の辺りの髪には白髪が一面に散乱しており、二重になる眼窩の下は寝不足なのか黒ずんだ部分が著実にに現れていた。
「ラスル・レミニセンス殿でございますか?」
スワンテイルなら名前を名前を尋ねられたラスルはいつものように淡々と無言で頷いた。
「今日は我が息子アンドレアスのことでお話に伺いました。お時間はよろしいでしょうか?」
「いいよ」
ラスルはスワンテイルと侍女を家の中に通した。
ラスルの家は工房を兼ねているが感情の希薄な彼の性格か、道具や日常品は棚に収納されている。
他人から見れば几帳面な性格だと思われるがラスルはホムンクルスなので他人の評価など興味はない。
スワンテイルたちを玄関近くの来客用に案内したラスルは無言のままダージリンを用意して二人の前に給茶すると自らも二人に向かい合う形で座った
しばらくの沈黙が流れる。
そもそもラスルから話しかけることはない。
すべてが成り行きで任せている身である。
「アンドレアスの婚約者・・・マリエラ嬢からあなた様のお話を聞きました。アンドレアスとは友人だと聞いております」
ようやくスワンテイルが重い口を開いた。
「マリエラ嬢はあなた様がアンドレアスが眠る前に会われたとお聞きしております。それが事実なのでしょうか?」
あやふやで心穏やかでないスワンテイルが小さな声で尋ねる。
「きっとそうだと思う」
ラスルの態度はそれでも変わらない。
「息子は・・・眠る前にあなた様とどうような会話をされたのですか?」
そう尋ねるスワンテイルは母親として事実を知るのはごく当然の成り行きだった。
息子であるアンドレアスが眠り続けてからすでに7日以上が経っている。
その間にサマーアイル家は多くの人々の興味を誘い、どうしてアンドレアスが眠ってしまったのかとその理由を憶測する者たちの話が街中に蔓延していた。
その多くがサマーアイル家がアンドレアスを虐待していたと言う話であり、角度を変えれば彼の両親たちの悪評に繋がっている。
「アンドレアスは言ってた。<家族に蔑ろにされ、大切な人に傷つけられた>って」
ラスルは感情も起伏もなく話すと、母親であるスワンテイルは顔色を瞬く間に変えて青ざめてしまった。
「あと、<僕は生きている価値があるのかな?>って話していたけど」
「ああ・・・なんてことを・・・」
スワンテイルはその場に崩れ落ちてしまった。
隣にいた侍女が「奥様!」と言いながらすぐに介抱する様子を見ながら、ラスルはこれが母親の母性なのかを不思議がる。
そんなに辛いと思うのならどうして自分の息子を助けなかったのか、本当に人って感情が豊かなで変わっていると。
だから、こう質問してやろうとラスルは思った。
「知っていたんだ、アンドレアスの婚約者が実の兄と不貞を働いていたって」
「・・・はい」
スワンテイルは小さな声を変えず只々頷いて事実を認めた。
「あなたも結局、アンドレアスを傷つけた一人なんだね」
「言い訳はしません」
そう言うとスワンテイルはラスルにサマーアイル家の内情を話し始めたた。
その話を聞いたラスルの胸の中が鈍痛のような冷たさに覆われる。
サマーアイル家の主人であるカイゼンと妻であるスワンテイルには二人の息子がいた。
一人は長男のラモーバン。
もう一人は次男のアンドレアス。
二人の父親であるカイゼンは跡取りであるラモーバンを大切に育てていたが、アンドレアスに対してはあまり興味を示さなかった。
そのため、母親であるスワンテイルがアンドレアスに構うことが多くなったのだがこれが彼を苦しめるきっかけとなった。
ラモーバンはカイゼンに厳しく育てられていた反動で異常なまでに母の愛情を求め始めた。
母親と一緒に添い寝をしてもらったり、一緒に買い物に行こうと誘う。
つまりはマザーコンプレックスの一面を露にした。
その愛情が弟のアンドレアスに憎悪となって向いたもの当然の結果だった。
ラモーバンは両親のいないところでアンドレアスを精神的にも肉体的にも傷つける。
スワンテイルはすぐにラモーバンの異常な行動に気付くと、アンドレアスを救おうとした。
だが、そこで夫であるカイゼンの邪魔が入った。
カイゼンはそもそもラモーバンにしか興味がなかった。
だから、ラモーバンがアンドレアスを虐待しようと彼を責めるつもりはなかった上、虐待そのものを容認する態度まで取り始めた。
妻であるスワンテイルにもこれ以上、関わるなと言う始末だ。
何度も抵抗をするものの、夫は暴力さえ辞さない構えを見せ始めるとスワンテイルも窮するしかなかった。
これではいけないと悩んだスワンテイルはラモーバンと直接話をすることにしたのだがこれがさらに事態を悪化されることになる。
ラモーバンがありえない条件を出したのだ。
「アンドレアスを無視すれば何もしない」
その時、スワンテイルは目の前にいる息子が怪物としか見えなかった。
お腹を痛めて産んだ二人の息子。
愛情を余すことなく等しく注いできたはず。
それがどうしてこうなってしまったのか。
スワンテイルは考えに考え抜いた末、アンドレアスを外の家に婿養子に出すことを考えた。
夫であるカイゼンもその考えにすぐに同意した。
そもそもカイゼンはラモーバンしか興味がなかった。
まさに毒親である。
スワンテイルはすぐに婿先を探し始める。
その間もアンドレアスはラモーバンに虐待を受けていた。
日に日に傷つく息子の姿を見るのが辛くなるたび、スワンテイルはラモーバンを注意する。
不本意だったが、ラモーバンに「アンドレアスは外に婿養子として出す」と言って聞かせ続けるたびに虐待の頻度は減るもののまた元に戻ってしまう。
アンドレアスを裏で虐待していた侍女や家宰も見つけるたびに解雇をしたがそれも効果はなかった。
それでもスワンテイルは諦めずにアンドレアスの安息の血を探し続けるとある家がその話に興味を持ってくれた。
エクランド家。
ごくごく中流階級の家柄だが家中の者たちに悪い噂もない。
すぐにスワンテイルはアンドレアスをエクランド家の長女であるマリエラと会わせて婚約させた。
スワンテイルは安心した。
これでアンドレアスはラモーバンに虐待を受けないと。
だが、ラモーバンの嫉妬の深さは母親の考えを遥かに超えていた。
ラモーバンは密かにマリエラと接触していたのだ。
その事実をスワンテイルは知った時、すでに二人は男女の仲になっていた。
スワンテイルはラモーバンが恐ろしくなってしまった。
まさかここまで血の繋がった弟を陥れようとするとは。
たった一つのきっかけで人が、いや、血の分け合う息子が変わってしまった。
スワンテイルはどうすればいいかわからなくなってしまった。
夫のカイゼンは相変わらずラモーバンのみ興味を示さず、アンドレアスのことなどどうでもいいと思っている。
マリエラもマリエラだ。
婚約者であるアンドレアスがいるにも関わらずラモーバンと不貞を働いた。
一体、アンドレアスが何をしたと言うのか。
スワンテイルはラモーバンに問い詰めた。
だが、息子は笑みを浮かべてこう答えた。
「これで母上様は私のものですね」
その姿を見たスワンテイルは絶望に包まれるしかなかった。
もうどうすることもできないところまできてしまったと知った。
そして、私一人ではこれ以上何もできないと知った時、あの出来事が起きた。
アンドレアスが眠りについてしまった。
これも神からの天罰なのだとスワンテイルは思った。
「ですが・・・その日以来、ラモーバンの様子が変わりました」
アンドレアスが眠りについた結果、サマーアイル家は世間から注目を浴びることになった。
ラモーバンもカイゼンもアンドレアスが眠るとは予想もしなかったのだろう。
まず、カイゼンが貴族院から呼び出しを受けた。
そこで激しく詰問されたカイゼンはようやく事の重大さに気付いた。
自分が父親としての責務を果たさなかったことを知られたのだ。
カイゼンは手当たり次第に、眠り続けるアンドレアスを起こそうとするがその術すべてが徒労に終わった。
カイゼンの、いや、サマーアイル家の評判は日に日に落ちていった。
その影響はラモーバンやマリエラにも及び始めた。
まず、マリエラの不貞が彼女の両親に暴かれてしまった。
誰かが密告したのだ。
もちろんラスルは何もしていない。
ただ、他者から見ればそれは自然と見つかってしまうものだ。
当然、マリエラの両親は激怒して彼女を叱咤した。
マリエラ自身がどう思っていたか知らないが、彼女は両親の怒りに耐え切れずラモーバンと行動を共にするようになった。
そうなると今度はラモーバンとの仲は公然のものとなってしまった。
ラスルが公園に行かなかったわずか数日で二人の仲は広まってしまった。
ラモーバンも追い詰められていた。
彼もアンドレアスを虐待していたと疑われていた。
父親のカイゼンも貴族院から聴取を受けたこともあり、カイゼンもいつ事情を聴かれるか怯え出していた。
そこに現れたのがラスルだった。
最初にラスルに気付いたのはマリエラだった。
マリエラはラスルがアプローズと話をしているところを目にした。
彼女は両親に連れられて参加した舞踏会でアプローズのことを何度も見掛けておる彼のことを知っていた。
アプローズが有名な魔導士であることも知り合いから聞き及んでいた。
だから、ラスルが何者か興味を持ったマリエラは縋る思いで彼と接触した。
その話を聞いたスワンテイルは家宰を呼び出してラスルの居場所を探すよう命じた。
これが息子を救う最後の望みかもしれないと。
スワンテイルから事情を聴いたラスルは表情を変えない。
ただ、心の中ではアンドレアスに同情していた。
母親の愛情がきっかけで追い詰められてしまったアンドレアス。
その元凶が兄であるラモーバンと婚約者のマリエラ。
いや、一番の元凶は父親であるカイゼン。
目の前にいる母親は血の繋がる息子を心配し苦しみ続けている。
ただ、スワンテイルが嘘をついている可能性もある。
だから、ラスルは彼女の話が事実かどうか確認することにした。
ラスルは無言のまま机にいくと引き出しからあるものを取り出した。
それは<情緒の調色板-ᛖᛗᛟᛏᛁᛟᚾ ᛈᚪᛚᛖᛏᛏᛖ ->と言う自作の魔道具だった。。
これは血液一滴さえあれば真実か嘘か見抜く魔道具。
パレットの形をした魔道具に色を混ぜればそれだけでわかる。
「これにあなたの血液を一滴垂らして。それであなたを信用するかどうか決めるから」
「え、ええ」
スワンテイルは戸惑いながらも人差し指を針で刺してパレットに血を垂らす。
そこに白の絵具を混ぜてみる。
白の絵具が感情のすべてを表現する。
絵具の材料はエターナル・タリスマンと呼ばれる白魔術で使用される真珠である。
これを聖水と一緒に溶かしたものがこの絵具だった。
もしスワンテイルが嘘をついているならパレットは瞬く間に黒く染まり、もし真実ならそれは美しい透明色になる。
ラスルが筆で絵具を血液と絵具を混ぜるとパレットの液体はすぐに透明になった。
「本当でなんだ」
ラスルはパレットの反応を知るとスワンテイルを見る。
この人は嘘をついていない。
それならとラスルはスワンテイルに尋ねる。
「あなたはどうしたいの?」
「息子を・・・アンドレアスを救いたいのです」
スワンテイルの瞳からは涙が溢れ始めている。
感情が抑えきれないのだろう。
「じゃあ、あたなの夫やもう一人の息子はどうしたい?」
「罰を・・・罰を与えたいです」
「その覚悟はあるんだ」
ラスルは彼女からこの言葉が語られるのを待っていた。
元凶たちはアンドレアスとスワンテイルの親子には必要ない。
この時、ラスルは自分が怒りに包まれていることに気付いていない。
まだ、人の感情が理解できていなかった。
「俺はアンドレアスからあるものを預かっている。そのことを二人に伝えていいよ」
「それは何ですか?」
「それは言えない。でも、あなただけに後で見せるよ」
ラスルは胸元からアンドレアスから預かった手紙を取り出すとスワンテイルに渡した。
アンドレアスの手紙を読み終えたスワンテイルは脱力して手紙を落としてしまうとその場に崩れ落ちた。
「私は・・・母親として失格です」
「そうかな」
ラスルの視線は<情緒の調色板-ᛖᛗᛟᛏᛁᛟᚾ ᛈᚪᛚᛖᛏᛏᛖ ->へ向く。
パレットの色は透明色。
嘘をついていない。
現実しか信じていないラスルにはスワンテイルの気持ちは本物だと思っている。
「アンドレアスはあなたのことを悪くは言ってなかったし、パレットだってちゃんと反応している。落ち込む必要はないよ」
ラスルは床に落ちたアンドレアスの手紙を拾う。
「だから、あとはあなた次第だよ」
その言葉にスワンテイルは「そうですね」と言いながら立ち上がる。
「あとはお任せするよ」
この後、スワンテイルは何をしようが構わない。
ラスルはただただ元凶たちの動きを待つだけ。
それだけでラスルの感情は高ぶっていた。
〇主な登場人物
ラスル・レミニセンス
・・・主人公です。ホムンクルスで錬金術を操る魔導士。アンドレアスの頼みで「眠り姫(ᛋᛚᛖᛖᛈᛁᚾᚵ ᛒᛖᚪᚢᛏᚤ)」と呼ばれる眠り薬=魔術薬ウィザーディング・ ポーションを作る。アンドレアスの共犯者となっているが、ホムンクルスのため人の感情があまりわからないが昔よりも人の気持ちがわかるようになっており、マリエラやラモーバンが不愉快に感じています。
スワンテイル・サマーアイル
・・・アンドレアスの母親です。息子のラモーバンの異常性を知って、アンドレアスを守るとしましたが夫のカイゼンやラモーバンに阻まれてしまいます。アンドレアスを苦しめたことに責任を感じています。