Interest:1 眠り姫
第1話となります。
誤字脱字、ご意見ご感想などお待ちしております。
ラスルがアンドレアスと最後に会ってから三日が経った頃。
異変は何の前触れもなく起こった。
その日は朝から空が一面、雲に覆われており、このまま昼から雨が降りそうな様子だった。
街の人々が少しだが肌寒さを感じる中、白い軍服姿の騎士たちが騒がしく動き回っていた。
これには当然、理由があった。
王都の治安を預かる騎士団に多くの市民から連絡が入ったからだ。
その内容すべてが王都にある中央公園で異変な出来事が起きていると言うことであった。
騎士団の団長であるフォーレン・エヴァンズは部下からその報告を聞くとあまりの内容に理解が追いつかないでいた。
「それは本当なのか?」
「はい」
ファーレンは部下に改めて尋ねるが報告は変わることはなかった。
状況が整理できないままだったが、ファーレンは部下たちの共に自ら中央公園へ向かった。
すでに何名かの騎士たちが状況を確認に向かっていたが、彼らから随時送られてくる報告も変わることはなかった。
<人が眠ったまま浮いている。>
すべての目撃者がそう告げてきた。
最初に目撃をしたのは公園に遊びに来た近所の子供たちだった。
子供たちは宙に浮いた彼を見て不思議がっていたが、やがて子供たちは急に怖くなって親を呼んでこの出来事が発覚した。
ファーレンも人が宙に浮いたまま眠っていると言う案件は初めてだった。
彼はさすがにこの目で見なければと思い、中央公園を訪れるとそこには確かに人が宙に浮いた状態で眠っていた。
ファーレンは状況を確認するため、人が浮いている場所に歩み寄る。
中央公園には建国記念日に建立された記念碑があり、その五メートル上に人が微動だにしない状態で浮いていた。
人は青年で服装を見ればと銘柄品を着ており、その姿からどこぞの上流階級の者だとわかる。
そして、青年は苦痛もなく安らかに眠っていた。
この様子を見たファーレンは穏やかな表情で眠る青年の姿が理解できなかった。
例えば青年に何かしらの害を加えた者がいて、このようなことをしたとしても彼が苦痛や恐怖も見えない姿でいること自体がまずおかしかった。
また、この青年が自らの意志で眠りについたとしても衆目に晒されると本人も理解しているはず。
それなのに王都で多くの人々が訪れるこの場所を選んだことも意図を計りかねてしまう。
一体、何を考えているのか
唖然とするしかないファーレンに部下が声をかける。
「いかがしましょうか?」
「どうもこうもない。彼を地上に降ろそう」
ファーレンとしてはこの異様な状況をそのまま捨て置く訳にいかなかった。
すでに多くの市民がこの出来事を目撃しており、彼らの口々からよろしくない噂など流されてしまっては困ってしまう。
市井の人々が言う噂の多くは悪質なものやデマ、誹謗中傷の大半が占める。
特に死者の呪いや天罰など現実を見ない否定的な内容に敏感なのも彼らの世情に対する不満の表れでもある。
騎士たちは現実主義者である。
だからこそ、この状況を早く終息されたいと思うのは治安を預かる者として当然のことだった。
だが、それがそう簡単にはいかないのだとファーレンは知る。
部下たちが梯子を使い彼を降ろそうとするが、いくら動かそうとしても彼の肉体は微動だにしない。
まるで何かに固定されていて、それが動くことさえ許されないほどの強固な意志が垣間見れた。
「駄目です。彼を降ろせません」
「どういうことだ?」
「おそらく魔法がかけられているのではないかと」
その報告を聞いたファーレンは頭を抱えた。
これまで多くの事例に対応してきたが、さすがに今回のようなことは初めてだった。
一体、誰がどうやって彼に魔法をかけたのか。
まず、そこから調べなければならなくなった。
ここまで来れば騎士団だけでは対応するのは厳しいのは言うまでもない。
こうなれば魔法に詳しい者たちの出番である。
「魔法局へ連絡せよ」
ファーレンは部下に指示を出すと改めて青年の方へ目を向けた。
よく目を凝らして見れば、青年をどこかで見たことがあるがなかなか名前が思い出せない。
「あれはサマーアイル家の令息じゃないですか」
部下の一人が彼の存在にやっと気付いた。
ファーレンも青年の顔を見ると、確かにサマーアイル家の令息だと思い出した。
「確かにサマーアイル家の令息だ」
ファーレンも彼を認識することができたが、それと共にこの出来事が面倒な難事になると落胆してしまう。
サマーアイル家と言えば名門の一族。
今の状況だけでもサマーアイル家には不名誉なことなのに、もし青年が目覚めなければと思うと何か嫌なことが起きるかもしれない。
「何もこんな場所で事を起こさなくても」と呟くながら、ファーレンは魔法局の職員が来るのを待つしかなかった。
ラスルは混乱極まる中央公園の片隅でその様子を静かに眺めていた。
すでに人々は口々にこの状況を面白おかしく伝えていた。
目を向けるとアンドレアスが中央公園の記念碑の前で宙に浮いたまま眠っていた。
無論、この状況を作ったのはラスル自身であった。
あの夜、ラスルがアンドレアスに与えたのは「眠り姫(ᛋᛚᛖᛖᛈᛁᚾᚵ ᛒᛖᚪᚢᛏᚤ)」と呼ばれる眠り薬=魔術薬だった。
「眠り姫(ᛋᛚᛖᛖᛈᛁᚾᚵ ᛒᛖᚪᚢᛏᚤ)」は処方した者に永遠と呼べる眠りを与える品。
さらに眠った後にその場に浮遊が継続する効果も追加していた。
錬金術を嗜むラスルにとって薬の調合はお手の物だった。
それだけではない。
魔法の解除がうまくいかないように調合した薬の中に結界を生み出す素材をうまく配合していた。
だから、誰かしらが魔法を使って解除を試みても実際は魔術薬の効果だと気付かない限りこの状況はどうにもできない。
ラスルとしてはきっとこの状況に気付くのは魔法を嗜む者か知り合いだけだろうと踏んでいた。
だとしても魔術薬を効果を持続させ続けるつもりだった。
それがアンドレアスの望みであるから。
しばらくすると焦げた茶色のローブを来た集団が現れた。
・・・来た。
ラスルは彼らが魔法局から来た魔導士だと知る。
「なんだ、これは」
魔導士たちも目の前にある異様な光景に絶句していた。
一人の魔導士が腰にぶら下げていた装身具 (シャトレーン)の中から妖精の羽根と魔鉱石で作られた魔鏡を取り出した。
それは魔素を測定する計器であり、魔導士はさっそくアンドレアスの体を調べ始めた。
計器から幾つも小さな魔法陣が現れるとアンドレアスの周囲を取り囲んだ。
幾つかの魔法陣が微かに白く点滅する。
「魔素は少しあります」
彼らもこれが魔法が原因だと知る。
「では、誰かが魔法をかけたのか?」
「いえ、それなら魔素はかなり強いはずです」
そう、これは魔法だが魔法ではない。
魔術薬の効果であり、そこに気付かない限りは手を打てない。
「新手の魔法の可能性があるな」
魔導士たちもどうすればいいかと頭を抱え始めた。
その様子に相変わらず冷ややかな視線を向けるラスル。
人の悩む姿はこういうものかと学ぶ。
しばらくして騎士たちに案内されてアンドレアスの家族や関係者がやってきた。
・・・あれが家族。
やっと現れたアンドレアスの家族たちを見てラスルは三日前のことを思い出す。
確かアンドレアスはこんなことを言っていた。
<血が繋がっているのに家族から認められない>
感情が乏しいラスルにはその言葉が今ひとつ理解できていない。
家族と言う概念も解することさえ知らないラスルである。
この後、アンドレアスの家族たちがどんな行動をするのか興味が尽きない。
アンドレアスの家族はその場に来ると異様な光景を目にして絶句していた。
「・・・まさか・・・本当にアンドレアスではないか・・・」
父親と思われる初老の男が声を震わせた。
隣にいる妻も「どうして・・・そんなことに・・・」と嗚咽を零している。
その姿を見てこれが親なのかとラスルに不思議な印象を与える。
一方で両親の後ろには令嬢と彼女に付き添う青年がいた。
「アンドレアス!」
その令嬢もまるで悲劇のヒロインの如く、アンドレアスの名前を叫びながらその前で崩れ落ちた。
何を今更とラスルは苦笑してしまう。
今の令嬢の姿を見れば苦難や不幸に見舞われてしまう女性を体現しているかのようなその姿を見て多くの者が涙するかもしれない。
だが、ラスルは知っている。
その令嬢は一見、美貌と家柄と知性や教養を兼ね備えた女性だがその実態は違っていることを。
アンドレアスは教えてくれた。
その令嬢には全く違う一面があると。
ラスルは彼女を注意深く見守りながら令嬢の名前を思い出していた。
マリエラ・エクランド。
それが彼女の名前であり、アンドレアスの婚約者。
そして、その隣にいるのがアンドレアスの兄、ラモーパン・サマーアイルだろう。
これでアンドレアスが話していた登場人物が揃ったことになる。
この後、彼らがどんな行動に移るかラスルの興味はそちらに赴く。
アンドレアスの家族が悲しむ中、ラモーパンだけは違う様子だとラスルは気付く。
「この恥さらしが」
感情を隠すこともなく、ラモーパンはアンドレアスを見下した視線を向けながら微かに嫌忌を口にした。
そこには憎しみだけはない何かがあるようだった。
その態度の端々からプライドが高く人を蔑むような雰囲気を醸し出していた。
アンドレアスが家族に嫌われていた原因はこの男か。
ラスルは右手を当てながらラモーパンを注意深く見守る。
ラモーバンはマリエラを抱き寄せながら彼女を慰めている。
その様子だけでもアンドレアスが話したことが真実だとわかる。
・・・まったく人と言うのは斜め上に行くものか。
ラスルが心底呆れていると、一人の魔導士が中央公園に遅れて現れた。
特徴的な釣り上がり気味の瞳が印象的な彼は事もなげな態度でアンドレアスと対峙していた。
「・・・ったく」
現状に不満げな魔導士はラスルの知り合いだった。
アプローズ・オヴェイション。
ラスルの創造主の友人であり、優秀な魔導士である。
彼が来たと言うことは魔術薬の効果に気付くかもしれない。
少し不安になるラスルはここにいてはいけないと思い、その場を離れようとする。
すると運悪くアプローズがラスルの存在に気付いてしまった。
アプローズはラスルの姿を確認すると、さらに不機嫌な顔になった。
釣り上がり気味の瞳がさらに険しくなる。
こちらに来ると思っていると、やはりアプローズは予想通りラスルに声をかけてきた。
「こんなところで何をしているんだ?」
「あれを見たくて」
アプローズの質問にラスルはアンドレアスへ視線を向けて答える。
「お前がそんなことを興味を持つとは思わなかった」
そう話すアプローズもラスルがホムンクルスだと知っている。
唯一の人物だと言っていい。
だから、ラスルの感情が乏しいことも理解していた。
ただ、アブローズはラスルが人との関りを避けて欲しいと願っているのも事実であり、街を歩くラスルに良い印象を持っていない。
「もう帰るから心配しないで」
「そうか」
アブローズは安堵したようで釣り目が少しだけ緩んだようだった。
「大変そうだね」
「まったくだ」
アブローズが頭を掻きながら答える。
確かにこんな異常な状況はアブローズ自身も初めてかもしれない。
しかもこの騒動の共犯者の一人が目の前にいるとは思わないだろう。
ただ、アブローズも優秀な魔導士。
ラスルにいつ疑いの目を向けるかわからない。
「まさかと思うが、今回の件はお前が関わっているのか?」
アブローズの釣り目が再び上がる。
「やめてよ、そんなこと言うの」
ラスルは態度を崩すことなく淡々と答える。
「確かにそうだな。お前が人と関わること自体が珍しいからな」
やはり、この場からさっさと離れよう。
アブローズに少しでも疑われてしまえばアンドレアスが可哀想だ。
今はアンドレアスを優先しないと。
「じゃあ、行くね」
ラスルはそう言うとゆっくりとした足取りでその場から離れた。
この時、強烈な視線を感じた。
それはマリエラ・エクランドのものだった。
一度、彼女と視線が合ったがすぐに無視をした。
理由はアンドレアスの話を思い出したからだ。
だから、今のラスルにはマリエラ・エクランドの印象は良くないままだった。
・・・もしかしたら、これが<怒り>と言う感情?
ラスルは人の感情の一つを感じると少しだけ嬉しくなった。
だから、明日もこの公園に来てアンドレスを見守ろうと決めた。
その日からアンドレアスの話は街中の話題となった。
市井の人々は好き勝手な噂を流し始め、貴族階級や騎士階級(経済界)の人々も嗜みの趣で憶測する。
これも人の姿。
ラスルは冷々たる想いでその様子を眺めていくことになる。
第2話ではマリエラとラモーバンと出会います。
〇主な登場人物
ラスル・レミニセンス
・・・主人公。ホムンクルスで錬金術を操る魔導士。アンドレアスの頼みで「眠り姫(ᛋᛚᛖᛖᛈᛁᚾᚵ ᛒᛖᚪᚢᛏᚤ)」と呼ばれる眠り薬=魔術薬を作る。アンドレアスの共犯者となっているが、ホムンクルスのため人の感情があまりわからない。
アンドレアス・サマーアイル
・・・今回の騒動を起こした令息。ラスルの眠り薬を飲んだ後、中央公園で宙に浮いた状態で眠りにつく。その理由はラスルのみが知っている。
フォーレン・エヴァンズ
・・・騎士団長。今回の騒動に頭を抱えている。
マリエラ・エクランド
・・・アンドレアスの婚約者。アンドレアスを眠りにつかせた原因の一人。
ラモーパン・サマーアイル
・・・アンドレアスの兄。アンドレアスを眠りにつかせた原因の一人。
アプローズ・オヴェイション
・・・魔法局に勤める魔導士。ラスルを秘密を知る唯一の存在。
その他
・アンドレアスとラモーパンの両親