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Interest:0 プロローグ

人ではないホムンクルスが人の心を知ろうとするお話です。

僕は生きている価値があるのかな?



ふわりと冷たい風に包まれた彼の面持ちは穏やかでとても悲し気だった。


きっとこの時、ラスル・レミニセンスは生まれて初めて彼の気持ち、いや、人の気持ちを知りたくなったのかもしれない。


だから、ラスルは彼の望みを具現化するために魔術を施した。


その結果がどうなろうと構わなかった。


ただ、彼の満足する結末が迎えられるようにとただそれだけを考えて。



王都ノクティス。


月の女神の名前を戴いたポイント・ルナ公国の中心とな都市には大きな塔がある。


この塔は今では歴史上の文化財として有名な観光地になっているが、長い歴史を見ればこの塔が国の気象観測のために建てられた天文台であったことを多くの人々が忘れていた。


今の人々はこの国の発展の基礎を築いた貴重な文化財に天文台に勤めていた魔術師たちの苦労が滲み出る魔法の匂いが残っていることさえ知らない。


だからこの塔を昼から訪れる人々は少ないし夜になれば人の気配さえいない。


こんな稀薄で生活感に乏しいな場所を好む者がいることも知らないのも当然のことであり、もしその者の姿を見たらきっと<変人>と言うだろう。


この塔を出入りしている銀髪碧眼の青年であるラスル・レミニセンスの存在に気付かないのも当然のことだった。




その日もラスルはいつものように魔導書を読むために塔を訪れていた。


街の少し外れにあるこの塔のある大きなレンガ造りとなっており、その間近には<アクイファー>と呼ばれる大きな川が流れていた。


ここは普段から人との接触を避けている彼にとっては心許せる憩いの場だった。


外を見下ろせば多くの人々が暮らしている街並みがある。


ここで暮らす人々は朝になれば起床し、昼は生活のために働き、夕方からはそれぞれの時間を過ごしている。


夜になれば街の中心地にある繁華街は享楽的な灯火で朱色や橙黄色で彩られている。


人々の変わらない日常に対して理解にできずにいるラルスにとって、この華を添える景色を眺めるたびに何故か心が安らぐので彼は時間があればここに通っていた。


今日もここで過ごそうとラスルは塔に入り上階へ向かうとそこには先客がいた。


夜空に照らされた姿を見れば、その先客は男性だとわかる。


その姿勢や服装を見れば身分の高い人物。


こんな場違いな場所で何をしているのかと思いながら、ラスルはしばらく彼の様子を伺った。


青年はずっと下を見ながら何か物思いに耽っていた。


やがて、青年が手すりに手をかけた。


ラスルはその様子を見て、青年が飛び降りようとしていることを知った。


青年は手すりを掴んだものの、それ以上は進まなかった。


よく見ると両手が震えている。


「怖いのなら飛び降りない方がいい」


見ていられないと思いながらラスルが声をかける。


「それとここで飛び降りるくらいなら毒を仰いだ方が苦しまない」


この塔はラスルにとって神聖な場所だった。


そんな大切な場所を人の血で汚して欲しくなかった。


ラスルに声をかけられた青年が振り返った時、突然、強い夜風が吹いた。


床に置かれていた手紙が風に煽られ宙を舞う。


「あっ!」


思いもかけないことで青年は動揺しながら風に乗った手紙を取ろうと手すりから身を乗り出した。


その時、青年の体がバランスを崩すと抵抗する間もなくそのまま上階から落下してしまった。


「ᛒᚢᛏᛏᛖᚱᚠᛚᚤ ᚥᛁᚾᚵᛋ(蝶の羽根)」


ラルスは無意識に呪文を唱える。


すると青年の体に青白い蝶が無数に包み込んで落下を止めた。


宙に浮いた青年は上階にいるラスルの方へ視線を向ける。


言葉にできないまま、ラスルのの表情を見ると彼からは戸惑いと憂いが垣間見れる。


その様子から彼が自分を助けたのが不本意なのだと青年は知ると悲しい顔になる。


その一方でラスルは自分の行為に理解できずにいた。


・・・どうして助けたんだろう。


愚かなことをした自分の行為を自省しながらラスルはため息をつくと青年をそのまま上階へと引き上げた。




どうして彼を救ったのか、ラスルはわからなかった。


上階に引き上げた青年は命を救われたことに驚いているようで、乱れた呼吸を元に戻そうとしていた。


人と言うのは死を感じるとここまで心が波立つのかとラスルが思っていると、青年の手から手紙が零れ落ちて彼の足元に導かれるように 舞い降りた。


ラスルは青年の様子を気にしながら床に落ちていた手紙を拾う。


紙質の良さを手で感じ取りながら、この紙は魔術書に使えばルーン文字も生かせるだろうと思う。


ラスルは遠慮なく封を開けると手紙に目を通した。


・・・だからか。


手紙の内容を知ったラスルは青年を見る。


ラスルはこの青年がどうしてこの場所に来たのか理解した。


やがて落ち着きを取り戻した青年は側にいるラルスと向き合った。


「助けて頂いてありがとうございます」


礼を言う青年の態度に対して、ラルスの反応は鈍い。


戸惑う青年の態度に気付いたラスルはただ何も言わず封を閉じた手紙を青年に渡した。


「もしかして読みましたか?」


封蝋されていた封筒が開いていることに気付いた青年が小さな声で尋ねてきた。


ラスルは遠慮なく頷くと青年は苦笑する。


無作法で不躾な行為だとわかっていないラスルの態度にどうすればいいかわからなかった。


ラスルは青年の気持ちなど知らずに近くにある椅子に座っていつものように魔導書を読み始めた。


その姿はさらに青年を困惑させた。


そもそもラスルは人に興味はなかった。


興味がないと言うよりも興味を抱くことができないでいた。


その理由は簡素なものだ。



ラスル・レミニセンスは人ではなかった。



ある錬金術師が作ったホムンクルスである。


だから人間の感情に敏感ではなかった。


想像主は錬金術師である人だったが、すでに主はこの世にいない。


人の感情を知る術を失ってしまった。


もちろんある程度の感情は感じ取れる。


ただ、人との接触を避けているのも自分自身が人ではないホムンクルスだと理解しているから。


造り出されてからずっと当たり障りのない生活を続けることをラスルは続けてきた。


それが彼の生き方であり時間の過ごし方だった。



そんな事情など知らない青年はラスルを見つめ続ける。


どう彼と接すればいいのか青年も考え倦ねていた。


怒るべきか、それとも笑って返すべきかと。


そこで魔導書を読んでいたラスルはやっと青年が自分を見ていることに気付いた。


・・・まだいる。


青年がまだ帰っていないことにラスルは理解できない。


さっさと帰って欲しい。


だが、どう優しく見ても青年が帰る雰囲気ではないと感じてしまう。


ラスルは仕方なく彼に声をかけることにした。


「名前は?」


ラスルは煩わしさを感じながら青年の名前を尋ねる。


「えっ?」


「そっちの名前」


ラスルの素っ気ない態度に迷いながら青年は自分の名前を話す。


「僕はアンドレアス・サマーアイルと言います。あなたは?」


アンドレアスに名前を尋ねられたラスルが小さな声で「名前?」と呟いた。


久々に名前を聞かれた。


人との交流を避けているラスルにとっては新鮮だった。


だから、ラスルは少しだけ心が揺らいだ。


「ラスル・レミニセンス」


ラスルは久々に自分の名前を告げる。


「どうしてあなたはここにいたんですか?」


「ここは俺の憩いの場だから」


ラスルの視線が塔の外へ向かうとアンドレアスもそこに目を向ける。


月光に照らされ至る場所が白く輝いていると知ると、夜の王都が美しいとはアンドレアスは気付く。


王都にずっと住んでいたのに初めて見る光景だった。


「そうなんですね」


ラスルの理由にアンドレアスは尤もだと心から理解した。


「だから勝手なことはしないで」


そう言うとラスルはアンドレアスのことを置いてけぼりにして再び魔導書を読み出す。



それからもアンドレアスは読書をするラスルを見続けていた。


彼の視線を感じると魔導書を読むことに集中できない。


うんざりするほど煩わしい。


「何?」


また、ラスルがアンドレアスに声をかける。


本当にさっさと塔から出て欲しいのに。


やはり人を助けたことがよくなかったのかもしれない。


無駄な事をしてしまったと後悔してしまう。


「あなたは魔法を使えるのですか?」


アンドレアスがやっと声を出す。


「そうだけど」


ラスルは彼の質問に冷たく返した。


するとアンドレアスはその場で何か考え込み始めた。


その様子を見ながらラスルは少しずつアンドレアスに興味を抱き始めた。


この人間は何をしたいのか。


自分に興味を持ったのはわかるが、もし変な事を聞けばラスルはアンドレアスの命を奪うつもりだった。


少しの間が置かれた後、アンドレアスがラスルに話し出す。


「では、ご相談したいことがあります」


「相談?」


「はい」


アンドレアスが穏やかに微笑む。


そして、彼の様子が変わったとラスルは気付いた。


「聞いてもらえますか?」


「いいけど」


ラスルの気持ちがアンドレアスに一気に傾いたのは言うまでもなかった。



半刻が過ぎた。


アンドレアスの相談を聞いたラスルはより彼に興味を持った。


「変わった相談だね」


「いかがでしょうか?」


「本当にそれでいいの?」


「はい」


奇妙な相談だが、悪くはない。


話を聞く限り、魔法で誰かを傷つけることでもない。


自分の存在も気付かれないだろう。


悪くはない条件だとラスルは思った。


「それで報酬ですが・・・」


「お金はいらない」


「でも、それでは・・・」


アンドレアスとしては無償などありえない相談だったが、人ではないラスルとしてはそもそもお金などに興味がなかった。


「その代わり、君の様子を観察させて欲しい」


「僕のですか?」


「そう」


そこでどんな人たちが彼に関わるのか、ラスルはとにかく知りたくなった。


人と言う者たちが何をすようとするのかを。


「では、僕の友人として立ち振る舞ってもらえるならいいです」


「いいよ」


ラスルは迷うことなく返事をした。



二日後、ラスルはアンドレアスと再会するとあるものを渡した。


「これ、言われた通りに使って」


「はい」


アンドレアスは最初に会った頃よりも凛々しい表情になっていた。


これも人ならではなのだろうとラスルは知る。


「それとこれを受け取って欲しいのですが」


アンドレアスは手紙を差し出した。


それは前にラスルが見た手紙であり新しく蝋封されていた。


「何これ?」


ラスルには手紙の使い方など知りようもない。


むしろ迷惑だと思ってしまう。


しかし、アンドレアスは違っていた。


これが彼にとって大切なものだとラスルはこの後に知る。


「もし必要となった時、誰でもいいので見せて下さい」


それがアンドレアスの覚悟なのだとラスルはやっと気付いた。


「あのさ」


だから、ラスルはアンドレアスに一つ確認したくなった。


何が彼を追い詰めているのか。


何が彼を苦しめているのか。


どうしてもその辺りは聞いておきたかった。


だが、言葉にすることの難しさにラスルは悩んでしまう。


「どうしてそんなことをするの?」


やっと出た質問はあまりに陳腐なものだった。


「理由は話した通りです」


「そうなんだ」


アンドレアスに答えをはぐらかされたようで、ラスルはそれ以上は彼に話を聞けなかった。


「ラスルさん」


その瞬間、塔の中にふわりと冷たい風が訪れた。


「僕は生きている価値があるのかな?」


冷やかな風に包まれたアンドレアスの面持ちは穏やかでとても悲し気だった


「どうだろう」


ラスルにはその答えなど導き出せるはずもなかった。


それがわかっていたのだろう。


アンドレアスは笑みを崩さないまま、静かに塔を離れていった。



アンドレアスがいなくなった後、ラスルは魔導書を持ったまま塔の外を眺め続けた。


これから何が起こるかなどラスルにはわからなかった。


ただ、アンドレアスの行為は多くの人々に影響を及ぼすと思う。


その様子を見た時、自分がどんな気持ちになるのかラスルが胸躍らせたのは当然のことだった。

次回、Interest1ではラスルはアンドレアスと関わる人々と出会います。


〇登場人物

・ラスル・レミニセンス

ある錬金術師によって造り出されたホムンクルスです。

銀髪碧眼の青年で自らも錬金術師の教えて魔法が使える魔術師です。


・アンドレアス・サマーアイル

ある理由から自ら命を絶とうとした青年です。

ラスルと出会ったことで彼にある頼み事します。

その行為がやがて多くの人々を巻き込むことになります。

ラスルが初めて人の気持ちを知ろうとした人物になります。

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