05 元勇者の探索2
もっとテンポよく話を進めたい…
「誰かいますかー?」
職員室に向かうまでの間、声をかけながら歩くが、やはり誰もいない。皆非難したのだろう。逃げ遅れたのはあの子だけらしい。その代わり声に反応して小型の魔物が寄ってくる。それらを蹴散らす過程でさらに2つのナイフと新たに黒い皮を手に入れた。
この黒い皮は時々現れる黒い犬からドロップしたものだ。
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ブラックハウンドの皮 C
分類:素材 皮
特性:ブラックハウンドの皮。纏うものにスキル<隠蔽LV1>を付与。
加工をすれば性能向上が見込める。
状態:
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ちょくちょく現れる黒い犬は気配が掴み辛く、いつも見つけるのに苦労したが、素材にもその特性が反映されている。
この<隠蔽>だが、発見された状態で使っても意味はないが、これを使ってから魔物に近づいてみると視認されたり大きな物音を立てたりしない限りほとんど見つからなくなった。
大きさもちょうどよかったので俺は前を安全ピンでとめてマントのようにして扱うことにした。上裸だったので多少ましになった。
そうこうしているうちに職員室にたどり着いた。しかし、他の教室と同様、ひどく荒らされており、機材やプリントが散らばっている。それだけではない。
「これは……」
窓側の席の方には派手に血が散らばっている。そして壁の方には首のない死体が放られていた。最早身元は分からない。ゆっくり近づき、死体を観察する。
首の断面を見るに、首は無理やり引きちぎられたようだ。そのうえ体のあちこちに打撲の跡がある。おそらく死なない程度に痛めつけ、最後に首をもぎ取ったのだろう。明らかに殺しを楽しんでいる。こういった残虐な特性はゴブリンに顕著だが、ここらにいたゴブリンの膂力では不可能だ。
ふと手元を見てみると、その手は硬く握られており、その中に何かがあるのが見えた。
手を開いてみると写真のストラップが付いた鍵があった。
俺はこのカギに見覚えがある。
たしか化学の高坂先生が大型のオートバイを買ったことを自慢していたのを見たことがある。そのとき、自慢げに指でくるくると回していたカギだ。写真には中学生くらいの女の子が映っている。おそらく娘だろう。
手を開こうとしたとき、すでに死んでいるはずなのに、若干の抵抗がある気がした。
それだけ大事なものだったのだろう。
「高坂先生、このバイク少しお借りします。」
俺はこの学校で先生とも交流は少なかった。このバイクの話も盗み聞きしたもので、詳しくは聞いていない。このバイクにどれだけの思いがあったかを推し量ることはできないが、できるならせめてこの写真を家族に返してあげよう。
死体をみる。このままにしておくとゴブリンや黒犬に荒らされてしまうだろう。埋葬しても掘り返されるのが関の山だ。
「仕方ないか」
俺はブラックハウンドの皮を死体にかけた。これがどれだけ効果があるかはわからないが、今できるのはこれしかない。
さて、目的のものはそろった。補給もできて、腹の怪我はほとんど治った。移動手段も手に入れた。免許は中型までしか持っていないが、大型バイクならじいちゃんにちょくちょく乗せてもらってる(普通にダメ)ので運転できる。どうせ中も外も魔物がうじゃうじゃいるのだ。誰もとやかく言わないだろう。もうこの校舎に用はない。あとはじいちゃん達のもとへ向かうだけだ。
日も完全に落ちた。まだうっすらと明るいがもう30分としないうちに真っ暗になるだろう。早く向かわなければ。
…そういえば何か忘れているような…
「っは!!やっべあの娘のこと忘れてた!!」
探索自体は30分もかかっていないが、死体の傷を思い出す。職員室に至るまでにあの傷を負わせたであろう魔物は見ていない。
「…なんか嫌な予感がすんなぁ」
俺は4階に向かって走った。
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「…!!」
…生きてる?
あたりを見渡すが、体は動かない。どうやらまだ4階の教室らしい。視界の端に私が入れられていたであろう用具入れがあった。
私は用具入れの中で謎の肉塊に囚われ、消化液のようなもので溶かされながら窒息しかけたのだ。
そのことを思い出して体が震える。しかし、生きている。夢だったのだろうか?いや、消化液で溶かされたであろう部分がひりひりと痛む。それに、あのどうしようもない苦痛と恐怖を忘れることはできない。
とりあえず助かったのだろうが、依然として体は動かない。
いじめっ子のさつきちゃんから付けられた拘束だろうか。しかし、肉塊に囚われているときに真っ先に溶けたように思ったが、むしろ拘束は強くなっているように感じる。
しかし、いつまた化け物が来るかわからない。早くこの拘束を解いて逃げなきゃ。
そう思って必死にもがいていると、教室の入り口の方から足音が聞こえた。恐る恐る視線を向ける。
そこには用具入れの中から見えたあの化け物がいた。
「ギャギャギャ」
あの時とは違ってはっきり目が合った。ニヤニヤ笑いながら緑色の腹をさすっている。その口元は血に濡れており、その牙には何かの肉の管のようなものが垂れている。
「フ、んんんんんん!!!!ンンン!!」
必死に逃げようとするが拘束されていて逃げられない。その間にもあいつはゆっくり歩を進める。
(なんで?なんで私ばっかり怖い目に合わなきゃなの!?)
せっかく生き延びることができたと思ったのに。立て続けにこんなことが起こるなんて。
助けを呼ぼうとしても口をふさがれていて声が出ない。
いじめのことだって、先生に言おうとしたが、報復されることが怖くて喉から声が出なかった。
今日も一緒。助けを求めることすらできないで、乱暴されるんだ。
誰も助けてくれないと分かっているのに、私は未だに必死にもがいていた。
「ギャギャ!!」
手を振り上げる。もうだめだ。そう思った時だった。
「ちょっと待て!!」
声が、した。
>>>>>>
「ちょっと待て!!」
しかしそいつは動きを止めようとしない。
クソッ
俺は急いで剣の形態にしておいたムアーラを投げる。
「グギャ!!」
剣は振り上げた腕に刺さり、その動きを止めさせた。
「まぁゴブリンがいるならお前もいるよな、ボブゴブリン」
ボブゴブリン、ゴブリンの上位種だ。ゴブリンと同様ある程度の知能と残虐性を併せ持つ。
体型ばゴブリンをそのまま大きくした感じだ。通常のゴブリンが140㎝くらいなのに対し、ボブゴブリンは2mを優に超えている。
高坂先生をやったのもこいつだろう。
「グギャアァアア!!」
腕に刺さったムアーラを引き抜いて投げ捨てる。どうやら相当頭にきているらしい。叫びながら俺をにらみつけてきた。
咄嗟だったのでムアーラを投げてしまったが、ボブゴブリン相手に武器なしは面倒だ。回収したいがそうもいかない。ボブゴブリンは俺に突進してきた。
俺はそれを真っ向から受け止める。
「グ、グギャ!?」
まさか受け止められると思わなかったのだろう、困惑の声を上げる。
そのすきに無理やり腕をつかんで巴投げをかます。ボブゴブリンは驚きの表情のまま窓の方に叩きつけられた。
俺はそのうちにムアーラを回収する。
「グギャギャがyがギャガyがyギャ」
唾を飛ばしまくりながら叫びまくっている。最初から何言ってるのかわからんがさらにわからん。
ボブゴブリンは自分がぶつかった拍子に取れかかった窓のフレームを無理やりとってそれを投げつけてきた。俺はそれを避けようとしたがうしろに女の子がいることを思い出す。とっさにムアーラで切り飛ばすが、フレームを投げ飛ばすと同時に突っ込んできていたボブゴブリンへの対応に遅れる。突き出した爪をはじくがいなしきれずに肩に刺さる。
「ッツゥウウ!!」
ボブゴブリンはさらに攻撃を繰り出そうとするが、突き刺した爪が取れないことに気づく。筋肉で無理やり固定したのだ。一瞬、隙ができた。
「グ、グギャ、
「おせぇよデブ」
無理やり爪を抜こうとしたボブゴブリンのこめかみに剣をねじ込んだ。
ボブゴブリンは膝から崩れ落ち、すぐに黒い靄となって散った。後には魔石が一つ残った。
爪が抜けると同時に血が噴き出る。何かで抑えたいが今は上半身裸だ。仕方なくズボンのすそを破って傷口を抑える。服も調達するべきだったか。
女の子の拘束を解く。暴れたのだろうか縛っていた部分には赤いあざができており、悪いことをした気分になる。ていうか拘束までしなくてよかったんじゃね?とか思うが今は考えないことにする。
「あ、あの、ありがとうございます。もうだめかと思いました。」
女の子がしゃべりかけてきた。ていうかこの顔見たことあるな。まぁ同じ学校にいるんだからどこかで見かけることはあるか。
「大丈夫か?けがは?」
「な、ないです。あ、あの、あなたこそけがは大丈夫ですか?よ、良ければバックの中に救急セットあるんで手当しますけど…」
「あぁ、よろしく頼む。」
用具入れの横においてあった荷物から救急セットを取り出し、いまだに震える手で手当てをしてくれた。
手当てをしてもらいながら軽く情報を交換しあった。