04 元勇者の探索
「…う、ううん……っは!!じいちゃんばあちゃん!!」
くそ、どうやら気絶していたらしい。床には血だまりができていて、服は固まった血のせいで床とくっついてしまっていた。それを無理やり剝がしながら体を起こす。
若干の記憶の混濁がある。まずは現状を把握しなければならない。
俺はミノタウロスと戦ったあと、じいちゃんばあちゃんが危ないかもしれないことに気づき、急いで助けに向かおうとした。そして扉を壊し、屋上から出て…倒れた。幸い階段手前で気を失ったらしく、急に気絶したことによるけがはない。
扉から外を見る。日が傾きかけている。おそらくそんなに長い間気絶はしていないのだろう。
しかし、今は冬だ。もうすぐすればあたりは真っ暗になる。
腹のけがを見る。かすり傷かと思ったが、傷を負った後も激しく動いたのが災いしたのだろう。この傷のせいで俺は気絶した。だがすでに血は止まり、傷も治り始めている。俺は生まれたころから治りが早かった。この程度なら動くのに何ら支障はない。しかし、何か食事をとって補給しなければ体力が持たない。
現状は理解した。次はこれからどうするか。じいちゃん達の家はここから15キロほど離れた場所にある。日頃はバスか走って登校しているが、今の状況でまともに公共交通機関が働いているとは考えられない。だからと言って走って向かえばそこらに蔓延っているであろう魔物たちをいちいち対処しなければならない。そうなると、なにか移動手段が必要になってくる。
「よし。今必要なのは食料と足だ。方針は見えた。あとは行動するしかない。」
食料は部活動の生徒が残していった捕食や学校の購買から手に入るだろう。まずはこの学校から脱出する。
「無事でいてくれ、じいちゃん、ばあちゃん。今、行くから。」
目的と方針が決まった俺は階段を駆け下りた。
4階。屋上からすぐ下の階だが、ここの教室は使われていないため、目的のものは手に入らないだろう。そうなればここに用はない。そのまま階段を降りようとした。
…カタン
かすかに音がした。即座に神経を研ぎ澄ます。例え気のせいだとしても、命がかかっているのだ。あっちでは小さな異変が命を脅かすといったことは、割とありふれたことだった。
どうやら音は階段から最も離れた使われていない教室から聞こえたようだった。よく見てみると階段からその教室までかすかに血痕が残っている。
挟み撃ちは避けたい。魔物がいるのなら今処理しておかなければならない。俺はその教室へと向かった。
その教室の扉は派手に壊されていた。そこからゆっくり中を覗き込む。中は何者かが暴れたのだろう、色々なものが壊れたり破片が散っていたりした。所々血痕も見える。しかし、今何者かがいるようには見えない。
「なにかいるな。」
目には見えない。だが、気配がある。教室の後方、そのあたりはこの教室の中において唯一荒らされていなかった。そしてその中でも最も奥のほうにある用具入れ。そこから何かの気配がする。
ゆっくり近づいて様子をうかがう。一見何事もないかのように見えるが、用具入れの下部から何か粘液のようなものが垂れ流れている。
それに何より、用具入れの隙間から生臭い匂いがする。
用具入れの取っ手をとる。何も反応はない。しかし、開けようとすると明らかな抵抗を感じた。
ここで手間取っても無駄だ。俺は用具入れの扉を開くのではなく引きはがした。
「うえぇ、なんだこれ、きもちわりい。」
中にはぎっちぎっちにピンク色の肉塊が詰まっていた。その表面は何かぬめぬめしたものに覆われていて、生ごみのような生々しい匂いがプンプンする。
なんかもう気持ち悪いけど何もしてこないので無視していこうと思ったが、よく見ると肉塊に埋もれるようにして肌色の部分が見えた。
これは…手か?
できるだけぬめぬめを触らないようにしてその部分を引っ張ってみる。やはり手だ。誰かがこの肉塊の中に埋もれているのかもしれない。俺はそのまま全体を引っ張り出そうとしたが、それに抵抗するように肉塊から触手が伸びてきた。
いったん手を放し、用具入れから素早く距離をとる。自分の獲物を横取りしようとしたことが癪に障ったのだろうか、いくつもの触手を出しながら攻撃してきた。
「ムアーラ、片手剣」
剣を正眼に構え、触手を迎え撃つ。触手の動きはのっそりしているように見えるが、触手は先端に向かうにつれて細くなるようにできている。その構造は鞭に酷似しており、先端が異常に早い。その触手が振るわれる度にパァンパァンと銃声のような音がしている。
音速を超えているだろうその触手に触れた個所は刃物でも用いたかのように切断されている。
先端を目で追っていてはだめだ。触手の根元の動きを見て、先端の動きを先読みする。
ミノタウロスの時とは違い、今は武器があるのだ。俺がしっかりと対処する限り、敗北はありえない。
今回はきっかり自分の手でこいつを殺す。
触手の動きに合わせて剣をふるう。攻撃してくる触手は全部で8本。よけながら丁寧にスライスしていく。
まずは2本。右と左から挟み撃ちするように振るった触手をいなして一直線上に並んだところを切る。
次に1本ずつ時間差で攻撃してきた3本の触手を避けながら的確に切り捌く。
最後に同時でないと意味がないと判断したのかいっきに3本同時に攻撃してきた。上と左右の挟み撃ちだ。真上にジャンプしながら上から来る触手を切り上げる。しかし、このままでは着地した時に左右から振るわれる触手にあたってしまう。それを回避するため、俺は切り上げた勢いのまま天井に思いっきり剣を突き刺し、それにぶら下がって着地のタイミングをずらす。攻撃が終わったのを確認した後、その後隙に合わせて2本の触手を切った。
「さて、これで終わりかな?」
もう触手はロッカーから伸びてこない。しかし、いまだにその肉塊は魔素に還元されず、用具入れの中に詰まっている。この手の魔物には核がどこかにあるはずだ。中にいるであろう人を傷つけないように気を付けながら剣であちこちつつきまくる。すると、何か硬いものを貫いたような感覚ののち、肉塊は靄のようになって消え去った。
それと同時に中から倒れてくる人がいた。咄嗟に受け止める。出てきたのはおそらくこの学校の女生徒だった。制服はあの肉塊の消化液で溶けてしまったのだろうか、結構きわどい感じになっている。
しかし、そういった類の薄い本で出てくるような服だけ溶かすような都合のいい消化液ではなかったらしく、所々皮膚が赤くただれている。幸い、長くは触れていなかったのだろう、痕は残らなそうではある。
だがそれより問題なのは、この娘が息をしていないことだった。
「おい、聞こえるか?おーい」
意識はない。口元に耳を当てるがやはり呼吸をしていない。首に手を当て、脈をとる。
「微弱だが脈はあるな。」
おそらくさきほどの肉塊のせいで窒息してしまっていたのだろう。だがまだ助かる。そうマダガスカルそーれ!!
ズキュウウウン
俺は人工呼吸をした。俺の圧倒的肺活量の賜物か、割とすぐに息を吹き返した。
しかし、息を吹き返したが意識が戻らない。呼びかけたりゆすったり結構強めにビンタしたりしたが反応がない。
困った。俺はまぁまぁ急いでいるのだ。食糧と移動手段を見つけなければならない。せめてこの子が意識があるなら一緒に行動すればいいのだがさすがに意識がないまま連れて行くにはリスクが高すぎる。さすがの俺でも意識がない人を負ぶって戦うことは不可能だ。
ぐぅ~
腹がなった。
…危険はあるがとりあえずこの子を置いていくしかない。食量だけ手に入れて戻ってくる。しかし、この学校には魔物がいる。もしこの娘が一人の時に目覚めてパニックになって騒いだり、一人で出歩いたりしたら魔物に襲われてしまう。次はないだろう。そうなるとさすがに目覚めが悪い。
どうしたものかと頭をひねっていると、ふと用具入れのすぐそばにガムテープとロープがあるのに気が付いた。
…仕方がないか。変に動かれるよりはましだ。
俺はその娘をロープで縛って口をガムテープでふさいだ。ぼろぼろの服も相まって犯罪集がすごい…
ま、まぁ死ぬよりましでしょ。絶対に戻ってくるから、絶対に。
俺は逃げるようにして教室を出た。
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探索は順調に進んでいた。部活動の生徒が残していった補食や、購買部にあった売れ残りのパンなどを食べて俺の腹は十分に膨れたし、当分の食料も手に入った。
やはり校内には魔物がいた。しかし、ゴブリンやちょっとでかい犬など、そのほとんどが雑魚だったので雑に殺しながら進んだ。
また、ここでいくつかの気づきがあった。まず、魔物は時々ドロップアイテムを落とす。ほとんどが魔石(小)とかいう石ころだが、たまに装備や素材を落とすやつがいる。
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ゴブリンナイフ C
分類:武具
特性:小ぶりのナイフ。かけやすく、もろい。
状態:
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これはゴブリンが落としたものだが魔石がゴブリンを10体倒して6つ出てきたのに対して、装備はこの一本しか出てきていない。装備系はレアなのかもしれない。他にはゴブリンの角だとかゴブリンの牙だとかも手に入れたが使いどころがわからないのでそのまま放置してきた。
もう一つの気づきは魔物を倒すたびにステータスが上がることだ。触手を倒した時もそうだったが、魔物を倒した後、妙に体が軽いなと思ったのでステータスを開いてみると、
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コウラク マヒロ 種族:ヒューマン
職業:#N/A
体力 37(13UP)
魔力 24(4UP)
知力 8
気力 70(10UP)
合計 139
スキル
ステータス 剣術LV2 New! 見切りLV1New!
称号
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Cランクダンジョン踏破者 ヴァンガード 達人剣士 New!
状態:良好
総合評価 C
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となっていた。知力だけ未だに1桁なのは頭にくるが、全体的にステータスがUPしたおかげか体が思うように動きやすくなった。魔物を倒す度に肉体や魔力が成長するこの現象は前世でもあった。詳しい話は知らないが、どうやら魔物が魔素に還元されるとき、その一部を肉体に取り入れることによって肉体が強化されるらしい。
そしてスキル。基本的に剣を使って戦っていたためか、剣術と見切りとかいうスキルが生えた。剣術に関してはどの段階ではえたのかは知らないが本来この肉体では扱えないような剣術を多少だが使うことができたり、その効果をはっきりと実感できたが、見切りに関してはよくわからなかったので、これはどんなスキルだ?と考えたらステータス画面が突然移り変わった。
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見切りLV1
分類:パッシブスキル
効果:回避率上昇(微)
弱点看破(微)
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このようにアイテムのように詳細に説明してくれるようになった。このスキルが使えるかどうかはともかく、ステータスで気になるところを念じるかタップするかすればその部分に関して詳細に説明してくれることが分かった。なので、探索しがてら気になるところを調べてみた。
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Cランクダンジョン踏破者
説明:Cランクダンジョンを踏破した者に送られる称号。
効果:ダンジョンのランク、名前、階層数がわかるようになる。
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ヴァンガード
説明:何かを人類で始めて成し遂げた勇気あるものに送られる称号。
効果:ステータス成長率UP
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達人剣士
説明:一定以上の剣の技術を持つ者に送られる称号。
効果:スキル『見切り』の付与
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どうやら称号はただの称号ではなく、それぞれ効果があるらしい。特にヴァンガードの効果はでかい。
称号が結構重要であることを知った。
職業や、黒塗りの部分なんかは念じてもタップしてもバグったみたいに一瞬画面が黒くなるだけなので考えるのをやめた。まぁ、十中八九前世がらみのものなのだろうが。
とにかく、初期のころと比べて俺は随分と成長した。俺からしたら成長したというより戻ってきたといったほうがしっくりくるが。
今ならミノタウロスとも武器があれば正面から戦えるだろう。
それでも前世には遠く及ばないが、このまま順調に成長すればあの頃くらいまで行けるかもしれない。
これからの展望に期待を膨らませつつ、探索を進める。
食料はそろい、力が漲って来たことにより気分がいい。あとは移動手段を見つけることができれば万々歳なのだが、俺はある場所に目星をつけていた。
職員室。そこにはおそらく誰かの先生の乗り物ののカギがあるはずだ。車は運転できないがバイクならじいちゃんが好きだったのもあって乗り方を知っている。
俺は目当てのものを探すため、職員室へと向かった。