5話 ブラックドラゴン
ブラックドラゴンは見上げないといけないほどに大きかった。近付いてくるハンターに気が付き、威嚇する。
「四方向に分かれて戦うぞ!」
誰かがそう叫ぶ。弓、魔法の杖、剣などを持った人達が上手いバランスで分かれていく。
先陣を切った俺はドラゴンに突っ込む。作戦などない。
「おい、ナンバー1が策もなしに突っ込んで行ったぞ」
「あいつの攻撃は一撃で瀕死に持ってかれるレベルなのに!?」
「しかも、僕たちの攻撃だって大して効くわけじゃない·····」
そう。俺はこのゲームをほぼ初めてやったようなものだ。戦い方など言われても分からない。技術があるわけでも、知識があるわけでもない。あるのは特典で強化されまくった攻撃力や体力のみ。六年前と同様、ゴリ押しで行くだけだ!
俺はドラゴンが火を噴く前に素早く走り、ドラゴンの足元に辿り着いた。体が大きいせいで、足元には視界が届いていないようだ。四方向からの攻撃のせいで足を動かすことはしばらくなさそうだ。
「ふう。上手く潜り込めたな」
体の大きい敵は足のバランスを崩すのが良い、とアニメで見たことがある。俺は極神級ソードを鞘から取り出して大きく振り上げた。
「これでどうだ!」
ザシュッ!千年杉のように太い足を切り落とした。
ドラゴンはギュエエエー!と大きく叫んでバランスを崩し、そのまま地面に倒れた。
「ナンバー1がやったぞ!チャンスだ!」
「今のうちにダメージを与えるんだ!!」
全員の士気が上がる。
――が。
「攻撃全然効いてなくないか·····?」
俺が見るに、みんなが使っている武器は、絶級、良くて超絶級だ。
「これじゃあ蟻が人間に攻撃してるのと同じようなものじゃないか」
(そうだ·····!)
俺だけ無料でいくらでもガチャを引ける。その中には、超絶級よりも強い神級武器があるのだ。加えて、特典で一万ポイントも上がった幸運がある。
もう言わずもがなだろう。
「このドラゴンに効率よく攻撃を与えたいやつはこの神級武器を買うがいい!一つにつき十万ダラだ!」
手にたくさんの神級武器を持って見せびらかす。"ダラ"とはお金の単位で、円の価値と等しい。そして神級武器はアイテムショップでは売られていない。つまり、ここは俺だけの独占市場なのだ。
「神級武器だって!?」
「俺は買う!」
「私も!」
「俺もだ。みんなの仇を取ってやるんだ」
今なら倒せるかもしれない、という期待が皆の背中を後押しした。たくさんの人が買っていく。
良い商売だ。俺は無料でアイテムを獲得。それを転売して稼ぐ。これぞ勝ち組。しかもこのお金は現実世界のお金に変えることができるのだ。
武器を神級に変えたことで、みんなの攻撃が通るようになった。ハンターワールド運営が企んでいたのはこれだったのかもしれない。
強者が弱者の手助けをする。ゲームバランスは崩れず、強者はお金を稼ぎ、弱者はどんどん強くなれる。そうすることで、お互いにウィンウィンの関係になっていく。
現実もこうだったらどんなに良かったか、という考えが頭をよぎる。だが、そう上手くはいかない。これはゲームであり、現実とは違うのだ。
例えば、お金持ちがホームレスに食べ物を与えようと、お金持ちに何か見返りがあるわけではない。強者が弱者に手を差し伸べたところで、自らが不利な立場に陥るだけなのだ。
――でも、本当にそうなのだろうか?
「ナンバー1も来てください!そろそろ倒せそうですよ!」
俺の考え事を遮るように、名前も知らない誰かが、少し離れたところにいた俺を呼び、我に返る。
「ああ、今行く!」
そうだ。顔も名前も知らなくても、自分を無条件で想ってくれる人は必ずいる。ネット上でしか会えなくても、それはきっとかけがえのない友情となる。人と人との繋がりに見返りなんて必要ない。そこに君がいてくれるだけで誰かが救われる。生きてていい理由になる。
そうやって、居心地の良い世界がそこに生まれるんだ。
【ミッションクリア】
《街中で暴れているブラックドラゴンを倒そう》
成功報酬:ブラックドラゴンの心臓
『ブラックドラゴンの心臓は、一番功績が大きかったハンター様に渡されます。また、その他のハンター様には経験値3000と、ブラックドラゴンの欠片をプレゼントいたします』
―ピロン。
【ミッションクリア報酬】
・ブラックドラゴンの心臓
・ブラックドラゴンの欠片
・経験値3000
「それにしてもあっさり倒しちゃったけど、ゲームバランス大丈夫なのか·····?」
強いとされていた人たちもすぐに倒されたらしいが、俺は剣を一振りしただけで後は適当にやっておしまいだったわけだ。
まあいいやと思って報酬の受取ボタンを押す。
『経験値獲得量100倍により、経験値は3000から300000になります』
「思えば、そんな特典もあったな」
経験値を上げるのはあまり気にしていなかった。昔は5ポイント、多くて10ポイントしかもらえなかった。それらも100倍にされはしたが。
『レベルアップしました。ステータスから確認できます』
レベルが上がるとステータスの基礎値を上げるポイントが得られる。
「えっと、それで、ステータスはどうやって開くんだ?」
スマホでやっていた時とはわけが違う。色々探しても画面上には出てこない。
「ステータスオープンって言うだけ·····」
大人しそうな高校生くらいの女の子が隣に座った。いや、大人しいと言うより、恥ずかしがり屋のようだ。
「なるほど、ありがとう」
「本当に、ナンバー1、なの?」
俺の顔を覗いてくる。ゲームのアバターだからか知らないがかなり可愛い。
「うん。そうだよ」
「あ、あの、私はナンバー2で·····!お、お話し、してみたくて·····!」
「ナンバー2!?あ!チャットにもいたよね?」
「うん·····。私も、戦闘にいたけど、結局、あなたが一人で、大体やった、から·····」
「ああ、なんか悪いね·····。そういうつもりじゃなかったんだけど」
「ん·····。別に気にしてない」
「あ、そうだ。色々あって俺はこのゲームをやるのが六年ぶりで、分からないことだらけなんだ」
「そう····」
「だ、だから、俺に色々教えてくれないか!VRゲームも初めてだし、分からないことだらけなんだ!ダメか·····?」
ナンバー2は、俺がお願いをするのに必死になっているのを見て、ふふっと笑って答える。
「良いよ。その代わり、あなたのこと、もっと、教えて欲しいな、って·····」