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その5 美咲と電源ケーブル②

 結局、植木鉢以外で用意できた廃材は、荷物の緩衝材に使われていたプチプチと、大和の部屋にあった断線してる充電コードだ。


「お兄ちゃん、これ危ないんじゃないの」

「使わなければ、危なくない」

 そんな無意味な会話をしつつ、あっさり「持ってっていいよ」と言われた美咲は、コードを回収しつつ、モニターが複数並んだ大和の机周りを見る。ゲームの実況配信をしている大和は、最近登録者数が増えてご機嫌らしい。

(なんだっけ…確か実況に合わせたオリジナルのピアノ伴奏が臨場感溢れていいとかなんとか)

 なんにせよ、親の都合で引っ越した時期としては、受験生の兄の方が色々心配ではある。受験生とは思えないが、新しい環境に馴染めてるならと親は容認しており、妹の美咲がとやかく言うことではない。


「えー、なかなか良いじゃん」

芽衣子が美咲の作っているオブジェを覗き込んできた。植木鉢は大きな破片が多いので、プチプチをまとめてボール状にしたものに、ペタペタと両面テープで貼っているのだ。食器の金継ぎのように、適度に空いた隙間がなかなか良いアクセントで、段ボール板の土台と色合いもマッチしている。

(じゃ、これで…)

大和から貰った断線コードをどうしようかと考え、結局適当に巻いて植木鉢の中心に入れようとした。しかし束ねていないコードはうねうねと元の形に戻ろうとする。


(刺すか)

美咲はUSBの差し込み口をプチプチに刺す。すると、「バイン!」とコードがバネのように跳ねた。しかしそれは一瞬のことで、すぐにコードは緩いカーブを描いて植木鉢の外に飛び出す。美咲は適当に輪を作ったりしながら、コードをテープでプチプチに貼っていった。じりじりとたまに動くコードは、どことなく植物っぽい。

「かっこいー。生きてるみたい」

芽衣子は感心している。

「ほんとだ。俺も真似しようかな」

坂崎もそう言って覗きに来たので、美咲は慌てて「そんな」などと謙遜する。坂崎も結局割れた植木鉢を持ってきたのだが、山になるよう重ねて積まれており、墓のようだ。ご丁寧に、中心にはアイス用の使い捨てスプーンが垂直に刺さっている。

(アーメン…)

美咲は心の中で呟いた。意外と坂崎はセンスが無いらしい。


「そろそろ?良いかー」

中塚が教壇から教室を見渡し、声をかける。各自持ってきた廃材はお菓子の空き箱が圧倒的に多く、悩んだ生徒は横に置いた箱に、縦に積む。だいたいそんな感じなので、教室の机は墓地のようになっていた。

「…うん、まあ、そうなるよな」

 中塚は苦笑しながらも、生徒に指示を出す。まず先日配布されたプリントに、自分の作品に使用した廃材とテーマを記入し、下欄には誰の作品が気になったか、と、その感想を書く。各自席を離れ、他の生徒の作品を自由に鑑賞し始めた。


 お菓子の墓が林立する中、美咲の作品は皆に好評で、「かっこいー」「なんだ、こうすれば良かった」等の感想が聞こえる。目立つことに慣れない美咲は恥ずかしくなったが、悪い気はしない。

鑑賞が終わり、作品にプリントを貼って教室の棚に並べた。中塚が採点するためだ。

「園田の作品が好評だなあ」

 授業が終わり席を立った美咲に、中塚が話しかけてきた。こうして教師から気にかけてもらうことも、美咲にとって滅多にないことで緊張する。

「園田は?誰の作品を書いたの?」

 そう中塚は、美咲のプリントを見た。「誰の作品が気になりましたか」の欄に、坂崎の名前がある。理由は「積んであるところが良いと思いました」と。

「なるほど」

 嘘ではない。箱を使う生徒が多い中、賽の河原よろしく地道に破片が積まれている坂崎の作品は、違う生徒からもポイントが入っていた。美咲はつい、にやけてしまう。好きな男子の成績アップに貢献できたと思うと、嬉しい。


 そのとき、美咲の作品のコードが「パリッ」と音を立てた。どうやら止めていたテープが剥がれたらしい。美咲が貼り直すと、コードは落ち着いた。

中塚はそれを見て神妙な顔をしている。

「……なるほど」

(なにが、なるほど?)

 美咲が不審げな顔で中塚を見ると、中塚は慌てて笑顔を取り繕う。

「いや、大丈夫。呼び止めて悪かったな、教室戻っていいぞ」

 中塚は、そこで再び美咲のオブジェを見た。性格を現すような薄い筆致で名前やテーマが書かれている。中塚はそっと美咲のオブジェを指で触れた。何も起きない。

(まさかな)

中塚はそのまま棚から離れると、美術室を施錠して出ていった。



「俺の渡したコード、どうよ」

 夕飯時、なぜか大和がどやりながら美咲に聞いてきた。美咲は「まあ」などと適当に相槌を打つ。実際褒められのは植木鉢で、コードはおまけだ。だが完成したものはなかなか良かったし、コードが無ければあの出来にはならなかったかもしれない。だがそれを「兄の」コードのおかげとは言いたくない美咲であった。

(まあ、私のセンスが評価されたんだからね)

 うん、と美咲は頷き、そのまま食事を続けた。大皿のチンジャオロースは美味しく、育ち盛りが2人いると取り合いになる。

「次からもうちょっと多めに作っても良いんじゃない」

 父は母に言うが、母は「そうねえ」と言いながらマイペースに食べている。それからは受験生の夏期講習の話になり、大和はそそくさと自室に逃げて行った。


「で?その美術教師と保健の先生、できてんの?」

 真知は相変わらずあけすけない。美咲は自室のベッドに寝ながら、スマホのスピーカーの音量を下げた。

「うーん…いい感じっぽい…んだよね」

「へぇー」

 意外と真知の反応は良くない。美咲が「興味ない?」と聞くと「いや、それより」と言われた。美咲の恋愛の進展を聞きたいのだ。

「進展は…ない…けど」

 不思議なことはあったのだ。オブジェは採点が終わったあとの学期末に持ち帰るよう言われており、次の美術の授業のときも、まだまとめて棚に置かれている状態だった。美咲は、自分と坂崎の作品が隣に置かれているのを見た。

(掃除のときに動かしたのかな)

 同じ植木鉢という素材を使っているので、隣同士のほうが確かにまとまりも良い。なかなかの出来、と美咲が心の中で自画自賛していると、坂崎がやってきた。

「良いよね、これ」

 褒められ、美咲はドキドキする。すると、美咲のオブジェからするすると長いものが伸びてきた。コードである。


(え?) 


 まるで生きているようにコードは動き、そのままある形を作った。

ハートだ。

「え…ええっ??!」

 美咲は慌てて両手でコードを隠し、そのままギュッと握って植木鉢に押し込んだ。隣にいた阪崎は、キョトンとしている。

(良かった…見えてない。でも…)

 いまコードは、押し込まれた状態でピクリともしていない。

(まさかね…)

 美咲は授業中もちらちらと植木鉢を見ていたが、そのあとは何も起こらなかったのだ。


 放課後、クスノキに向かった美咲は、もう一度土を掘り返す。もちろん、何もない。

「…ここから取り出したんだよね…」

 ううむ、とヒョットコのような顔をして考える美咲に背後から声をかけてきた人がいた。

「テーマ、いいよね」

 用務員である。

「テーマ?」

「美術のオブジェのテーマ、再生。いいよねえ」

 美咲はテーマ欄にどう書こうか悩み、「再生」と書いたのだ。掃除か、施錠のために美術室に入った際に用務員は見たのだろう。美咲は軽く会釈してその場を去ろうとする。

「植木鉢は再生したけどね、人の気持ちは育つんだよ」

 再び用務員は声をかけてきた。

「大事に育ててあげると良いよ、そのうち花が咲くかもしれないからねえ」

 なんのこと?と美咲は思いながら、門に向かう。もうすぐ夏休みだ。真知が遊びに来るので部屋を片付けたり、やることは多い。ふと、サッカーゴールが目に入った。授業や休み時間でサッカーをやる坂崎の姿は、とても楽しそうである。

(坂崎くんの試合とか、見に行っちゃおうかなあ…)

 珍しくそんな積極的なことを考えながら、美咲はウキウキと家に帰った。



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