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その5 美咲と電源ケーブル①

 美咲は工作が得意ではない。特に立体作品が苦手だ。

(廃材を利用したオブジェ…)

手元のプリントには、使用した廃材、テーマ、そして他の人の作品についての感想を記入する欄がある。

 廃材とはなんぞや。美咲は顔をあげ、美術教師の中塚が説明のために持ってきたというモノたちを見た。折れた木材、お菓子の空き箱、プラスチックスプーン。


「まあ、わざわざ買わないでいいような……有り体に言えば、ゴミだな。それをこんな風に」

 中塚は説明しながら、教卓の上で手際よくそれらを組み合わせて立体作品を作っていった。木材を支えに空き箱を斜めに添え、プラスチックスプーンを反対側に付ける。出来上がったそれは滑り台のようで、さらに空き箱はペットボトルのキャップでデコレーションされていく。中塚は出来上がったそれを持ち上げ目の前で1周まわした。

「テーマ……そうだな。郷愁?」

「センセ、それダサい」

「センスがおじさん」

 中塚のセリフがかった言い方に、容赦なく中学生のツッコミが飛び交う。うるせー、と軽く返す中塚は、ギリギリまだ20代だ。美咲が転校して最初の授業で見たときは、美術室の電気がたまたま切れており、薄暗い中で見る中塚はなんともダークな雰囲気を纏っていた。だが第一印象とは違い、思ったより話しやすい。

(というか、アレかな。西原先生とのデート……)

 週末、美咲の兄が電車で外出するというので、最寄り駅まで父親が送ると言い、美咲も暇なので同乗した。そして、駅前で待ち合わせをしていたらしき、中塚・西原両教師の姿を目撃したのである。


 帰宅した兄の大和に聞いてみると、二人はなんと大和と同じ駅で降りたらしく、そのまま美術館のほうへ歩いて行ったとのことだった。(ちなみに大和の行き先は誤魔化されて教えて貰っていないが、美咲はそれほど兄に興味はないし、大和もまた教師のデートに興味はないようで話は弾まなかった)


(美術館デートかぁ……美術の先生だしね……あと、年も近そう)

 養護教諭の西原は、植木鉢から美咲をかばって怪我をした坂崎の応急手当をしており、付き添った美咲はそのとき初めて彼女と喋った。ちゃきちゃきしていて、ある意味生徒に無用な心配をさせないタイプである。

 坂崎にも「あれ?植木鉢って聞いたからどっか打ったか切ったのかと思ったけど、捻挫?きみ、捻挫?あららら」と、返事を求めてないような速さで喋りながら、手際よく湿布を貼り担任と親に連絡していた。その時の「植木鉢もさぁー、生徒に怪我させなくてよかったよねえ」という言葉は、誰を気遣っているのか美咲にはいまいちわからないが、とにかく西原は明るく、陰気そうな中塚とは真逆に見えた。


 だが、当初の印象から変わったというのは、美咲が学校慣れしたから、だけではないらしい。

 同じ作業机の隣になった芽衣子が、美咲にそっと耳打ちする。

「ナカツーさ、なんか良いことあったのかな」

 それほど中塚を知ってるわけでない美咲は、質問を返してみた。

「え……なんで?」

「あ、園田さんは前のナカツーはわかんないか。いかにもやる気ない教師の典型って感じだったんだよー。あんなノリ良くなかったし」

「へえ……」

 やはりそうか。しかし美咲はデートのことを吹聴するような性格ではない。

(今度真知にラインしよう)

 前の中学の友達なら、言っても構わないだろう。美咲はうずうずしてる気持ちの落ち着けどころを見つけ、冷静になった。おとなの恋愛事情についての妄想は胸のうちに秘めつつ、改めてプリントを見る。羅列する、廃材、オブジェというワードは、脳内でどうにも立体にならない。

「ううううう……」

 思わず漏れた美咲の唸り声に、芽衣子は「え、そんな泣くほど?」と引いている。泣いてはない、と慌てて美咲は手を振るが、中塚が心配そうな顔で近付いてきた。

「ええと……園田?そんな悩まなくても、なんでも良いんだぞ。壊れたものを貼り付けたり、拾ってきた石でも良いし」

「壊れた……もの……」

 美咲は、懸命に考えた。それほど成績が良くないのを自覚している美咲にとって、技能教科は内申を上げるための救済なのだ。

「壊れた……壊れた……」

「ねえ、園田さん。ぶつぶつ言うの怖いよ」

 芽衣子は冷静にツッコミをいれてくる。気づいたら近くにいる生徒も、苦笑しながら美咲を見ていた。そのなかに坂崎もいる。


(……植木鉢!)

 

 坂崎を見て、美咲は割れた植木鉢を思い出した。割れたものなら、廃材だろう。

(ヨシッ)

美咲は小さくガッツポーズをし、昼休みになるとすぐに校庭のクスノキに向かった。



「あ、そのまんまだー……」

 植木鉢は、土中に破片として残っていた。土に還るわけじゃないのか、と思った美咲の頭の中を見たかのようなタイミングで、背後から声がした。

「だめだよ、勝手に掘り返しちゃあ」

 作務衣姿の、用務員である。

 しかし、だめ、というわりに窘めるでも怒るでもない、のんびりした口調だ。

「えと……だって、土に還るって……」

「まあ、いつかねえ。砕いちゃえば良いんだろうけどね、まあまだちょっと未練がありそうだったからねえ」

「未練?」

 美咲の言葉には答えず、用務員は破片を土中から取り出す。

「で?美術の授業かな?廃材オブジェでしょ」

 はいこれ、と用務員は手際よくどこからか取り出したビニールに破片を入れて、美咲に渡す。美術の課題であることは伝えていないが、きっと用務員は廃材を探す生徒から「なにか無いか」と聞かれてるのだろう。美咲はそう納得し、ありがたく植木鉢の破片を受け取った。ビニールの持ち手を握ると、はずみで「カチャッ」と破片が鳴る。


 どんなものを作ろうか、美咲が手元を見ながら少し想像していると、用務員はにやりと笑って言った。

「物っていうのはさ、違う形で生き返るってことも、あるんだよねえ」

「ん?」

 美咲は、用務員を見る。

「ん?」

 用務員も、ニヤニヤしたまま同じように返してきた。

「……失礼します。これ、ありがとうございました……」

 なんとなく釈然としないながら、美咲はその場から離れて校舎へ戻る。下駄箱へ近付いてきたとき、1階の廊下を歩く坂崎と、男子たちの姿が見えた。坂崎の手にはサッカーボールがある。


「お、園田さんじゃん。なにそれ?」

 男子が、美咲の手元のビニールを指さした。美咲は「美術に使おうと思って」と左手を軽く掲げた。すると、それほど勢いは付けていないのに、ビニールがガチャガチャと大きな音を立てた。

「……それ、植木鉢?」

 坂崎が言うのと、美咲が慌てて右手でビニールを押さえるのとは同じタイミングで、急にその場は静かになる。

「そうだ……坂崎くんもこの植木鉢に思い出があるんだよね……」

 美咲は少し反省した。これのせいで坂崎は試合に出られなかったのだ。だがそのおかげで、集団万引きの仲間にならなくて済んでいる。

「いや、思い出は別に。家にも割れた鉢があったな、って思って」

「あ、そうなんだ……」

 そこで、男子たちは「うわ、廃材持ってくんの、来週までだ」「なんかあったかなー」など喋っている。美咲は「じゃあ」とその場から先に去り、教室へ戻った。

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