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その4 中塚先生と木製イーゼル②

「あらー、中塚先生。どうしたんです?」

 幸い、保健室には養護教諭の西原がいた。彼女は、中塚の左手をつかんだり捻ったりする。親指の付け根あたりを叩いてしまったが、ひどい打撲にはなってなさそうだ。とりあえず、と西原は湿布をする。


「中塚先生、急に金槌振り回して、自分の手にゴン!ですよ。日曜大工とかしないんですか?」

 花梨は容赦ないが、イーゼル自身に逃げられたのではそもそも釘など打てない。だが花梨にイーゼルの声は聞こえてないようで、中塚はいやまあ、など曖昧に誤魔化す。

(うっかり喋って、変な教師だと噂になってもなあ……)

 

 すると、用務員が保健室のドアを開け、ひょっこり顔を出した。今度は校舎の廊下からだ。

「中塚先生、無茶はいけませんなぁ」

 ニヤニヤと笑う用務員を、西原がたしなめる。

「九十九さん、ひょっとしてまた何か、企んだんじゃないですか?」

「さてねぇ」

 花梨は、ツクモ?と繰り返した。西原が「用務員さんの名前」と教えてくれる。入学して間もない花梨は知らなかったのだろう、中塚は、そういえばと職員名簿に記載された名前を思い出した。

「渡辺妹さん、やっぱり椅子は僕が直そうかな。手伝ってくれる?」

「はーい」

 用務員と花梨は、揃って保健室をあとにする。去り際、用務員は中塚に声をかけた。


「ああ、中塚先生。美術室の花瓶の絵、あれはそこの西原さんが描いたものなんですよ」

「え?」

 中塚が驚いて西原を見ると、困った顔をしていた。

「なんで言うんですかぁー」

「えー!西原先生美術部だったんですか?すごい!でもあんな上手いのに、保健の先生?」 

 花梨も興奮しているが、当の本人は困った顔だ。

「まあほら、あれはたまたまというか、モデルが良かったんだよね……って、九十九さん、突然変なこと言わないでください!」

 用務員は、ニヤニヤしたまま「終わったら呼びますよ」と去っていく。


 まったくぅー、という西原を、中塚はじっと見る。それを不躾とはとらえず、むしろ面白がるような表情になった。

「美術教師として、制作エピソードなんてものは聞きたくないですか?」

「いや……」

 中塚は思わず否定してしまうが、西原は構わず話す。

「まあまあそんな遠慮せずに。九十九さんが呼びに来るまで話し終わりますから」

「はぁ……」

 勢いに押された中塚に、西原は、では、と話し始めた。

「まあ。そんな長い話じゃないんですけど。あの絵に描いてある薬缶や花瓶、あれ生きてたんですよ。デッサンのために九十九さんに頼んで、花壇の花を貰ったんですが、週末を挟んでしまって、水換えなきゃ、と思ってたんです。そしたらなにやら美術室から声がしまして、私は慌てて隠れました。すると」

 中塚は先程自分が体験したことを思い出し、まさかとツバを飲み込んだ。

「薬缶が、「こいつはいけねえ」って、水道に行ったんです。なんと、ニョキッと足が生えまして。そして横からは手を伸ばして蛇口から水をついだんですよ。ジャーって」

「手、で、蛇口をひねった?」

「ですです、そして薬缶から花瓶に注ごうと思ったら今度はコップが「それは厳しいなあ」と。あ、口の大きさが合わないって意味ですね」

「……はい」

「そこでコップに一度ついで、そこから花瓶へ。花瓶は自分から体を傾けて、見事自分の中へ水を入れられたわけです。たまたまそれを見ていた私は、これはと慌てて描いたわけですよ。そのあともその光景を思い出しながら仕上げたら、なんと入賞!」

「……なるほど」

 中塚は、西原の話す勢いに圧倒されながらも、先程喋って逃げるイーゼルと対峙したことと重ねていた。

(古い学校だから何か出そうとは思ってたけど、行きてる薬缶や花瓶、ねぇ……)

「あれ、またまたー!とか言わないんですか。これ話すと皆さん、謙遜して変な作り話しなくていいのにーって言うのに」

 西原は中塚の反応が新鮮なようだが、中塚はまあ、と誤魔化す。

「ほらさっきから、なんか、誰かに遠慮してます?言いたいことあったら言いましょ、聞きたいことあったら聞きましょうよ!」


 養護教諭としては3年目くらいか、子供の怪我や体調不良、悩みに日々向きあえるほどのバイタリティは、若さだけじゃないだろう。

(でも、進んだのは美術系じゃないんだな)

 中塚はそう思い、今いきいきとしている西原を見返した。

「ん?ひょっとして、中塚先生も何か、見たんですか?」

 西原は、ニヤリと笑った。まるで、いつも用務員がするような表情だ。

「……いや、まあ……その」

 ふっふっふ、と西原は笑う。

「というわけで、入賞したのは生きた薬缶や花瓶のおかげなんですよ。で、絵はそこで満足しました。誰かがいてからこそ、自分は力が発揮できるんじゃないかなーって。そこで行き着いたのがココですね」

 最後は今の職につく体験スピーチのようになっていたが、思わず中塚は拍手をしてしまった。どうもどうも、と西原は笑い、ちょっと椅子を近づけ小声になった。

「そうだ、これもあまり信じてもらえないんですけど、中塚先生ならわかってくれるかなあ……」

 意味有りげな言葉に、中塚も思わず身を乗り出す。そこへ、花梨が「修理終わりましたー」と戻ってきたので、慌てて西原から離れた。用務員も一緒だ。施錠までしてきたらしい。

「添え木をして、本体には釘うちしないようにしときましたよ。ほら、直されると痛いから嫌だって言うからねえ」

「……誰がですか」

「誰ですかねえ」

 用務員はニヤッと笑い、その顔と不審げな中塚の顔を、西原は交互に見てこれまたニヤッと笑う。


「ああそうだ。教頭先生が、中塚先生にって。何枚かあるし、せっかくだから西原さんと行ってきたらどうです?」

 そう中塚に用務員が渡したのは、美術館の特別展のチケットだ。真面目に活動してる部員数人に渡してもまだ余る。

「えー、九十九さん行きましょうよ、デート」

「10年前から断ってるはずですけどねえ」

「ケチー」

 西原と用務員は、冗談ともつかない軽口を言いあっている。

「ちょっと先生方、生徒のまえで生々しい話は控えてくださーい」

 花梨が呆れて言い、西原は照れ笑いをしながら、サッと中塚の手元からチケットを1枚抜き取った。

「じゃ、美術部OGとして有り難く頂戴します。うわー、美術館なんて久しぶり!楽しみ!」

 その屈託のない西原の言葉に、中塚は自分が楽しく美術に触れていた学生時代を思い出した。

(まあたまには…損得抜きで楽しむのも良いか)

 花梨にも2枚チケットを渡し、帰る準備をする。保健室内の施錠点検をする西原をドアのところで待っていた中塚は、「あ」と思い出したように西原から手招きされた。


「さっきの続きですけど」

 中塚なら信じてもらえるかも、という話を、西原はどうしても聞いてほしいらしい。

「九十九さんて、私が中学の時からここで用務員してるんですよ」

「ああ……かなり若い頃から、長く勤めてるみたいですね」

「いえいえ、それが。少なくとも私が10年前から、あのまんまです」

「それは……かなり老け顔だったってことですか?あ、逆で、ジョジョの作者みたいに老けない顔とか……」

「どっちでしょうね」

 うふふ、と西原はにやりと笑う。

「中塚先生は、どっちだと思います?私は動く薬缶や花瓶と同じくらい、九十九さんがずっと不思議なんですよ……ふふふ……」

 そこで花梨に、帰りましょー、と呼ばれたので、二人は慌てて廊下にでる。からかわれたが、勿論そんなやりとりではない。

(……西原先生も十分不思議だけどなあ……)

 中塚はそう思いながらも、美術館にいくなら、西原先生はいつが都合が良いのだろうなど、早速頭の中で予定を組み始めていた。


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