その3 祐一郎と体育倉庫①
小さい学校の部活だとしても、たとえ部員が少なくても、必ずレギュラーになれるとは限らないのだ。
祐一郎は放課後の埃っぽく狭い体育館倉庫のなか、薄汚れたマットに座りながら、スマホのゲームにいそしんでいた。バレーボール部と卓球部が練習してる音がする。ボールが床に叩きつけられて振動するたびに、切れかかった蛍光灯はカチカチいっていた。
「あーあ……」
昨日、バスケ部は日曜を丸々1日潰し、隣市の中学へ練習試合へ行った。そのため今日は、休養日である。
模擬試合ができるほどの部員がいない多多理中バスケ部にとって、練習試合を受けてくれる他校はありがたく、試合は思いの外接戦で生徒も顧問も、良い収穫があったと満足して多多理町へ帰ってきたのだった。
祐一郎は1年生なので、試合へ出られなくても仕方ない。小学校でミニバスに所属していたときも、4年は見学、5年で補欠、6年で選手という流れが出来上がっていた。小学校の部活は種類も少なく、4から6年を合わせて100人ほどの中で、ミニバス所属が20人なら選手になれないのも仕方ない。
では部員の少ない中学校では選手になれるかもと、祐一郎は期待していた。実際、1年から試合に出られたという先輩も多い。だが今年は3学年合わせた部員は6人、1年は2人。レギュラーになれなかったのは、祐一郎だけなのだ。
(せめて、途中交代で出してくれてもいいんじゃね?)
相手とは善戦で、故障もないので大会を見据え、顧問はメンバー固定のまま数試合を消化した。
「あーあ!」
スマホのゲームを中断し、祐一郎はマットに仰向けになる。埃が舞い、むせた自分にイラッとした祐一郎は、近くにあった古い得点板を蹴飛ばした。
「いてぇな」
低い、男の声がして、祐一郎は驚き動きを止めた。倉庫には誰もいないはずだが、注意してみると、先程までは感じられなかった何かの気配もある。
「おい、ちょっと来いよ。イチが落ちたじゃねえか」
「イチ?」
祐一郎は倉庫内を見渡すが、誰かいるようには見えない。
「これだよ、これ。1、だよ。全く中坊は扱いが雑なんだよなあ……だから無くなっちまうんだ……2や、3まで……」
どうやら声は、得点板のほうから聞こえてくる。そして、祐一郎が蹴った拍子に外れたのか、床には「1」の得点シートがぺらっと落ちていた。
そのとき不意に、ニョキッと細く長い、腕のようなものが得点板の横から伸びてきた。粘土で作ったようなにょろっした指が、「1」を拾い、そのまま得点板に貼る。ちぎれたためビニールテープで補修されていたようだが、粘着が弱くなっていたようだ。「1」はかろうじて本体にくっついたが、1の下は4で、札は全部揃っていないようである。
唖然としている祐一郎に、声はさらに話しかけてきた。
「そろそろ門が閉まるぜ?ほら、見回りの足音、するだろう?」
ペタペタと、上履きでも靴でもない音がして、祐一郎は慌ててリュックを背負い、スマホを見ると18時半。蛍光灯のスイッチに手を伸ばすと、あかりはひとりでに消えた。
(……寿命か?カチカチいってたもんな)
そのまま倉庫の扉を開けると、バレー部と卓球部の用具はステージ脇へすでに片付けられ、生徒は誰もいない。卓球台脇には電光の得点板が置いてある。
(便利になったよな)
祐一郎が小学生の頃は、まだめくるタイプの得点板だった。ちょうどこの体育倉庫に追いやられてるのと同じである。
(小学生のときは、レギュラーになれなくても楽しかったけどさ)
そう祐一郎が不満顔になったとき、倉庫からまた声がした。
「お前は、欠けたままでいいのか?」
(え?)
祐一郎は振り向き、得点板を見た。
「ちゃんと頑張らねぇとよ……気持ちはどんどん欠けちまうんだ……俺は頑張ったら欠けちまって用無しになったけどな……ははは」
声は、先程と同じく得点板から聞こえてくる。最後はなぜか自虐的な笑いになったが。祐一郎がボーッとしていると、不意に背後から腕が伸びてきた。腕は祐一郎の顔の横をかすめ、そのまま体育倉庫の扉をしめる。
「早く帰んないと、危ないよ」
のんびり、やる気のなさそうな口調なのは、作務衣姿の用務員だ。
「6月に入ったけどねえ、暗くなるときはあっという間だよ。友達も困ってるし」
「友達?」
祐一郎が体育館入口へ行くと、待っていたのは隣のクラスの渡辺花梨だ。小学校の部活は男女混合だったから、ミニバスでずっと一緒だったのだが、多多理中には女子バスケ部がないのもあり、花梨は美術部に入っている。
「今日バスケ部は練習なかったでしょ。何してたの」
なんでここに、と祐一郎は思ったが、入口には雑に運動靴を脱ぎ捨てたままだ。通りかかったのか探しに来たのかわからないが、とにかく花梨に見つかってしまったことは、祐一郎にとって嬉しくない。
花梨は小さい頃からズバズバと物を言うので、祐一郎ははっきり言って苦手だった。ミニバスでも、場所取りが悪いやら、ボールが届かないなどしょっちゅう指摘され、ただ楽しく活動したかった祐一郎には迷惑以外のなにものでもなかった。
そういう花梨はある日初めて試合に出たのだが、練習と本番では状況もプレッシャーも違い、普段祐一郎に指摘してるわりに自分もうまく動けず、他メンバーのおかげで勝ったものの、落胆は激しく、そのあと自主練に励んでいたのは祐一郎も知っている。
「こういう時こそ、自主練やったら」
「花梨には関係ないだろ」
(女バスがなくて悔しいんだろうけどさ、俺に当たるなよ)
多少イラついた口調で返す祐一郎に、花梨はなおも畳みかける。
「せっかく好きな部活に入れたんだから、頑張りなよ」
祐一郎は花梨の言葉を無視して、靴を履き大股で歩いていく。花梨は慌てて追いかけてくるが、その間もずっと小言をいっているので祐一郎は辟易した。町内の小学校は2つあるが、同じ学区のため途中まで帰り道は一緒だ。ようやく分かれ道にさしかかり、祐一郎は赤信号で足を止めた。
「じゃあさ」
やっと追いつき溜息をつく花梨の顔を、祐一郎は見る。
「花梨は好きじゃない美術部に、なんで入ってんだよ。バスケが好きならクラブチームに入れば良いだろ。それとも」
祐一郎は、ちょっと笑った。わざと、頬を歪ませて。
「そこだとレギュラーになれないから、入りたくないんじゃねーの」
信号が変わった。
そう言われた花梨がどんな顔をしているか、祐一郎はあえて見ないよう、一気にダッシュした。信号を渡りきると、祐一郎は直進、花梨は左へと離れる。
(あーあ)
祐一郎はイライラしながら、持て余した体力を消費するようそのまま家まで走って帰った。