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その2 沙耶と下駄箱①

 下駄箱にラブレター。とても古典的だが、連絡先を知らない相手に手紙を出すにはかなり有効だ。

 転入してきた園田大和(やまと)はSNSをやっていないのか、いくら検索をしても出てこない。

 ハンドルネームで登録しているのか、鍵アカウントなのか、中学生だからと親に禁止されているのか。だがスマホは持っており、休み時間になるとすぐに開いて、真剣に画面を見ている。濃いめの顔を、何が嬉しいのか突然クシャッとさせたり、この世の終わりかという表情をして頭を抱えてる時もある。

 気軽に「何見てるの?」と聞けないくらいの雰囲気なので、すでに彼は転校早々クラスからやや浮いてしまっているが、その不思議なところが沙耶(さや)は気になるのだった。

 だが園田はクラスLINEにも入ってない。仕方なく、沙耶はすごく久しぶりに、それこそ小学校低学年のとき以来にスーパーでレターセットを買った。


「……なに書こう」

 風呂からあがって机に向かい、早速手が止まった。沙耶はごしごしと、肩甲骨まである髪を大雑把にタオルドライする。長い前髪もまとめて後ろで一つに結くと、ううむと唸った。

 小学校の低学年で「祖父母に年賀状を書こう」という授業があり、アナログで誰かに手紙らしきものを書くのはそのとき以来である。そして書いていざ祖父母に出してみたら、正月にLINEであけおめと返信が来た。しかもSNSから人気が出たきもかわキャラのスタンプ付き。余談だがお年玉もペイペイで送金されてきた。

 そんなデジタルに囲まれまくった沙耶は、スマホの連絡先を知らなければ告白もできないなあ、と思い込んでいたのだが、「そんな時代だからこそアナログ手紙はキュンとする!」というWEB漫画の端に出ているペン字広告のキャッチコピーをみてこれだと思ったのである。


 この辺では牛方(うしかた)モール多多理店に入ってる雑貨ショップが、一番品揃えがいい。日曜のモールはそこそこ混んでいたが、女性店員さんを捕まえて、「良い印象を与えられる字が書けるペン」というふわふわとした希望を伝えたとき、沙耶は字よりも国語の勉強を頑張っておいた方が良かったとちょっと思った。

 そして夜、いざ手紙を書こうとしてその思いは強くなった。

「えと……早春のおり……いや春じゃないな、もう初夏だわ」

 2つ下で読書好きな妹が聞いていたら、いやそこじゃない、と即ツッコミを入れたであろう。はっきり言って、沙耶は妹とケンカをしても口で勝ったことがない。それこそ幼稚園の頃からだ。勢いと単語だけで押し切ろうとする沙耶は、妹に容赦なく論破されてきた。

 父母はそんな沙耶をかばってるふりをしながら「お姉ちゃんより頭がいいんだから仕方ない」と妹を持ち上げる。さすがにそれに気づかないほど鈍感ではない沙耶は、せめてと、好きなピアノだけは頑張ってきた。受験生ということで教室はやめたが、弾くのは習慣になっている。

 手紙を書くのに煮詰まった沙耶は、ピアノに向かう。人気の曲を練習し、スマホを棚にセッティングして手元だけ撮影する。編集し、「弾いてみた」の配信をアップすると、気持ちが落ち着いた。娘2人にピアノを習わせるならと親が防音室にしてくれたのだが、妹は飽きてしまったので、いまはこの防音室が沙耶の自室になっている。勉強もいまいちな沙耶が今唯一取り柄といえるのはピアノで、配信への褒めコメントを読むと自己肯定感が上がってきた。

「そうだ、ネットの文章そのままでも良いよね?」

 良いことを思いついた、と沙耶は大きな目を更に大きく見開き、早速スマホで検索する。それっぽい文章を手書きで写していき、シチュエーションが違うところは自分に置き換えて、まるで穴埋めのように書いていく。だんだん文章がおかしくなっていったが、沙耶にもともと直せるスキルはない。それでも、人に見せるということで読める字にしないと、と緊張しながら時間をかけて書いていたら、夜中の2時になっていた。


 翌日は月曜。誰もいない時間に登校しようと思っていた沙耶は、まんまと寝坊した。同じクラスの女子から挨拶をされ、「教室いかないの?」と促されるのを必死で誤魔化す。多多理中学校の下駄箱は古い木製の蓋付きで、昔の銭湯にあるようなものだ。鍵なし蓋付きの下駄箱は、他の人に見られたくないラブレターをいれるには最適であった。昇降口に人がいなくなった一瞬の隙を狙い、緊張しながら園田の下駄箱に手をかけるが、漫画のようにぶるぶる震える。

(落ち着け沙耶……!)

 校門のほうから数人の声がして、ますます沙耶は慌てた。手がぶるぶる震えると、下駄箱の蓋もぶるぶるカタカタ音が鳴る。そのカタカタ音と共鳴するように、かすかに女性の声がした。

「まったくもう……世話が焼けるわね……」

呆れるような声を耳にした沙耶は「えっ」と驚き思わず蓋から手を離した。

 すると、下駄箱の蓋はパカッとひとりでに開いた。園田の下駄箱にはまだ上履きがある。沙耶は驚きつつもなんとか手紙を押し込み、震える手で蓋を閉めようとしたところ、また蓋が自分から閉まってくれた。

(自動なの?)

 しかし沙耶はあまり物事を深く考えない。なんにせよ、ミッションを無事終えたことにほっと一息ついて自分のリュックを背負い直す。すると間一髪で園田本人がやってきた。ニアミスは避けたいと慌ててその場から去り、ラブレターを見つけた園田を想像して怪しい動きをしてしまう。授業中も(まだ読んでないかな、読んだらこっち見るかな)

 などいらぬ心配をして落ち着かない1日を過ごした沙耶だが、そのラブレターは、本人に読まれるどころか、なんと沙耶の手元に戻ってきたのだ。

「え?なんで?」

 2限は外体育で、自分の下駄箱の蓋を開けた沙耶は思わず頓狂な声を上げ、慌てて蓋をしめた。

(断るために私のとこにわざわざ返したってこと?)

 体育は男女別で、男子は体育館だ。園田大和の様子を伺うこともできず悶々としたまま授業が終わり、沙耶は更衣室へ戻る時、周りに気づかれないよう手紙は体操服のポケットに入れてきた。裏には沙耶の名字、渡辺、とだけ記入してあるが、ひょっとして、胡散臭いと渡辺姓の下駄箱に返したのかもしれない。

(ラブレターってわからなかったりして)

 封は、レターセットに付いていたシールを貼っただけで、さっと開けて読んで、また封をして返された可能性もある。次の授業中、沙耶は離れた席の園田を観察した。視線を感じたのか一度園田は振り向き、沙耶と目があったが、表情を変えないまま黒板に向き直る。ラブレターを見て突っ返したとは思えないほど、クールで無表情。

 こちらから「これラブレターだから」と改めて手渡しするわけにはいかない。沙耶は自分が書いたラブレターを持ち帰り、封を開ける。

「……なにこれ」

 沙耶の目に飛び込んできたのは、片っ端から添削されて朱色になった紙面であった。

 沙耶は字を書くとなぜか傾くし、文字間のバランスも悪いので、習字のたびに朱色で直されるが、ラブレターは文字ではなく、文章を片っ端から直されていた。しかも達筆で、どう見ても中学生男子の字ではない。冒頭の、時候の挨拶は真っ直ぐな線で消されており、ひとこと「不要」と。ネットそのままの本文は「丸写しはいけません」、ちょっと書き足した部分は「読書感想文?」とある。沙耶は妹に言い負かされている日常と重なりイラッときたが、もちろん妹の字ではない。

「じゃあ、誰よ」

 沙耶は首を傾げた。わざわざ園田の下駄箱を開け、添削して沙耶の下駄箱へ戻すなんて面倒だ。そもそも他人のラブレターを発見したら、曝すほうが中学生らしい。

 頭が煮詰まり、沙耶はうーんと唸ったあと、ピアノに向かった。

(昨日の配信は好評だったな)

 やはり恋をすると表現力も変わるんだろうかなど考えながら1曲弾き終わり、指をほぐす。そして朱色のラブレターを見直した。

「まずは突然手紙を書いたことを詫び、自己紹介をすると相手の警戒心を解けます」等々のアドバイスが書いてある。

 たしかに時候の挨拶より大事だ。うーん、と沙耶はペンを取った。

「とりあえずもう1回書くか。レターセットはまだあるし」

 妹に論破されたり習字でバツを付けられることは日常茶飯事の沙耶だが、この添削のように丁寧にアドバイスをされることは滅多にない。それがちょっと嬉しく、ところどころスマホで調べながら沙耶はラブレター第二弾を書いた。



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