第90話 春菜はお金持ちのお嬢様?
私たちは全員、両手を上げている。降伏の意思を示すためだ。
顔を黒いスカーフで覆った怪しげなハンターたちは、私たちからダンジョンデバイスを取り上げた。
ハンターたちが手際よくデバイスを操作し、そこからポイントを抜き取ろうとしている。
部員たちはみんな泣きそうな顔だった。
「拙者の溜め込んだダンジョンポイントが……。ああ……」
「やっと2万DPを貯めたというのに……」
「せめて……、せめて、半分は残しておいてくださらぬか……」
「昨日、現金からチャージしてしまったでござる。3万DPは入っていたのである……」
部員たちのダンジョンポイントが次々と奪われていった。
「ぶ、部費の……5万DPまで……。それは部活の活動費……」
ダンジョン部の部費までもが奪われてしまった。
「合計で12万5千DPか。まずまずだな」
リーダー格の男が満足そうに言った。
最後に残ったのは私のダンジョンデバイスだ。
すると、部員たちが両手を上げた状態のまま、私のことをかばおうとしてくれた。
「春菜どののポイントは勘弁してあげてくださいでござる!」
「そうでござる。女子のポイントを奪うなんて、非道すぎる!」
「我々は装備をすべて差し出すでござる。だから、春菜どののポイントは勘弁してくだされ」
「女子にひどいことをしないでくだされ。情けをかけてくだされ」
覆面のハンターは剣を持ち上げ、その鋭い剣先がぎらりと光った。
「静かにしろ。殺されないだけマシだとは思えないのか?」
男は部員の頬すれすれに刃を寄せた。
「いただくのはダンジョンポイントだけだ。こんな初心者ども、どうせ大したアイテムも持ってないだろうしな」
部員たちは顔に悲壮感を漂わせる。
「そ、そんな……」
「殺生な……」
「無体な……」
「不憫でござる……」
それを無視して、男は私のデバイスを操作した。
「さて、こいつはいくら持ってやがる?」
直後、デバイスを操作していた男の指が、ぴたりと止まった。
「ぶほっ!!!!」
突然、男が盛大に吹き出した。異変に気づいた仲間の覆面が近寄ってくる。
「おい、どうした?」
問いかけながら画面を覗き込んだその男も、途端に目を丸くした。
「32,150,256DP……。さ、三千万!? 三千万だと!? なんだこの額は!? なんでこんな大金を!?」
ほかの覆面のハンターたちも近寄ってデバイスを覗き込み、驚愕の声を上げだした。
「さ、三千万だと!?」
「なんなんだ、このダンジョンポイントは!?」
「金持ちか!?」
「どこぞのお嬢様か!?」
「金持ちのお嬢かい!!」
しかし、実際に操作していた男は不満げだった。
「たったの44,000DPしか引き出せない……。三千万のうち、たったの4万……。これしか出せねえぞ……。どういうことだ?」
困惑する男に向けて、私は冷静に告げた。
「1ヶ月に5万DPしか使えないように設定されているんです。さっき6,000DP使ったので、今月は残り44,000DPです」
「な、なぜ……?」
「お兄ちゃんから制限されていて」
「お、お兄ちゃんって……」
呆れたように言ったハンターだったが、次の瞬間、その声に激しい動揺が混じった。
「ま、まさか……お前……」
「筑紫春菜とか言っていたが……」
「筑紫? どこかで聞いたことがあるような……」
ざわざわ、と騒ぎ出す。
「や、やべーぞ。こいつの兄は……」
「ワールドランク2位のあいつか!?」
「まずい。まずいことになる……」
「すぐに警備隊が来る。そうしたら俺たちは終わりだ」
「くそっ。逃げろ!」
「逃げられるわけねえだろ」
男たちの一人が頭を抱えた。別の男はわかりやすく動揺していた。
「そうだ。上は巨大鼠を集めちゃったんだ」
「ひえええ。これって自爆じゃん。自ら逃げ道を塞いじゃった」
「だから、こんなことはやめとこうって言ったんだよ」
「俺達はまだ中学生なんだぞ。いつかはこうなるって……」
私は彼らの言葉を聞き逃さなかった。言葉をそのまま繰り返す。
「まだ中学生?」
目を細めて彼らを睨みつけた。
これは、ただのカツアゲではないか。
しかも、中学生が高校生から巻き上げるなんて。
よく見たら、鎧の下に着ている学ランの襟章が見える。これは隣町の中学校のものだ。
落ち着いて聞いてみたら声も若いし、背格好も華奢だった。
上級ハンターのような鍛え抜かれた肉体とは程遠い。
彼らはダンジョンポイント欲しさに悪さをする中学生なのだ。少し脅かしておいたほうがいい。
「お兄ちゃん、すごく強いよ。たぶん、みんな微塵切りにされちゃうよ」
覆面の一人が、ビクッと肩を震わせる。
「ちなみに、お兄ちゃんは見守り機能を有効にしています。私のデバイスの見守り機能です」
それを聞いた男たちは一斉にわめき出した。
「やべえって!」
「DPSだ! ハンターの居場所がわかるというやつ! GPSのダンジョン版!」
「なんて、過保護な!」
「シスコンか! お前の兄は!」
「いや、そんなことより、ここにいたら……」
「兄が来ちまう……」
「俺達はもう……」
顔を隠した6人のハンターたちは、示し合わせたようにその場へ正座した。
「すいませんでした!」「すいませんでした!」
「すいませんでした!」「すいませんでした!」
「すいませんでした!」「すいませんでした!」
6人は一斉に、見事なまでの土下座を繰り出した。
「妹様とは知らず、カツアゲをしようとしてしまいました!」
「すんません、高ランクハンターに喧嘩を売るつもりはありません!」
「お兄様にはどうか、内密に!」
「ニャンテンドーのゲーム機を買うお金が溜まったら、やめるつもりだったんです!」
「奪ったダンジョンポイントは全部返します! だから、どうか、微塵切りだけは、勘弁を!」
私は彼らを見下ろすように仁王立ちする。
「みんな、何年生?」
一人が弁解するように顔を上げる。
「1年です。ここにいるみんな、中1です」
「もう悪いことはしない?」
少し声を低くして問いかける。
「しません! 誓って、もうしませんとも! いやあ、姉御も人が悪い。ワールドランカーの妹様とおっしゃっていただけたら、手なんか出しませんでしたのに」
胡麻を擦るように手をこすり合わせている。
……こっちから言うわけないでしょ。
「言っておくけど、私だって強いんだからね」
「そんなわけねえだろ……」と言いかけたハンターの口を別のハンターが慌てて塞ぐ。
「むぐぐ」ともがくハンターを押さえながら、「そうですよね。ワールドランク2位の妹様ですものね。僕たちなど相手にならないはずですよね」とおべっかを使う。
リーダーらしき男が他のハンターを立たせながら、階段を登っていく。
「上の巨大鼠は僕たちが片付けておきますので。どうか、お兄様をお呼びにならないように。なにとぞ、お願いします。僕たち、もう、絶対にこんなことしませんから」
私がギロリと睨むと、6人の顔を隠したハンターたちは一斉に階段を駆け登って逃げていった。
ダンジョン部の面々は床に正座をして座っていた。上げていた両手は下ろしている。
呆然と私を見つめ、それぞれが呟く。
「は、春菜どの……」
「あいつらを睨んで追い返したでござる」
「それに、ダンジョンポイントを三千万以上持っているとは」
「お金持ちのお嬢様であったのであるか!?」
「お、お嬢様!?」
「我々では手が届かない存在……」
「姫? 正真正銘の姫であるか?」
「我々とは違う世界に生きているのでござるか?」
「2度も我々を助けてくれたのでござる」
「我々のような下々の人間を……」
「姫……」
「姫でござる……」
「我々の姫なのである」
なぜか、部長と4人の部員たちは、私に向かって深々とひれ伏していたのだった。




