第85話 弁償しろと言われる
小太りのハンターの剣は、消し炭となって燃え落ちた。
「お、お、お、俺の……、俺のファイアーマジック・ソードがあああああ!!!!」
男は床に膝をついて、柄だけ残った剣を抱えていた。体はわなわなと震えている。
》申し訳ないことをしたね
》自業自得とはいえ、ダメージはでかいな。金銭的に。
》まあ、事故だ事故
》相手が悪すぎたよ
私は、そろり、そろりと音を立てないように歩く。
気配を殺し、静かにその場を立ち去ろうとしたのだが……
「て、てめえ……。この野郎……」
男が顔を上げて、私を睨みつけてきた。
「弁償しろ。弁償だ、弁償! お前が剣を燃やしたんだ。弁償するのが筋ってもんだろう!」
恨みがましく、怨念のこもった言葉だった。
その声には女性ハンターが即座に反応した。このハンターはずっと私のことを庇ってくれていた。
「何を言っているんですか! あなたは弁償しなくてもいいと言ったじゃないですか! 私は聞いていましたよ!」
「知らねえ! 証拠があんのか、証拠がよ! 録音でもしていたんかい!」
「録音なんて……。していませんよ……」
配信画面では視聴者たちのコメントが流れていた。
》俺たちが聞いていた
》間違いなく言っていたぞ
》証人になってやるよ
》このおっさんも、往生際が悪いな……
》まあ、一千万がかかってるしな……
その時、別の女性ハンターがダンジョンデバイスを見ながら呟いた。
「へー、なんだか面白い切り抜き動画があがってやんの。なになに?」
白を基調とした鎧で、凛とした立ち姿。全身を包む鎧は高級そうで、強そうな雰囲気を漂わせている。
白い鎧の女性ハンターは自分のデバイスを操作し、動画を再生した。
大音量の音声が、格闘技場内に反響する。
【レベル24のハンター、レベル71に喧嘩を売って返り討ちに遭う】
『弁償なんてしなくていい。その代わり、クソ生意気なお前の鎧をぶっ壊してやんぜ』
――啖呵を切ったハンターが返り討ちに遭っております。
――相場1千万円の魔法剣を燃やされ、涙目になっておりますよ。
――いやあ、可哀想ですねえ。でも、自業自得ですよねえ。
早くも配信の一部を切り抜いた動画が作られ、ネットにアップされていたのだ。動画にはナレーションまで追加されていた。
「仕事がはえーな。さすが職人、アクセス数を稼ぐことに命を懸けてやがる」
白い鎧の女性ハンターは、意図的に声のトーンを上げていた。
小太りの男は、うなだれて完全に戦意を喪失している様子だった。
女性が格闘技場の上へと登ってきた。
「ほら、お前、そこどけ」
女性は汚物でも見るような目で男を見下ろしながら、足を振り上げた。
そのまま男を足蹴にして、格闘技場から蹴り落としてしまった。
そして、私に向き直る。
「ちょっと、私と模擬戦をしてほしいんだが。筑紫春菜」
女性ハンターは私の名前を呼んだ。
「私のことを知っているのですか!?」
驚きながら聞き返す。
「当たり前だ。強いやつはチェックしている。私は西條美沙。ジャパンランキング2位。レベルは83だ」
全身を真っ白な鎧で包んだ、きれいな顔立ちの女性だった。
配信画面では視聴者たちがざわついている。
》格上キター!
》レベル83! ハルナっちより12も高い!
》やめとけー
》強すぎるぞー
》この女は『美沙チー』。キツめの性格で有名。
》『美沙チー』ファンは多いけどな。まあ、マゾっ気のある奴ばかりだが。
》軟弱な奴は男女問わず、美沙チーに根性を叩き込まれる
》逃げろハルナっち
》ここは逃げの一手のみ
》さあ、逃走だ!
女性ハンターは私の前へと歩み寄る。
「ずっと配信を見ていて、筑紫春菜と戦ってみたいと思っていたんだ。フレイムドラゴン・ロード戦では完全に素人だった。だが後半、徐々に動きが変わっていった」
ジャパンランキング2位の西條美沙さん。
美沙さんは話しつつ、腰の鞘から剣を抜き放ち、水平に構えた。
引き抜く動きには一切の無駄がなく、そのまま真っ直ぐに剣を突き出した。切っ先が私の鼻先にまで迫った。
美沙さんは素早く、すべての動作が洗練されていた。
剣を引き抜こうとする初動。標的に据える目線。踏み込む直前の予備動作。一歩踏み出す足さばき。
流れるような動きで、しなやかに筋肉を使いこなしている。
――でも、もりもりさんよりは遅い。
遅いんだよな……。
美沙さんは本気で私を狙ったようだ。
迫りくる剣を、私は軽く体を捻って回避した。
「避けた!?」
美沙さんは驚いたように目を丸くした。
》あれ? ハルナっち、凄くない?
》観察眼が優れているのか?
》これまでずっと、もりもりさんと戦ってきたし
》なるほど、そういうことか……
「いや、私も当てるつもりはなかったのだが……。まるでワールドランク1位のミランダ・モリスを思わせる動き……。いや、そうか。そうだよな。天才の動きを間近で見ていたんだものな……」
考え込みながら、感心するような美沙さんの言葉だった。
「天才?」
私は聞き返す。
「もりもりさんのことですか?」
「もりもり? ああ、そんなふうに呼んでいたか。あはは、そりゃ私が昔つけてやったあだ名だ。モリの複数形だよ」
》モリの複数形? モリs?
》もしかして、もりもりさんって……
》もりもりさんて……、え? あの人なの?
「あいつも天才ならお前も天才だ。筑紫春菜」
「私が天才?」
「ああ。今、ランキングはどのくらいなんだ?」
「ジャパンランキングで52位です」
「日本ランク1位の上がワールドランカー。世界ランキングに入れる。私はいまだにジャパンランキング内でくすぶっているよ。お前はたぶん上にいける」
褒められたのだろうか。私は頭をかきながら謙遜する。
「いやあ……。私なんて無理ですよ。ただの女子中学生ですし」
「それはレベルアップの真髄を知らないからだ」
「レベルアップの真髄?」
「ああ。レベルアップとは、その者が持つ潜在的な才能を引き出すものだ。だから、いつまで経っても強くなれない者はなれない。一方で、才能を秘めた者はどこまでも強くなれる」
「そうなのですか?」
「お前は見たものや体験したことを自分の内に取り込める。そういう才能がある気がするな。自分でも自覚があるんじゃないのか?」
見たものを取り込める才能……?
そういえば、ダンジョンシミュレーターだ。記憶には残らないが、見たものを身体が覚えているのかもしれない。
それに、もりもりさんの戦いもずっと間近で見てきた。
加えて高レベルモンスターたちの動き。マッド・エイプやエンシェント・ヴァンパイア。何より恐ろしい速さだったのはミリアだ。レベル173のサキュバス。そんな、とんでもない敵と私は戦ってきた。
誰もがしていない経験を私はしてきたし、いろいろなものを見てきたのだ。
「だが、初歩的な経験や知識が足りない気がする。危うさがあるんだよな……」
美沙さんはそう言いながら、剣を杖のように床に突いて、両腕を柄の上に乗せていた。立ちながら足も交差させており、休むような体勢だった。これ以上、戦うつもりはないらしい。
「私は、次に行くのがようやく2回目のダンジョンなんです。お兄ちゃんからは上層で学んでこいと言われていて……」
「ああ、筑紫冬夜か。あいつもとんでもない天才だからな。まあ、筑紫冬夜がそう言うなら何か意味があるんだろう」
「そうなんでしょうか?」
さすがにお兄ちゃんは有名人で、ハンターなら誰もが知っている。
だけど、天才なのかなあ? あのお兄ちゃんが……。
私にとっては、どこにでもいる普通のお兄ちゃんなんだけれど。




